50 / 58
5 I will kill this lamb (A)
#6
しおりを挟む「ただじゃあおきませンッ!覚悟してもらいマスッ!!」
「「───ひいぃーーー!!」」
クロエとゴロツキ、絶体絶命の大ピンチ。
だが事態は意外な方向に動いた。
「クロエさん!遊んでナイデ古タイヤを運ぶの手伝ウノデス!!」
───ええ!?(そっちなの!?)
青年の理不尽な指示にクロエは当惑しつつ、家の近所のお稲荷様に感謝の祈りを捧げた。そして青年にわざとらしい声で返事を寄越した。
「あはは…お疲れ様ッス!今行きまあす」
ゴロツキの男も呆気に取られていたが、人の良さそうな青年の、「参加者ノ父兄の方ですカ?」という問いに毒気を抜かれてしまう。そして、そのまま青年の顔を睨み付けると、さりげなく地面に転がっていた自分のスマホを拾い上げ
「失望したわ!」
と捨て台詞を残し足早に立ち去っていった。
男の姿が完全に消えるとクロエはその場にへたり込んだ。
「アナタ、私がインド系で日本語苦手ダと思っテ、少シ、ナメテルデショ?それニしてモ、どうしたノですか?まるデ、間違えてパンツ2枚、重ね穿きして来たヨウな、情けないカオしてマスヨ」
───そっちのほうがどんだけマシだったか……。
「……ありがとうございます。助かりました」
彼女は心の中で毒づくと、そう言って深々と頭を下げた。
や…やった…「回収できた」…!!スマホが手元に戻った…戻った!!
先ほどプッツンきて冷静になった男は、何かに呼ばれた気がして先ほどの雑木林に戻ってきた。
ビュン、ピシッ!……ビュン! 相変わらず何かが風を切る音が聞こえる。
そうか、これは鞭を打つ音だ。 男は子供の頃、父親に連れられ街に巡業にやって来た大サーカスのショウを見に行った事を思い出した。
黒い大蛇に喋る銀狐、背鰭の生えた大トカゲ、火を吹いて回る亀、そういった意味不明な動物達に鞭打って芸を仕込む調教師を見て、まだゴロツキではなかった少年は震え上がった。この動物達、まるで「異形」じゃあないか……。
何故自分がそんな記憶を呼び起こしたのか解らなかった。
だが不思議と先程あれだけ熱くなった頭の中が今はシン、と冷えて落ち着いている。
グァルルルルルル……。
茂みを抜けた先で、男は目の前の光景に目を疑った。
いや、そんな言葉では言い表せない。表現できる言葉がない。敢えて表現するなら、小汚い身なりの少女が自分の何倍もあろう黒い獣を鞭打って調教していた。
そしてその少女は男からスマホを「盗んだ」スリの少女だったのだ───。
「はッはいや!次、左から右だ!!ほら走れってッ言ってんだよ!!ジェミミてめー!わかってんのかぁァァ~~!」
少女が叫ぶたびに、黒い獣は首輪から伸びる鎖を引っ張られているにもかかわらず軽快な動作で走り回って見せた。その動きは速く、そして全く無駄がない。
ウショオオアアアアアッ!!
「ハイは一回って言うとる!!」
ビュン、ビシイッ!!
凄まじい気迫の籠った鞭打ちに怯えるように、黒い獣は身を沈み込ませた。
───うちのグループもSM系の店を経営してるので、付き合いで何度か見学した事があるが、これでは「女王様」じゃなくて「猛獣使い」いや「異形使い」ではないか……。
不意に男の思考を妨げるようにスマホから録音が流れ始めた。
───ピー、メッセージが100件、アリマス…再生…シマス「おらァ!シーガァ!部屋のゴミん中に紛れてわからんくなったゆうとったスマホは見つかったんかァ!?何度も言うが5時やからな、今日の夕方の5時までに無事なスマホ持って事務所こんかったらイイモノ見せたるで、お"ォん!?」
次ノメッセージヲ再生シマス……。
「おッ、前ほんっとに使えへんなー!!」
次ノメッセージヲ再生シマス───。
「ええんか?ホンマによー考えろよお前。お前、逃げても無駄やからな?海外に逃げても絶対捕まえたるからよ。なんせわしらはな、指定暴力団やねんから、逃げるとかプリキュアの敵みたいな真似すんじゃねェぞコラあああああ!!!!」
次ノメッセージヲ───。
グルン!スマホから漏れる録音の罵声、いや森に入った時点で少女と獣は男の気配に気づいていたのかもしれない。
同時に振り向いた二匹が、性悪な猫のように笑った。
だが事ここに至って、男は突然キレたりナイフを振り回したりはしない。昔読んだ小説に出てきた妖怪ハンターだったか小説家の主人公のつもりで注意深く少女に声をかけた。
少女には会話が出来るだけの知性がある。なんせ、この教会の修道服を纏っているのだから。
「…お前ら…、何やってるんだ?…それにそいつ…………ペットか?」
「あー?町会の人?今取り込み中だからあっち行って。急用ならテントにいるシスターに──」
男は少女の塩対応に心をかき乱されたりしない。
いざとなれば懐の拳銃で脅してでも従わせるだけだ。
「お前ら何モンだ……」
男が再び問いかけると今度は少女が
「おっさん、さっきからチラチラわてらの事、見てたやろ?……あんたこそナニもんや」
と逆に問いかけてきた。
男は少女の生意気な態度にムッとしたが二匹と距離を詰める
事にした。
しかし近くで観察するとこの黒い獣、妙に体つきが人間臭い、というよりも腰つきが女っぽくて……───まあいいか、どっちみちこのガキは半殺しにするのだ。二度と「悪さ」が出来ないように利き手の指を全部へし折ってやるのもいい。切り落としてやるのもいい。───警察はアテにならんのだから。
「うっせえわッ!昨日お前俺のスマホ盗んだやろがいッボゲエッ!!口に手ェ突っ込んで歯ァ全部へし折ったろかァーーーッ!!」
スゴ味を効かせた声で威したつもりだったが、彼女はそれを無視して黒い獣にひそひそと話しかけている。
「ねえジェミミ、あのオジサンも一緒に遊びたいのかね?」「ウウ……ウオン!」
とでも言っているのだろうか、突然、黒い獣が一声吠えた。どうやらあの獣は少女の言葉が「わかる」らしい。
「このヤロ~……」
遂に男が拳銃を抜こうと懐に手を伸ばした瞬間……、
「じゃあ、遊んであげよっか」
まるで友人と出かける約束をするかのような軽い調子で少女が呟いた。
そして、獣の首輪に繋がる鎖をパッと手放した。
黒い獣は戒めを解かれたかと思うと嘘みたいな素早い動作で男に飛びかかる。男は咄嵯に身をかわすが間に合わず、右足に牙が食い込む感触があった。そこからはあっという間だった。凄まじい力で足ごと引っ張られる。ブチリ!嫌な音が響いて、男の太い脚の半分が噛みちぎられた。
「ぐうッ!こッ!の!やめろッ!!」
男は獣を引き剥がそうと左腕を伸ばすが、後ろ足で押さえつけられ全く身動きがとれない。そうしているうちに次の可食部位、右腕に黒い獣が齧りつく。
「ぐッ!」
また、骨まで達する激痛に耐えながら残った左足で蹴りつけるものの、体重差のせいで全く上手くいかない。その上、少女は頬に手を当てこちらを無関心に見下ろしている。逆光で表情はよく見えないが、きっとそうだ。
助けてくれ、という言葉が出そうになるが必死で飲み込んだ。こいつは悪魔なのか。ここで折れてはいけない……いけない、のだが、目の前の風景が、ドロドロに溶けていくような錯覚に襲われる。痛みのせいなのか……意識すら遠退いていく……。
何で…何でこんな事に……。「麻薬」はやらない、売らない。店の「商品」に手を出した事は一度もない、集金係に徹していた。周囲にはアイツは男にしか興味がないと陰口されたが、無視した。俺はただ嘘つきのクズになりたくなかっただけなんだ……。なのに何故、何故……。そんな言葉ばかりが頭の中を巡る。
命綱に縋るように手近な低木にしがみつく。傷口から血液が涙のようにこぼれる。もうシスターに借りた、あの黒いハンカチも掴めない。
───ずっといい子にしてたのにィ……。何でおれはいつも、いつも、いつも、一番大事な時に……───ッ。
男は声にならない声を上げ最後の力を振り絞って黒い獣に向けて発砲した。2発の弾丸は黒い獣の肩口を掠め、外れた1発が教会の壁に命中。男の決死の攻撃は空振りに終わる。
獣と目が合った。男の事を無感情に無価値だと断じる温度のない瞳だった。直後、男の眼前に美しい刃のような牙が並ぶ巨大な顎門が現れ、そして彼をひと呑みにした……。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
月は夜をかき抱く ―Alkaid―
深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。
アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる