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5 I will kill this lamb (A)

#4

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うお、クロエは思わずその電気メスの切れ味に舌を巻いた。
まるでバターを切るみたいな要領でゴミの中から使えそうな部品や発電パネル、マイクロチップを次々と腑分けしていく。こういう不毛な細かい作業は得意だ。

清掃活動とは…つまり、この総面積がT京ドーム100個分はあろうかという広大な面積の清掃、整理整頓、リサイクル化を図ることが目的であるらしく、先ほどから参加者は皆黙々と作業に励んでいる。
「これ、使える?」
「……使えん」
「……あっそ!」
といった具合に淡々と作業は進む。

この時代、異形の影響で人類の行動圏はかつての六割ほどに狭まり全地球規模で環境はむしろ改善されつつあった。とはいえそれでもゴミは出る訳で、街で処理しきないゴミはこうして郊外に山積みになるのは必然だった。
行政は新市街住民への生活環境の影響は皆無、と判断しこれをよしとした。
環境汚染に関しても元々異形が蔓延(はびこ)る危険地帯に近いため言わすもがな。こちらも見過ごされた。
そもそも日本という国には昔からそういう<土地>がある。

先日、クロエの部屋でココア片手に眺めていたワイドショーの内容を思い出しながら、ワカは謎の少女の指導でクロエが切り出した電子部品を次々受け取り籠に放り込んでいく。
「もうちょい丁寧に扱って!何やってんの」
「……すみません」
こんな調子なので作業はほとんど進まない。

(……馬鹿でしょ?)
ワカは謎の少女とクロエが子供のようにはしゃぎながらゴミを漁っている光景を見て無性に腹が立って来た。あんまり乗り気じゃなかったクセに……

──あなた、読み書き、日常会話、一般教養はそこそこあるみたいですけれど、このままではせんわね。今のままでは身元も曖昧ですし……。──先日、オソレが自分に向かって告げた言葉を思い出す。

オソレは自分に同情して助け船を出しているのか?それとも憐れみつつ利用しようとしているだけなのか?
今の自分の社会的地位は下手をすると先日の<スリ娘>より下の可能性もある。
だから、クロエと暮らすにあたって身分を確立するのは悪くない選択だと思ったのだが…、数メートル先のゴミ山で笑い合う銀髪の一人と一匹を朝靄の向こうから陽光が照らし出す光景を見る。

ワカはこの世の果てのようなゴミ処分場の風景を、一瞬でもうつくし……いん!?ワカはその時、異変に気がついた。先輩風を吹かせて現場を仕切るマスク少女。しかし、あれ!少女のお尻、腰の少し下の尾てい骨あたりからふさふさと暖かそうな茶色い尻尾が伸びていたからだ。忘れるものか。世間にあんな奴そうそういるわけがない。昨日のスリだ。間違いない。

( …おまえーっ!!)
ワカは手に持っていた籠をその場に投げ捨てると全身に力を
漲らせて駆け出さんとする。
すると、そんな彼女の動きを制するように
『作業中の皆さ~ん、各自休憩に入ってくださ~い』
ジェミミのどこかのほほんとした声が現場に響き渡った。
どうやら拡声器を使っているらしい。
(休憩時間……)
ワカはハッと立ち止まり周囲を見回す。いつの間にか日も少し高く昇り休憩の時間になっていたようだ。見れば他の参加者達はぞろぞろとシスターのいる天幕の方へ戻って行く。

「どしたの?もう疲れちゃった?」
スリと少し先を歩くクロエが振り向いてワカの様子を心配げに尋ねてくる。隣ではいつの間にか尻尾を引っ込めた少女が興味津々な眼差しを向けてきていたが無視した。
「?、ねえ……」
「なんでもありません。大丈夫です」
ワカは努めて平静を装いながら少し距離を置きながら二人の後を追った。

つづく
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