灰墟になった地方都市でペストコントロールやってます 世界に必要な3つのこと (仮)

@taka29

文字の大きさ
上 下
46 / 58
5 I will kill this lamb (A)

#2

しおりを挟む

「つまりここに来る途中のトラムの中でえ、紹介状一式まるっと一式盗まれた。そう言いたいのですねぇ?」

K倉教会。T大の中央棟<通称:象牙の塔>を中心に放射状に広がる街の外れに位置する白い基督教系のじんまりとした『あたたかい』雰囲気の教会。
市電の終点駅から徒歩で約十数分、街と廃都市のはすみに位置する立地にある。午後三時過ぎ、その教会の母屋北側にある応接室に年の離れたふたりの銀髪の女とたっぷりとした修道服を纏った一人のシスターの姿があった。

男受けしそうな妙に甘ったるい声のその細身のシスターがワカの説明をなぞらえるように確認する。
その年頃はクロエと同じぐらいだろうか? 彼女はジョアンと名乗った。らく本名ではないのだろう。クロエとは数年来の付き合いらしい。

クロエが『彼女』について知っていることは何点かある。
クロエが今の仕事に就いたばかりの頃偶然知り合ったこと、お節介焼きなこと、何故か自分に瓜二つのこと、
その外見からは想像できないほどタフなこと、そして───
「……ごめんなさぁい、とりあえず今日のところはどうにもならないのでぇ、一旦お引き取りくださぁい」
それにしても……
一見お役所仕事の突き放すような物言いだけれど、こうして平日の昼過ぎという微妙な時間に訪ねてきた自分達をお茶とお菓子で出迎えてくれる程度には親切。
しかも供された茶菓子がよりにもよって<たぬきケーキ>とは……

<たぬきケーキ>とは
いわゆるキャラ弁の走りとも言える。デフォルメされたたぬきの胸像風のちょこんとした洋菓子。
正確な出自は不明、昭和40年(1965年)頃に誕生。一時的に日本全国で大流行したもののコンビニスイーツの台頭により衰退。後年テレビ番組まどで紹介され、思い出したように人気が再燃。手作り感とシュールな雰囲気が魅力で、ファンが「全国たぬきケーキ生息マップ」なるカタログ作成するなどして、人気のケーキとなった、らしい。

「ふふふ、お気に召しましたか?」
ワカの沈黙をケーキの味への驚嘆と解釈したのか、彼女が自信たっぷりに微笑む。
「クロエとはぁ、どんな関係なんです?あなた」

……ワカがちらりとクロエの様子を窺うと皿の上の<狸>を几帳面に一口サイズに切り分けて口に運んでいる。
「し……親戚なんですよ、クロエさんの妹さんの夫のいとこで……ほら、さ里親制度とかっ!」
爽やかな香りを放つダージリンティーで口を湿らせ、しどろもどろになりながらもワカは何とか質問に答える。
「へええ~……まだ小さいのに大変ですねぇ色々と」

彼女は一体何を聞きたいのだ?なぜ自分はこの神に身を捧げた(らしい)聖職者の前で嘘を重ねているんだろう?ワカは焦燥を隠しつつ、お返し。とばかりに質問をぶつけてみた。
「あの……初対面で失礼なんですが、こちらの教会、真っ当なところでは ありませんね……?」

「そんなことはありませんよぉ。私は正真正銘、ただ心優しいだけのシスター。この教会の教えに従い日々真摯かつ誠実に勤めていますよぉ……まぁ、戸籍や身分証の偽造、違法物品の取引の仲介もしていますしぃ、それなりに儲かっててますけどぉ、それはみんなぁ、迷える羊のためですよ?それにしてもぉ…」
突然、子猫のイタズラを咎めるような優しい表情で振り向き、シスターはクロエに会話の矛先を向ける。

「まさか天涯孤独のクロエさんにこんなにかわいい従姉妹が居たなんて驚きですねぇ、初耳なんですけどぉ?私ビックリ……あっ!そういえば…」
急に矛先を向けられたクロエは不意打ちを食らったように
小さく身を震わせる。

「先日のお見合い話、結局破談になったんでしたよね」
「んッ?うん……」
クロエは眉ひとつ動かさないまま、ティーカップに映る自分の顔をじっと見つめたまま微かに首を縦に振った。

「折角紹介してあげたのに……どうしてまた?」
「───お医者様はお医者様でも獣医さんだったから……」
「は?それだけ?他に理由はないのぉ?」
「……相手を選ぶ理由なんて大抵はその程度のものだろ?愛ってなんだ?悔やまないってことだろ?」
「……ねぇ、クロエさん。あなたの伴侶になるはずだった方は孤児院の子達にも割りと評判のよい素敵な方ですよ。あの方に次の素敵なお相手が見つかるといいですねえ」
シスターのお小言にクロエはぶちぶちと文句をつける。
「余計なお世話だよ……別に、どっちだって一緒だし……」

───孤児院とか結婚紹介所みたいな事業もやってるわけね。
清貧を尊ぶシスターの嗜みとやらも怪しいものである。
だが、それ以上に気になっているのは……
(先刻スリタヌキが首からロザリオを下げていたように見えたのだ)
果たしてこの灰色の教会との繋がりは……。

「───まぁいいかぁ、作成してあげます、戸籍とT大の編入手続き書類」
(ふぁっ!?)
クロエへの説教を適当に打ち切ったジョアンが唐突に、まるで週末のお出かけの相談みたいな軽い調子で言ってのける。

「……ジェミミ姉さん、マジで言ってんの?それ……」
ジョアンの30分近い説教の間、顔面蒼白で呻き声をあげていたクロエが再起動をして、戦々恐々、尋ねる。
「たわけ!教会ではジョアンと呼びなさい」
「は、はいっ!シスタージョアン!」
反射的に畏まるクロエを尻目に
(ジェミミねえさん……?)
ワカはこっそりと、頭の中で二人の関係をあれこれ想像した。

ひょっとしたら二人は孤児で引き取られた姉妹で、姉がシスターとしてここで働き、妹は訓練生を経てT大で働いている、というところだろうか。……しかし、どうにもこの二人の間にはある種の上下関係のようなものが見え隠れしているような気がするのだが……。まあ今は他人の詮索するのは野暮──
「───とはいってもぉ、流石に正規のものを作成するとなるとぉ色々問題が生じますう。でも、あの方の紹介ということでしたら、特別サービス……しちゃいます。あなたの年齢ならぁ、特例としてぇ未成年後見人の欄を埋めるだけで許されますぅ。……って、聞いていますかぁ?」
「へっ?」
いつの間にか再び意識を別の世界に飛ばしかけていたワカ。眼前で手をひらつかせながら、シスターが話しかけていることに気づく。

「……なぁにぼんやりしてるんです」
「ケ、ケーキに入ってるブランデーのせいかな?あはは……」
アンタのために聞きたくもないお説教聞かされにきたんだからしっかりしろ、クロエに暗に咎められて慌ててごまかせば呆れたように嘆息される。

「今日のたぬきケーキにはお子様に配慮して洋酒の類いは使ってませんよぉ?さてぇ…」
ジョアンは気分を切り替えるように居住まいを正すと二人に向かってにっこりと微笑んだ。
「もちろん、タダという訳には参りませぇん。条件がありまぁす」

つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

月は夜をかき抱く ―Alkaid―

深山瀬怜
ライト文芸
地球に七つの隕石が降り注いでから半世紀。隕石の影響で生まれた特殊能力の持ち主たち《ブルーム》と、特殊能力を持たない無能力者《ノーマ》たちは衝突を繰り返しながらも日常生活を送っていた。喫茶〈アルカイド〉は表向きは喫茶店だが、能力者絡みの事件を解決する調停者《トラブルシューター》の仕事もしていた。 アルカイドに新人バイトとしてやってきた瀧口星音は、そこでさまざまな事情を抱えた人たちに出会う。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

処理中です...