45 / 58
5 I will kill this lamb (A)
#1
しおりを挟む五月上旬、ある金曜の昼下がり。クロエとワカは市電に揺られ、とある場所に向かっていた。二人が向かっているのは
ある宗教施設。
いわゆる礼拝堂を備えた基督教系の教会でT市にも信者がそれなりに多いらしい。
「それ未成年略取だよ。逮捕されたら 3ヶ月以上7年以下の懲役に処する、よ」
「おやおや、詳しいですねぇクロエさん」
「けッ!行政書士の資格取るときに刑法の範囲で習ったんだよ。そしてワカちゃん、なんか馬鹿にしてるでしょ?」
「いえいえ、滅相もございません」
軽口を叩き合う二人。その風景は仲の良い母子、もしくは年の離れた姉妹に見えたかもしれない。
「それにしてもワカちゃんの知り合いが、あの『教会』の紹介状を寄越して来るなんて……なんか偶然ってすごいなァ~~!」
「おやおや、なにやら『教会』と因縁があるようで」
「そうなんだよね、わざわざ半休とって君の付き添いするためにここまで来たのを後悔するぐらいにはあるんだよねェ~~ッ!!」
平日の昼下がり、ということもあってか乗客もまばらな車内にはどこか穏やかな空気が流れていた。二人の会話も自然とそのテンポに重なっていく。
「…重ねて言うけれど、あのオソレって子。よくこんな紹介状をでっち上げられたわね。ちょいと怪しくない?」
クロエの疑念を含んだ問いに、目を伏せ黙り込むワカだったがそれも一瞬のこと。微笑を浮かべ、片目を見開く。
「──大丈夫ですよ、少なくともクロエさんに迷惑を掛けることはないでしょうし、第一あちらはあなたのことに一切興味ないみたいですから…それにしても…」
ワカはオソレからあの日渡された封筒─紹介状と謎のリングが入った─の中からヒョイと指輪をつまみ上げると陽光にかざす。一見すると象牙のような素材で出来たシンプルなリングだが、その表面は見る角度によって不思議な輝きを放つ。ありきたりな表現になってしまうが、まるで虹をとてつもない力で凝縮したような艶やかな白い指輪だった。この世にこのような美しいモノが存在するとは……ワカはリングを凝視し何度めかになる感嘆のため息を漏らす。
「あのさぁ、その指輪もだけど、手紙に
『あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の長々し夜を ひとりかも寝む』って恥ずかしげもなく書いて寄越してるような連中と関わるのはホント止めてほしいんだけどォ!」
数日前、山奥の聞いたことのない住所からワカ宛に届いた手紙。真新しい便箋に美しい字で綴られた古風な和歌。同封された手作りクッキー。クッキーは一旦小鳥や野良猫に毒味させて然る後、二人で食べた。正直美味かった。◯ルボンのより。
「……とにかく、アタシにそっくりなトヨミさん、だっけ?ちょっとおかしい人なんじゃないの?クッキー作るのは上手いみたいだけど……小学生くらいの女の子に恋歌の和歌を送って寄越すなんて異常者だよ、しかも柿本人麿なんて…」
「──面白い人でしたよ。まあ確かに<普通>ではなかったですが……なんか古井戸から這い出てきた気もするし……あれっ?」
ワカ達の腰かけるロングシートの対格線上、つり革に掴まる中年男性の腰の辺りを小柄な影がスッと通り過ぎた。その影が今度は一両編成の車両の最後尾付近、OL風の女性のバッグから慣れた手つきで財布を抜き取る。
(ひっ!?)
ワカにはそれが視認できた。自分の五感が特別に鋭いのか?それともこの土地自体がああいった怪異に満ちているのか?……恐らく後者だろう。ここはそういう街なのだ。ワカは心得ている。
(───な、なにアレ!…ドロボー!?)
『それ』と目があった。輝く虹彩、ピンと立った両耳、体毛でふっくらした尻尾。服装は適度に流行を押えた無難なもの、ただただ獣の部位が奇妙だった……
猫、いや狸だろうか?でもどう見ても普通の乗客じゃあない。
『それ』がクロエを飛び越し、ワカのリングをもぎ取おうと手を伸ばした。
んぅう~!!瞬間『それ』が小さな呻き声を上げる。
──はい、そこまで。咄嗟にクロエが横合いから『それ』の肩と腕をしっかりと押さえ込む。
「あー、ゴメンね。なんかコレ欲しかったみたいね。」
呆気にとられるワカの眼前で『それ』は、離せ!とばかりに身を捩っていたが、やがてぐったりとワカの座るシートに座り込む。クロエを間に挟んで。
はぁ……まったく油断ならないわね。
急に大人しくなった『それ』にクロエが呆れ混じりに努めて優しくゆっくりと語りかける。
「君、いい度胸ししてるね。けどスリはいけないよ」
「……」
「……ええっと、スリのことはとりあえず置いといて……君、お名前は?」
「……」
「どこから来たのかな?」
「……」
「お父さんかお母さんは一緒に乗ってないの?」
「……」
クロエが根気強く質問を続けていくが、『それ』は一向に答えようとしない。
───もしかしてこいつ、喋れないんじゃあないか?クロエがそう感じ始めたとき、ワカが『それ』の胸ぐらを乱暴につかみ、無理やり引き立たせようとする。
「ちょっとアナタ、失礼じゃない!返事ぐらいしなさい!」
ありゃ、この子意外と沸点低い?クロエが慌てて仲裁に入る。
「君達ちょっと待って!あんまり騒が──」
言葉は最後まで紡がれなかった。次の停留所を告げる車内アナウンスが流れる。そこは二人が降車予定の停留所のひとつ前、駅名はその名もネコノメ。『ネコノメ、ネコノメ、停車します。次の停留所はK倉教会前、K倉教会前……。
狼みたいなおねえやんと真っ黒いお嬢はん、ほんまおおきになぁ。
先ほとは打って変わり『それ』は流暢に挨拶するやスルリと昇降扉に移動し下車していった。運賃は…ちゃんと支払ったのか…?わからない。
「なに今の…」「……何だったんですかね……」
二人は顔を見合わせた、だがクロエは苦笑いを浮かべながらもその瞳は決して笑っていない。
「ああいう状況には慣れっこ……と言いたいところですが……あのスリの子、どうにも引っかかるんですよねぇ……。あの場にいた他の皆さんの反応見る限りだと私達だけがあの子のこと見えていたようなので……あ、ほら次ですよ降りる準備してください!」
はいはい…クロエが適当に相づちをうちながら車窓の
景色に視線を移したところで─紙封筒を覗いていたワカの顔がみるみる青ざめてゆく……。
「……クロエさん。やられました」
「あン?どしたの?」
「紹介状……オソレさんからの手紙、消えちゃいました……」
「はあぁ~~っ?」
つづく
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】女囚体験
さき
ホラー
奴隷強制収容所に収容されることを望んだマゾヒストの女子大生を主人公とした物語。主人公は奴隷として屈辱に塗れた刑期を過ごします。多少百合要素あり。ヒトがヒトとして扱われない描写があります。そういった表現が苦手な方は閲覧しないことをお勧めします。
※主人公視点以外の話はタイトルに閑話と付けています。
※この小説は更新停止、移転をしております。移転先で更新を再開しています。詳細は最新話をご覧ください。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
退魔の少女達
コロンド
ファンタジー
※R-18注意
退魔師としての力を持つサクラは、淫魔と呼ばれる女性を犯すことだけを目的に行動する化け物と戦う毎日を送っていた。
しかし退魔の力を以てしても、強力な淫魔の前では敵わない。
サクラは敗北するたびに、淫魔の手により時に激しく、時に優しくその体をされるがままに陵辱される。
それでもサクラは何度敗北しようとも、世の平和のために戦い続ける。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
所謂敗北ヒロインものです。
女性の淫魔にやられるシーン多めです。
ストーリーパートとエロパートの比率は1:3くらいでエロ多めです。
(もともとノクターンノベルズであげてたものをこちらでもあげることにしました)
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
Fantiaでは1話先の話を先行公開したり、限定エピソードの投稿などしてます。
よかったらどーぞ。
https://fantia.jp/fanclubs/30630
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる