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4 デイオフ

#5α

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「もしかしてあなた、お化け屋敷とかダメなタイプ?」
正装に着替えた私達は第二のクロエさん、もといトヨミさんに案内された屋敷の一階にあるダイニングで、フレンチのコース料理に舌鼓を打っっていました。
あの後、ぽっぽ、と鳩の鳴き声みたいな語尾を交えつつ彼女トヨミさんは簡単な自己紹介をしました。
曰く、ここの屋敷の主は今現在出張中で、代わりに私が管理をしているとのこと。彼女によると、T市には年に数回しか行かないしボトルシップにも興味はないし滅多に来客ないので暇なのだそうです。

つまりオソレはクロエさんに瓜二つの家政婦の頭をぶん殴ったのです。なんてことすんねんこの紫芋。私が慌てて非礼を詫びると、
「えぇ分かっておりますとも、お友達の為にやったことだと、でももうやめてくださいね、あれ結構効き目がありますから。それに……」
それに?
「……なんでもありません」
誤魔化すようにそう呟いて、トヨミさんは私を無視して一階に引っ込んでしまいました。そして十数分後、部屋の内線が鳴り、オソレが受話器をとると、どうやら食事の準備が整ったようで。こうして冒頭の場面に戻るわけですが……。

「そんなことありません、むしろここに永住したいくらいっすよ、へっへ」
「では、一週間ほどお泊まりになっては?わたくし、月曜から仕事があるので街に戻りますが、自由に使ってもらって構いませんわ♪」
「……すいません、嘘です!ホントはお化け苦手です!!」
「あら?素直でよろしい」
そうやって色とりどりの前菜や焼きたてのパンを肴に泡の出る白葡萄ジュースを楽しんでいると、トヨミさんがメインディッシュを運んで来てくれました。どうやら魚のパイ包みのようですが素材の産地は恐らくこの地底湖。付け合わせや前菜に使われていた野菜は屋敷の裏庭や水上ファームで採れた、もぎたてフレッシュとのこと。(こりゃまた豪勢なおもてなし)

それにしてもこの人、やっぱりどこかおかしいよね?
オソレの暴挙に対する謝罪、その後の接待、そして今現在の給仕、その全てにおいてそつがない。
例えば普通なら料理を置いた後は厨房に引っ込む筈なのに、彼女はそのままそこに佇み、ワカの様子を窺っている。
(まるで私を観察しているような……)
それはあたかも監視カメラのような不気味さだった。

「たいへんお熱くなっております、気をつけてお召し上がり下さいませ~……ぽぽぽ♪」
彼女が去り際に口ずさんだのは謎の歌。……さっきまでの優雅な振る舞いとは大違いですよ。
(さてと……それじゃあ本題に切り込みますか)
泡の出るジュースを煽って上機嫌のオソレ、今なら重要な情報もポロっと洩らす、かも知れない。
「えっと、オソレさん、いくつか聞きたいことがあるわけで……」
そう切り出すと、待ってました!とばかりに身を乗り出すオソレ。
「そうでしょう?聞きたいことがありますわよね?えーっと……質問は3つまで、それと答えられる範囲のことしか言っちゃいけない決まりだからよろしくお願いしますわ!」
……なんかノリが良くて調子狂うなぁ。とりあえず1つ目の質問をするとしようか。

「トヨミさん、あの人は何者?」
「ああ~!、彼女の事ですね」
「そう、トヨミさん、あの人も外の幽霊みたいな子達と関係あるの?」
……一瞬の沈黙のあと、オソレはゆっくりと息をつき、答える。
「……彼女はこのお屋敷の管理人です。T大の医療群から派遣された優秀な異形の研究者でもありますわ。そして、外の子達と『同じもの』でもあります」
……同じもの?どういう意味?
「外にいた子達とおんなじに生まれて、互いで互いを食いあって存在が消えてしまった子達ですわ、でも……」
ふいにオソレが振り返るといつの間にか水差しを持ったトヨミさんの姿。
初対面では幽霊みたいな風貌に面食らってあまり注視していなかったけど、エプロン姿も様になってるし結構似合ってると思う。……しかし当のトヨミさんは私の視線に気付いたのか、不意に目線を逸らす。

「……失礼しました、お客様のお皿を取り方させていただきたく思いまして」
オソレはそんな彼女を見て何故か満足げに微笑む。
そしてこう続けるのだ。
「でもこうやって何体かは生き残って、成長して戸籍を与えられていろんな場所で社会貢献しているんですわ……ほら?ワカえもんの居候先のあの女も、もうちょっとこの子を見習ってしとやかになってほしいですわねぇ……」
とりあえず彼女は呪いの映像の怪異とかではないみたいだけど……。

「さて、今ので質問は2つ分、とカウントさせて頂きます、あと1つだけ答えてさしあげますわ、どうぞ~♪」
トヨミさんが注いでくれた水で唇を湿らせ、次の問いを投げかけてみる。
「あの場所とこのお屋敷は、なに?」

この質問は、さすがに興味深かったらしく、オソレも少し表情を引き締めたようだ。
「……そう、そこが重要ですわよね。えぇいいですともお答えいたしましょう」
そして彼女はテレビドラマの刑事のように指を立てて、すらすらと説明を始めた。
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