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4 デイオフ
#3β
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「オソレさん……」
「はい~?」
山の中腹、林道脇に黄色い気球がぽつんと浮かんでいた。
ワカは恐々、尋ねてみることにする。
「これはいったいどういう趣向で……?」
大丈夫ですの、ちゃんと許可を取ってありますわ、と
バイクから降りて軽くストレッチしながらオソレは何食わぬ顔で答える。
まさかこれに乗る……とか言わないでくださいね……ワカが念のためそう尋ねると、
「これは単なる目印です、気球デートはまた別の機会に」
とオソレ。
ほっとしたと同時に、ワカはある事に気付く。
(あの気球はこのトンネルの場所を示す目印?)
「さて、あの子は元気にしてますかしら」
オソレは小さく笑うと、
「こちらですわ、ついてきてくださいまし」
山肌にぽっかりと空いた横穴の方へワカを促すのだった。
横穴の内部はコンクリートで補強されてはいるが、元は坑道であったことを伺わせるじめついた感じと陰気さがある。
通路の天井には等間隔に照明が設置されており、足元まで光が届くようになっていた。それでもこの雰囲気はかなりのものだと思う。
オソレの後ろを歩いていると時折、コツン、コツン、と乾いた足音が自分の後ろから聞こえてくる。壁に反響した足音だろうか?それがとても怖い。まるで何者かが背後からついてきているかのような錯覚に陥るのだ。
(水の音?)……かすかに耳に届くのは地下水流のせせらぎだろうか。T市は伏流水に恵まれている、とクロエが言っていた気がする。
え?、不意にオソレが立ち止まった。ぶつかる寸前で踏み留まったワカは暗い坑道の奥に目を凝らす。地すべりか何かだろうか?道が途切れ、そこから先が水没しているようだ。
「ここから先は水路を使いますの……よっと!」オソレはヘルメットに据え付けられたライトで暗い水面を覗き込むように照らすとおもむろに水没通路へ飛び込んだ。メットのシールドを下ろしてワカも慌てて後に続く。……うわぁ……!……ワカは息を飲む。地底湖と呼ぶべきなのだろう。鍾乳洞を思わせる洞窟内空間は静謐な空気に包まれていた。水に潜くなりスーツの手足にはカエルのような水掻きが
生え、ヒレのついた魚脚が現れる。呼吸も全然平気だ。
水中にいるというより水の膜の内側に浸かっているような感覚に近い。
ふいに腕を引かれ振り向くと、オソレが(ほら、早く来なさい。ここを通りますわよ)と、身振り手振りで促してくる。
なるほど、ここは人魚の国……
そんなことを考えながらワカはオソレを追って水没通路の奥へと歩を進めた。
水深は10mくらい。自分の“現在”の身長は150cm前後、底に足がつくことはなさそうだ。オソレはスイスイと先を泳いでいき、ワカもそれを追いかけるような形で進むことになった。
もうすぐ着きますわ、と合図するオソレに、わかりました、と、ジェスチャーで返事をして後を追う。しばらく進むと頭上に淡い光が射し込み始める、見上げると、どうやら出口の先は巨大な地下空洞になっているらしい。空気も十分ある。やがて視界が開けると……ワカの眼前に、その光景は広がっていた―――
「さぁ、着きましたわ」岸壁……もとい水没した坑道の縁から這い上がりつつオソレがそう言った。グ~ッ……ワカのお腹が鳴る。「着いたらお昼にしましょう」
オソレ手を借りて岸辺に這い上がったワカは周囲の光景を見て絶句した。
第一に地底湖を覆う巨大な天井の至るところから生えた石筍もとい異形の結晶
その数は数千、数万をくだらないと思われる。それらが放つ仄かな燐光に照らし出された神秘的な景観はとても現実とは思えなかった。第二に、そこは明らかに異質だった。一見するとただの地底湖だが、その空間には明らかに人の手が加わって作られたであろう巨大施設の廃墟があった。しかもほとんど湖に沈んでいる。
第三に地底湖のほぼ中央、小島となった場所に瀟洒な洋館が建っていたこと。
謎の洋館までは向こうの頑丈そうなアーチ鉄橋を渡っていくらしい。ちなみに水没していないルートもあるみたいだったが……。
何にせよこんな場所があるなんて聞いたこともない、少なくとも先日のホスピタルルーム(病室)同様、絶対に公式な地図には載っていない場所に間違いないだろう。
「さあ、参りましょう」
オソレに手を取られ、ワカは橋に向かって歩き出す。
「でも……」さっき見た景色、なんだか胸騒ぎを覚える。
まるでどこか別の世界に連れていかれてしまうみたいな……。
「あれ?」ワカは自分の目を疑った。橋のたもとは桟橋になっている。そこに白い服を着た少女達が佇んでいたからだ。
背丈はワカと同じぐらいだろうか?しかしあの子達は一体どこから来たんだろう。
不意に背筋に冷たいものが走る。そういえばここに来る途中、『ここ』では静かにする事、決して大声を上げないこと、とオソレに忠告された覚えがある。
(うひ~……本物の幽霊やんけ~……)
思わず身を縮めてしまった。けど、向こうはこちらになんの反応も示さない。よく見ると彼女達の姿は闇に溶けて徐々に薄れていくところだった。(幻覚じゃないよね……?)不安になってくる。
その時、突然耳元で何者かが囁いた―。
『大丈夫ですか?』
それは聞き慣れない女の子の声。振り返るが誰もいない。そもそも今のは誰?幻聴?……やっぱり怖いかも……。
オソレが不思議そうな顔してこちらを見つめてくる。慌てて取り繕いながら、気のせいか……と思い直し前を見る。……さっさとこの場を離れよう、急ごう……と心に決めた瞬間 また同じ声で呼び掛けられた。今度はかなり近い。
(だ……誰かいるんですか……?!)
堪らずワカは小声で叫んでしまった。
クスリと笑いながらオソレはワカの手を取り再び歩み始めた。怖くありませんよ、行きましょう、という意思表示なのだろう。ホッとした反面、まだ安心はできない。
何故なら自分達は今、身をもって怪奇現象を体験しているのだから。
(無視無視無視無視……)
背後の気配を無視し、無心で橋を渡る二人。十数分後……ようやく二人はクローズドサークルの如し湖上の洋館の門扉へと辿り着いた。
「はい~?」
山の中腹、林道脇に黄色い気球がぽつんと浮かんでいた。
ワカは恐々、尋ねてみることにする。
「これはいったいどういう趣向で……?」
大丈夫ですの、ちゃんと許可を取ってありますわ、と
バイクから降りて軽くストレッチしながらオソレは何食わぬ顔で答える。
まさかこれに乗る……とか言わないでくださいね……ワカが念のためそう尋ねると、
「これは単なる目印です、気球デートはまた別の機会に」
とオソレ。
ほっとしたと同時に、ワカはある事に気付く。
(あの気球はこのトンネルの場所を示す目印?)
「さて、あの子は元気にしてますかしら」
オソレは小さく笑うと、
「こちらですわ、ついてきてくださいまし」
山肌にぽっかりと空いた横穴の方へワカを促すのだった。
横穴の内部はコンクリートで補強されてはいるが、元は坑道であったことを伺わせるじめついた感じと陰気さがある。
通路の天井には等間隔に照明が設置されており、足元まで光が届くようになっていた。それでもこの雰囲気はかなりのものだと思う。
オソレの後ろを歩いていると時折、コツン、コツン、と乾いた足音が自分の後ろから聞こえてくる。壁に反響した足音だろうか?それがとても怖い。まるで何者かが背後からついてきているかのような錯覚に陥るのだ。
(水の音?)……かすかに耳に届くのは地下水流のせせらぎだろうか。T市は伏流水に恵まれている、とクロエが言っていた気がする。
え?、不意にオソレが立ち止まった。ぶつかる寸前で踏み留まったワカは暗い坑道の奥に目を凝らす。地すべりか何かだろうか?道が途切れ、そこから先が水没しているようだ。
「ここから先は水路を使いますの……よっと!」オソレはヘルメットに据え付けられたライトで暗い水面を覗き込むように照らすとおもむろに水没通路へ飛び込んだ。メットのシールドを下ろしてワカも慌てて後に続く。……うわぁ……!……ワカは息を飲む。地底湖と呼ぶべきなのだろう。鍾乳洞を思わせる洞窟内空間は静謐な空気に包まれていた。水に潜くなりスーツの手足にはカエルのような水掻きが
生え、ヒレのついた魚脚が現れる。呼吸も全然平気だ。
水中にいるというより水の膜の内側に浸かっているような感覚に近い。
ふいに腕を引かれ振り向くと、オソレが(ほら、早く来なさい。ここを通りますわよ)と、身振り手振りで促してくる。
なるほど、ここは人魚の国……
そんなことを考えながらワカはオソレを追って水没通路の奥へと歩を進めた。
水深は10mくらい。自分の“現在”の身長は150cm前後、底に足がつくことはなさそうだ。オソレはスイスイと先を泳いでいき、ワカもそれを追いかけるような形で進むことになった。
もうすぐ着きますわ、と合図するオソレに、わかりました、と、ジェスチャーで返事をして後を追う。しばらく進むと頭上に淡い光が射し込み始める、見上げると、どうやら出口の先は巨大な地下空洞になっているらしい。空気も十分ある。やがて視界が開けると……ワカの眼前に、その光景は広がっていた―――
「さぁ、着きましたわ」岸壁……もとい水没した坑道の縁から這い上がりつつオソレがそう言った。グ~ッ……ワカのお腹が鳴る。「着いたらお昼にしましょう」
オソレ手を借りて岸辺に這い上がったワカは周囲の光景を見て絶句した。
第一に地底湖を覆う巨大な天井の至るところから生えた石筍もとい異形の結晶
その数は数千、数万をくだらないと思われる。それらが放つ仄かな燐光に照らし出された神秘的な景観はとても現実とは思えなかった。第二に、そこは明らかに異質だった。一見するとただの地底湖だが、その空間には明らかに人の手が加わって作られたであろう巨大施設の廃墟があった。しかもほとんど湖に沈んでいる。
第三に地底湖のほぼ中央、小島となった場所に瀟洒な洋館が建っていたこと。
謎の洋館までは向こうの頑丈そうなアーチ鉄橋を渡っていくらしい。ちなみに水没していないルートもあるみたいだったが……。
何にせよこんな場所があるなんて聞いたこともない、少なくとも先日のホスピタルルーム(病室)同様、絶対に公式な地図には載っていない場所に間違いないだろう。
「さあ、参りましょう」
オソレに手を取られ、ワカは橋に向かって歩き出す。
「でも……」さっき見た景色、なんだか胸騒ぎを覚える。
まるでどこか別の世界に連れていかれてしまうみたいな……。
「あれ?」ワカは自分の目を疑った。橋のたもとは桟橋になっている。そこに白い服を着た少女達が佇んでいたからだ。
背丈はワカと同じぐらいだろうか?しかしあの子達は一体どこから来たんだろう。
不意に背筋に冷たいものが走る。そういえばここに来る途中、『ここ』では静かにする事、決して大声を上げないこと、とオソレに忠告された覚えがある。
(うひ~……本物の幽霊やんけ~……)
思わず身を縮めてしまった。けど、向こうはこちらになんの反応も示さない。よく見ると彼女達の姿は闇に溶けて徐々に薄れていくところだった。(幻覚じゃないよね……?)不安になってくる。
その時、突然耳元で何者かが囁いた―。
『大丈夫ですか?』
それは聞き慣れない女の子の声。振り返るが誰もいない。そもそも今のは誰?幻聴?……やっぱり怖いかも……。
オソレが不思議そうな顔してこちらを見つめてくる。慌てて取り繕いながら、気のせいか……と思い直し前を見る。……さっさとこの場を離れよう、急ごう……と心に決めた瞬間 また同じ声で呼び掛けられた。今度はかなり近い。
(だ……誰かいるんですか……?!)
堪らずワカは小声で叫んでしまった。
クスリと笑いながらオソレはワカの手を取り再び歩み始めた。怖くありませんよ、行きましょう、という意思表示なのだろう。ホッとした反面、まだ安心はできない。
何故なら自分達は今、身をもって怪奇現象を体験しているのだから。
(無視無視無視無視……)
背後の気配を無視し、無心で橋を渡る二人。十数分後……ようやく二人はクローズドサークルの如し湖上の洋館の門扉へと辿り着いた。
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