上 下
29 / 58
3 二つの影

#1β1

しおりを挟む
「うーん……」
意識を取り戻したわたしはゆっくりと目を覚ました。怪我も倒れたときの擦り傷程度、目眩も治まったようだ。
(あれ?)
周りをキョロキョロと見回した。さっきまでいた廃都市とは雰囲気が違う。
(ナニここ?)
見たことのない場所だ。わたしは立ち上がり改めて周囲を見渡す。
高級そうな調理家電と落ち着いた雰囲気の調度品、まるでモデルルームだ。
外の見える窓は見当たらないがここは誰かの部屋だろうか?
(えっと……)
わたしはとりあえず状況を把握しようと視線を自分の体に向けた。そしてギョッとした。
わたしは病院で入院患者が着るような前開き式の病衣を身につけていた。左胸には『T大』の徽章が刺繍されている。
(まさか)
わたしは恐る恐る立ち上がって自分が寝ていた場所を確かめた。
(やっぱり……)
わたしが寝ていたのは最新型のリクライニングベッドの上だった。
(なんでこんなことに……)
わたしは混乱しつつも必死に記憶を呼び起こそうとした。
(確かラブラクラに追いかけられて……)
わたしはラブラクラが放った攻撃と謎の敵のガスで意識を失ったのだ。
ここは病院なのか?でもそれじゃあこの格好に誰かが着替えを……
その時、ガチャと部屋のドアが開く音がして反射的にわたしは音の方に振り向いてしまった。
「あら、目が覚めたのね。気分はどうかしら?」
声の主は丈が少し長めの白衣を纏った年齢不詳の女の子だった。見ようによっては大人にも子供にも見える。(誰?)
わたしは困惑しつつ彼女を観察……しようと思ったけど、 彼女はいきなりわたしに顔を近づけると、「ふむ」と一言。
「な、なんですか?」
「顔色があんまり良くないわよ。貧血気味かしら?エアコンの設定温度上げる?」
「え、あ、いや……」
「それともお腹空いてる?」
「えぇ?」
ぶかぶかの白衣の下にはタキシードのような意匠のバックレスドレスとバイオレットのネクタイ。かなり奇抜なファッションだ。
(そんな涼しそうな格好でよくも……鳥肌立ちそー……)わたしは心の中で突っ込みを入れる。
「ほら、食事は大事じゃない。ちゃんと食べておかないといざという時に動けないわよ。あ、そうだ。私、これから夜食の時間なんだけど一緒にどう?」
「はぁ……」
よく分からないうちに話が進んでいく。
「あ、あの、あなたはいったい……?それとここってどこなんでしょう?わたしはどうしてここにいるんですか?教えてください!」
わたしは一気にまくし立てた。
「……」
女の子はしばらく無言でわたしをじっと見つめていたが、やがてクスッと笑う。
「そうね。まず自己紹介から始めましょうか。私は……まぁいいか、今は。私のことはドクちゃんと呼んで頂戴」
「ドクちゃん?」
「そう。ドクター・コンプレックスの略よ。可愛い名前でしょ」
そう言ってドクはバイオレットの瞳を細めてニヤリと笑みを浮かべた。
「あの、質問に答えてもらってませんが……」
「そうね。じゃあ順番に答えるわね。私はあなたの敵じゃない。だから安心して。それとここは『T大』の特別病棟。地下にあるから外の様子は見えないけど、地上にはいつも通りの街並みが広がっているはずよ」
「特別病棟……」
わたしは改めて部屋を見回す。確かに普通の病室ではない。長期入院の患者や家族のために家の中にいるように生活できる設備がかつて大きい病院にはあったらしい。
「あなたが倒れているのを親切なクマさんが見つけてくれたの。感謝なさい」
わたしを助けた?こいつらが?わざわざ刺客を寄越しておいて?訳がわからない。
「……ありがとうございます。ところでわたしを助けてくれて、その、助けたついでと言っては何ですけど、ここから出る道を教えてもらえますか?」
わたしはなるべく平静を装いながら聞いた。
「んー、それはちょっと無理かな。だって私が連れてきたんだもの ふふ。これから面白い見世物が始まるからお姉さんと一緒に見物しよ?美味しいお菓子も用意させるし。その後で今のあなたの家に送ってあげる」
「なっ!?」
わたしは絶句した。すると彼女はかけている眼鏡のブリッジを指で押し上げ
「ワカちゃんは和菓子と洋菓子どっちが好き?今作らせるね。それでね、今日のお勧めはロマノフで……」
体を密着させながら甘い声でわたしの耳元に囁く。
わたしは慌てて彼女を突き飛ばすと「何が目的なんですか?」
思わず怒鳴り声を上げた。
「目的?う~ん。強いて言えば、あなたのお姉さん達の腕試し。かしら?ふふ。なかなか楽しいショーになりそうだわ。でも大丈夫よ。あなたに危害を加えるつもりはないわ。ただ楽しんでもらうだけよ。ほら、どれにする?」ドクはどこかから取り出したメニュー表を広げながら言った。
(もういい加減にして……)わたしは頭を抱えたくなった。
(えーいっ、色々と面倒くさい奴!)
わたしは自棄になって「黄金どら焼き!黄金どら焼き!能登大納言100%!」と叫んだ。
「へぇ、意外と渋いの選ぶじゃない。でも残念。それは無いのよね。ごめんなさい。代わりにこれなんかどう?」
ドクはメニュー表の中から苺のロマノフを二人前注文した。
「なッ……」
「ふふ。シェフを呼ぶから待ってて。彼の腕前、三ツ星レストラン級よ」

つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】女囚体験

さき
ホラー
奴隷強制収容所に収容されることを望んだマゾヒストの女子大生を主人公とした物語。主人公は奴隷として屈辱に塗れた刑期を過ごします。多少百合要素あり。ヒトがヒトとして扱われない描写があります。そういった表現が苦手な方は閲覧しないことをお勧めします。 ※主人公視点以外の話はタイトルに閑話と付けています。 ※この小説は更新停止、移転をしております。移転先で更新を再開しています。詳細は最新話をご覧ください。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

退魔の少女達

コロンド
ファンタジー
※R-18注意 退魔師としての力を持つサクラは、淫魔と呼ばれる女性を犯すことだけを目的に行動する化け物と戦う毎日を送っていた。 しかし退魔の力を以てしても、強力な淫魔の前では敵わない。 サクラは敗北するたびに、淫魔の手により時に激しく、時に優しくその体をされるがままに陵辱される。 それでもサクラは何度敗北しようとも、世の平和のために戦い続ける。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ 所謂敗北ヒロインものです。 女性の淫魔にやられるシーン多めです。 ストーリーパートとエロパートの比率は1:3くらいでエロ多めです。 (もともとノクターンノベルズであげてたものをこちらでもあげることにしました) □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■ Fantiaでは1話先の話を先行公開したり、限定エピソードの投稿などしてます。 よかったらどーぞ。 https://fantia.jp/fanclubs/30630

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...