上 下
18 / 58
2 Blue Brain BBomber

#3α

しおりを挟む
ベシャリ、麻袋に入ったオレンジが潰れるような音と共に『ドゥオナ』の口から異形の破片と大量の黒い液体が吐き出された。
「ひぃっ!」悲鳴をあげる地味な顔の二人の助手。
そして『ドゥオナ』の口の中で謎の繭に包まれ変化していたクロエの体は徐々に元の人間の形に戻っていった。
「ふう、なんとか成功したようだな」
「お疲れ様です……」
「はぁ……死ぬかと思った……」
三人がそれぞれの感想を述べる中、クロエは自分の手指を見つめていた。
「うわっ!なんだこの指!?」
見ると、彼女の指は異形のように節くれ立ち鋭い爪が……ということはなく
見慣れた綺麗な指のままであった。ただし皮膚が異形のような艶のある漆黒に変わっていた。
「……」「どうした?オクショウ君」
「ひとつ聞きたいことが……」「なんだ?」
「さっき『痛覚は死んだ』って言ってましたよね?それなのになんで私の体こんなにむずむずするんですか?あとウサギみたいな耳生えてるし!」
「ああ、それは異形の分子構造が絶えず不安定に変化しているからだ。おかげで君達はその気になれば体を自在に変形できる。もっとも、その分かなり体力を使うがね。それと君の体はこれから徐々に馴染んでいく、そのうち感覚も元に戻るだろう」
「そっか……よかったぁ……でも私、実は寅年なんですよね……」
意味不明な不満を漏らしつつほっとした様子で胸を撫で下ろすオクショウ。
一方クロエは異形と化した自身にデジャブを感じ戸惑っていた。
(……)
「さて、地球爆発まであと5分……とは言わないが急いで支度をしてくれ給え」
「ええええええ!」
「うるさいよ」
この姿に慣れ落ち着いたのかいつもの落ち着きない態度を取り戻すオクショウ。
「よし、行くか」
「ええ」「はい!」
三匹(?)はそれぞれに返事をする。
「あーそうだ、忘れるところだった」
そう言うとクマの助手がカートに乗せて恐る恐る二人の元に運んできたのは彼女達それぞれ愛用の
武器、つまりジャベリンと長銃であった。
「……ん?」「えーっと?」
困惑した表情を浮かべる二人。
「見ての通り君達の愛用の武器だ。改造して今の君たちに合わせてある」
「え?どういうこと?」「いや、だから君達が普段使っている得物をそのまま使えばいいということだよ」
「そのまま?」
「よし、物は試しだ。いつものように手にとってくれ給え。そして私を敵だと思って構えたまえ、さぁ、さぁ」
クマが二人に道具を手に取るよう促す。
二人は顔を見合わせ、とりあえず言われた通りにしてみた。
「なんか、二の腕と脇がゾワゾワします……」
「うわ!ホントだ!」
二人が自分の腕を見る、と、そこには異形の肌がまるで軟体動物のようにウネウネと波打ち、それが二人の得物に絡みつくように巻き付いていた。
「おお!」「なんじゃこりゃ!」
驚く二人を尻目にクマは説明を続ける。
「君達の『ドゥオナ』は戦闘用の特殊仕様でな、このように武器や防具に擬態することができるのだでは、試しに撃ってみてくれ」
「え?」「撃つんですか!?」
「冗談です」
「うん……」「予定より早いけど殺すぞババァ……」
オクショウが銃を構えると『ドゥオナ』は素早く変形し銃身と一体化すると、一瞬にして銃口にスコープが出現した。
「おお!」「すごい……」
「次はクロエ君やってみたまえ」
「って私の重大発言はスルーかい!」
クロエがジャベリンを構えてみると、こちらもまた『ドゥオナ』は変形し、 先端が捻れた矛のように変化した。
しかも矛先に幾何学的な線が入っている。どんな機能があるかはわからない。
「おぉ……」
「どうだい?気に入ったかな?」
「まぁ、悪くはないな」
「はぁ……」
「じゃあそろそろ時間。……だが……君たち、どうやって現場に行きたい?」
「え、そりゃ……」「?、いつも通りバンで行きますよ」
「私にいい考えがある」「「?」」
三人が首を傾げる中、クマ助手は自信満々に言った。
「霧だ」
「え?」「は?」
「いや、霧だよ」「なに言ってんですか主任」「頭大丈夫ですか?」
「うわっ!この子、上司に向かって酷い言い草だな!」
「あのですね、確かにこの格好でバンを運転するのはヤバイと思いますけど、それでも車で行かないと間に合わないじゃないですか!」
「ふむ……それもそうか。百聞は一見にしかず、だな。早速試してもらおう」
そういうとクマの助手は懐から小型の機械を取り出し、スイッチを入れる。
その瞬間、部屋の天井についているスピーカーから音楽が流れてきた。
それは『イデル・ビレッド:別れの曲』だった。
「え?、あっ!」「おわ!」
クマが指を鳴らすと、辺り一面に鈍色に輝く細かい粒子が立ち込め、視界を遮った。
そして、その向こうには見慣れた光景が広がっていた。
「「えぇ~!!」」
二人は驚きの声を上げる。
そこは紛れもなく見慣れた廃都市の風景だったからだ。
「え?、ええ?、え?」「ど、どういうことだよ!」
「ふふふ、これでわかったろう」
「え、あ、はい」
「え、これ、マジモンなんすか?」
「ああ、この霧は廃都市の霧の成分を再現したものだ。時間がないので詳細は省くが異形は霧の中から神出鬼没に現れる。それこそノラモトくんちの冷蔵庫の中にもな。だから私は異形が霧を触媒にスキップ移動する、という仮説を立てた」

「な、なるほど……?」「えーっと?」
まだ納得していない様子の二人。
「君達も知っての通り、霧は我々にとって厄介極まりない存在だ。しかし逆に言えば、それを利用すれば霧のあるところを自在に移動できる。はいどこでもドア~ってわけだ。それに……」
「あ、わかりました」
「うん?」
「本当、今さらそういう説明とかいいんで。多分、筆者も読者も半分も説明を理解できてませんから」
「え?」
「いや、そんなことないよね?ちゃんと読んでますよね?ねぇ?」
「まぁ、要するにこの霧の中なら自由に移動ができるってことですかね?」
「うむ、大雑把に言うとそうなるな。あとは霧の中での移動のコツを掴んでもらう必要があるが……まぁ、君たちならなんとかなりそうだな」
「はー、でも、こんなのいつ思いついたんです?」
「それはいま話すべき事じゃない。時が来ればわかるさ、多分♪」
「はぁ……」
「それよりそろそろ時間だ」
「え?もう!?」
「じゃ、頑張ってね」「え、ちょ……」
クマが送り出すように背中を軽く押すと、二人は霧の向こう、見慣れた廃都市へと足を踏み出した。
「やれやれ……行ったか」
クマは小さく呟きながら、二人の姿が消えるまで見送っていた。
「あの、主任」
「ん?なんだい?」
助手がクマに何事か耳打ちすると、クマは少し驚いた表情を見せた後、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そうか、それは面白い。今日は祭りか?」
「ええ、間違いなく」
「よし、じゃあ私らも支度しようか?」
「はい、お供します」
二人が部屋を出ると、再び音楽が流れてきた。
それはブラームスの『雨の歌』だった。
しおりを挟む

処理中です...