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2.5 side note

ex1#後編

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なるほど、そういう事ですか」
場所は変わりここはとあるビルの一室。そこで眼鏡をかけた金髪の女性はモニターを見ながら呟いていた。
女性は大型モニタになっている机の上に広げたデータを眺めながら思案していた。そこには先程の狩りの一部始終が映し出されている。
「やはり『アレ』を制御するのは。少々骨が折れますね。ふむ……。あの子の実力もなかなかのものですがやはり分が悪いようです」
そう言いながら女性が視線を移すと、モニタにはエミの姿が映っていた。
「……」
彼女はしばらくエミを見つめていたが、やがてクルッと椅子を回転させて背を向けた。
「さてそろそろ行きましょうか」
『はいオソレガミ主任』
女性の後ろで控えていたスーツ姿の青年が返事をした。
「それにしても……もう一人の被験者候補『彼女』はどうしていますかねぇ
勤務表によると今日は非番だったはずですが……」
『はい。それに関しては問題ないかと。非番にもかかわらず、一歩も自宅から出ていません』
「あら、そうなんですか?おかしいですね……。年頃の女の子なら買い物とか遊びに行くと思うのですが……」
『自分も気になるので彼女の立ち寄る店に顔を出していますが、特に変わった様子はありません』
「そうですか。まあ、彼女が何を考えているのかは分かりかねますが、とりあえずは予定通り進めるとしましょうか。ではそろそろ『アレ』を回収しましょう」
『はっ』
オソレガミと呼ばれた女性はそれだけ指示すると部屋を出て行った。
「……」
残された男は、再びモニタに目を向ける。そこにはまだ戦闘を続けている二人と『異形』の巨人の姿が映っている。「ーーー!?」また一体、巨人に捉えられた異形が『核』を握り潰された。
男は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
と、その時巨人の腕が男の方に向いた。男は咄嵯に回避しようとするが、間に合わないと判断し、近くの建物に飛び込む。その直後、巨人の拳が建物の壁を打ち砕き、瓦礫の雨が降り注いだ。
男は瓦礫の下敷きになりながらも、何とか這い出してくる。しかし、既に満身創痍で立っているのがやっとという状態だった。
「ハァ……ハァ……くっ!」
『……!』
「もう、いいよ。これ以上やったら死んじゃうってば!」
『何を言っている!お前は早く上に戻って応援を連れてこい!!』
「だから、あんたが居ないと意味ないじゃん!」
『俺は時間を稼ぐだけだ。必ずフドウさんの指示で救援が来る』
「そんな……!」
『行け!!!』
男が叫んだ瞬間、巨人が男を踏み潰そうと足を振り上げた。
エミはそれを見た瞬間、何かを覚悟したように目を瞑り、歯を強く食いしばる。
「ごめんね、タカツ……」
エミの言葉と同時に、男は巨人によって踏み潰された。
「うっ……うっ……」
エミは目の前に広がる光景を見て涙ぐんでいた。
『オクショウ!?おいしっかりしろ!!何があったんだ!?』
通信機越しにエミやタカツの上司、シノの声が響く。しかし、エミは答える事が出来なかった。
「(私のせいだ……私が余計なこと言ったから……)」
エミは自分が迂闊にも口を滑らせた事を後悔していた。
あの時自分はタカツが死んでしまうのではないかと恐れ、つい口走ってしまったのだ。『私も一緒に戦う』と……。その結果がこれである。
『落ち着け、ゆっくりでいいぞ。話せるか?』
「……はい」
エミは涙を拭い、通信端末に向かって語る
自分が見た事を全て。そして、自分の命を救ってくれた男の名前も。
『そうか……分かった。手の空いているものを大至急向かわせる。お前は安全な場所まで避難していろ。そこから先は我々に任せろ』
「はい……すみません」
『謝る必要はない。お前はよくやったよ。後は任せて休んでいろ』
「ありがとうございまず……」
エミはそれだけ言うと通信を切り、その場から離れようとした。巨人はタカツを踏み潰したあと糸の切れた人形のように動かなくなっていた。
「……?」
エミはふと違和感を覚えた。
「あれ?アイツの『核』はどこにあるんだろう……?」
その疑問の答えはすぐに明らかになった。
「え!?」
それは一瞬の出来事だった。突然巨人が身じろぎした、と思った次の瞬間、巨人は四体の異形に別れ崩れ落ちた、と、頭を構成していた猛禽型の異形がエミに向かって突撃してきた。
「えーっ!?」
『ガアァッ!!!』
咄嗟に身構えたエミを素通りし猛禽型異形はエミの背後から忍び寄っていたカニのような異形(先ほどの山羊型異形の生き残りの変異体、二つの頭をハサミ、二頭の山羊が背中合わせになって胴を構成する」の『核』を弾丸のように撃ち貫くとそのまま空高く舞い上がった。
(……)

エミは肩から下げていたライフルを構えると、空中にいる異形の頭の作り物めいた赤い結晶に狙いを定め引き金を引いた。放たれた弾丸は正確に異形の頭を貫き、異形を地面へと叩きつける。
『グゥッ……』「これで終わり……」
エミが呟くと、周囲に集まっていた『核』が一斉に霧散した。それを確認したエミはほっとした様子で胸を撫で下ろし、大きく息をつく。
(ふう……。なんとかなったけど、やっぱりこの仕事きついなぁ……)

それから一年、K大の駆除課のオフィスではいつもの光景が繰り広げられていた。
「おはよ~クロエ~」

「ふぁ~……」
「また夜更かししたのぉ?だめだよー女の子はちゃんとお肌のお手入れしないとぉー」
「久々の三連休でオランダ船の帆を組むのに夢中になってたら寝るタイミング逃した……」
「もーしょうがないわねぇ。じゃあ、今度のお休みは私があんたの部屋に泊まってコーヒー入れてきてあげる。それで目が覚めるでしょ~」
「いや、遠慮する。何か邪な企みを感じるから」「ひっどぉい!」
「おはようございます、オクショウさんノラモトさん。今日もいい天気ですね」
「おっはー、バロー。聞いてよ、こいつったら酷いんだよ。せっかくお泊まりに来てあげようって言ってるのに断るんだもん。私傷ついたわ~」
「ちょっと待て。『来るな』とは一言も言っていないぞ」
「じゃ、行くよ~!」
「……好きにしてくれ」
「あはは……相変わらず仲良いですねぇ」
「良くない!」「良くない!」
あれから一年、オクショウは伸ばしていた髪を切りタカツを殺した巨人を差し向けた首謀者を見つけだし、殺すまで自分のお気に入りであの人のお気に入りでもあったロングの髪型に戻さないと誓った。
「……?」
その時、オクショウが何かを感じ取ったのか窓の外を見た。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
「そう……?」
窓の外にはいつもと変わらないK大、そしてT市の廃墟が広がっていた。

 ex1おしまい
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