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2.5 side note

ex1#前編

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某月某日、今日もT市廃墟には霞か煙かとまごう淡い霧が立ち込めていた。
だが今日の霧の色は緑ががって風にたなびいていた。
「こちらスングーラ、目標まで200m」
『了解』
腕輪型の通信端末から男の声が返事する。
「さぁ~て、今日の獲物は何本足かな~?」
『エミあんまり遊ぶなよ。これは訓練じゃあないんだぞ』
「わかってるってー!」
エミと呼ばれた人影は、無造作に束ねられた髪をかきあげ答える。
『まったくお前は……』
通信機越しに男が呆れたようにため息をつく。
「まぁまぁいいじゃん!私だってこんな場面でで死にたくはないしさぁ……」
『その割には楽しんでいるように見えるが?』
「いや、それはそれだよ?私はこの街が嫌い。ただ……こうやって銃を撃っているときが一番楽しいだけ」
そう言って彼女はニヤリと笑った。
緑の煙の正体は異形をあぶり出すための特殊ガスでOCガスのような効果を生んでいる。
ガスは獲物が近付くと自動噴射ユニットで吹き出し、風に流されていく仕組みだ。
そして彼女の足元にある装置は彼女が今まさに狙っている対象を映し出していた。
二人の人影はカムフラージュのため瓦礫模様のマントを
羽織り気配を殺していた。
標的は頭に二本の巻き角を生やした山羊のような異形で、
今モニターには美術館跡地のモニュメントに5~6体の異形が輪のように
集まり何事か話し込むように顔を付き合わせる様子が映し出されていた。
「ふむ……。どうせなら大物狙いたいよね。よし決めた!あの大きいの狙う!」
『おい待て、そんな事したらこっちにも影響が出るだろう!』
「大丈夫、そっちに行かないようにするからさ!」
『そういう問題じゃない!』
「じゃあどういう問題?」
『……わかった。好きにしろ』
男は諦めたように言う。
『くれぐれも気をつけろよ。あと、あまり派手にやり過ぎるな』
「へいへーい」
軽い口調で返事をする彼女に男はため息をついた。
二人の関係は主従関係に近いのだが、エミが男に対して横柄な態度をとる事が多い。それでも男は彼女を見捨てる事はなかった。
むしろ彼女の才能を認めており、その行動を見守りつつも時に諌める役回りであった。

今回もその例に漏れず、彼は苦言を呈しながらも最終的には折れてしまうのだ。
エミはスコープ越しに異形の姿を見つめながら口元に不敵な笑みを浮かべていた。
と、数秒後、巨大な圧迫感と殺気が周囲に広がり一斉にフウル型の異形が木々から飛び立った。ざわざわと木々が揺れる。風が変わる。 まるで森が圧迫感がどす黒い色に変わった気さえした。そして、
「あれ?ちょっと待って。なんか様子が変じゃない?」
『確かに……』
と、エミが周囲の異変を察知した瞬間、異形たちが一斉にこちらを向いたのがスコープ越しに見えた。
異形たちはすぐに行動を起こさなかったが、次第に輪の中心にいる異形だけが頭を高く上げ雄叫びをあげた。
「ヤバい!?見つかったかも!」
『撤収だ!早く逃げるぞ!!』
「わぁかってるよ!!」
男は急いで離脱するように促すが、エミは咄嗟に引き金を引いていた。
銃口から放たれた弾は異形たちに向かって一直線に進み、輪の中心にいた異形の『核』に命中、異形はそのまま崩れるように倒れ込んだ。
「やった!!大物ゲットォッ!!!」
歓喜の声を上げるエミだったが、次の瞬間彼女は自分のミスを悟った。
『馬鹿!何をしているんだ!』
「あ……」
群れのリーダーを失い統率が乱れた異形達は、混乱状態で方々に散っていった。
その様子を見たエミは慌てて引き金を引こうとするが、もう遅かった。
『くっ……!仕方がない……』
男が覚悟を決めた時、突如として霧の中から『異形』の巨人が現れた。
巨人の体は濃い鋼色をしており、その体躯は7メートル近くあり金属の塊から異形の爪や牙、鼻などが生えた『異形』の巨人だった。頭は翼を折り畳んだ猛禽型の異形に鉄で出来た人の顔が張り付いたような姿である。
その異形はまずは手始め、と言わんばかりに逃走中の一体の異形の進路に割り込み、巨大な象の足のような拳を振り下ろした。
異形の体は『核』ごと一瞬にして押し潰され粉微塵になり、動かなくなった。
「嘘ぉ……!」
『チィ……』
男は舌打ちをして、すぐさまその場から離れようとするが、異形の巨体が邪魔で思うように動けなかった。「ねぇ……どうする?」
『このままだと間違いなく死ぬな……』
「そんなぁ……」
エミは絶望的な状況の中、必死に思考を巡らせた。
『……俺が囮になるからお前だけでも逃げろ』
「えぇっ!?」
『俺はあいつを食い止める。その間にお前は街に戻って応援を呼ぶんだ。いいな?』
男はそれだけ言うと、身を翻し異形の巨人の前に飛び出していった。
「ちょっ……!?無茶だって!!」
エミは通信機に向かって叫ぶが、男は振り返らず、そのまま異形の巨人に立ち向かっていった。
異形の巨人はその鋼鉄の腕を男を叩きつけようと振り回すが、男はギリギリで回避していく。
しかし、その度に地面が大きく陥没し破片が飛び散っていく様を見て、エミの顔が青ざめていく。と、今度は巨人が胴から生えた象型の異形の鼻で逃げ遅れて巻き添えを食った異形を絡めとり、一気に持ち上げた。
「あいつは何匹かの異形が何らかの技術で無理矢理繋ぎ合わされて人型になってる!?あんな事が出来るのは……まさか!?」
エミの脳裏に、ある人物の存在が思い浮かぶ。
それはこの国でもトップクラスの技術者であり、異形研究の第一人者でもある女性の姿であった。
「まずい!!アイツの狙いは……」
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