151 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第七章 26)オオツノオオカミが
しおりを挟む
部屋の空気は引き締まっている。それを引き締めているのはバルザ殿の存在だ。その眼差しで、態度で、キリリと、限界まで強く。まるで隣国との戦争に挑む前の、重要な軍議会議に臨席しているような気にさせられる。
しかしこれは別に嫌な感じではない。私は自分が偉い高官にでもなったようで、少し良い気分なのだ。
「これからこの会合に、スザンナを参加させたいと思います」
バルザ殿は言われた。
「彼女は昨日、我が部隊に合流したばかりですが、もっともその役に適任と判断しました」
「は、はい、受けたまわりました」
プラーヌスが街で適当に雇った、傭兵とは名ばかりのゴロツキや、この塔の住人の中の力自慢が集まっているだけ。これがバルザ殿の部隊の実態だ。
バルザ殿の指導で、皆が見間違えるように優秀な兵士になったかもしれないが、そもそも読み書きも出来ないような者ばかり。
そのような者たちと比べると、スザンナは自らの傭兵部隊を率いる責任者。学もあり、経験も豊か。すぐさま副官に抜擢されるのも当然なのかもしれない。
彼女もその役割を勤めることに不満はないようだ。むしろ誇らしげな表情で、バルザ殿の隣に立っている。彼女もすっかりバルザ殿人柄に魅了されたのかもしれない。
「スザンナは僕が街でスカウトした傭兵です。バルザ殿に評価していただき嬉しい限りです」
バルザ殿はコクリと頷いて、私の仕事を認めてくれる。それだけで私は嬉しさのあまり涙ぐみそうになる。バルザ殿はそういう御方。その眼差しだけで、全てが報われた想いがするのである。
「ところで森林開拓についてですが、基本的には順調に進んでいます。伐採した樹木の質も良く、その土地も肥沃。きっと豊かな農耕地になるでしょう。しかし一つだけ問題があります」
バルザ殿はさっそく、本題に入られた。
「問題ですか?」
「はい、狼たちに殺された部下がいます。オオツノオオカミです。どうやら我々のせいで森の秩序が狂ってしまったよう。森の境界辺りに住んでいた小動物たちは森の外に逃げ、オオツノオオカミたちがそれを追いかけるようにして、こちら側に現れた」
「オオツノオオカミが!」
オオツノオオカミほど恐ろしい生き物は存在しない。一匹一匹は小柄であるが、とても凶暴で、大集団で行動して、飢えていなくても、獲物に襲い掛かる。
奴らに追い掛けられると逃げ切ることは出来ない。噛みつかれ、肉を食われ、骨までしゃぶられる。これほどに恐ろしい生き物なのに、我々の身近に出没する猛獣。
「そ、それは大問題です。どう対処しましょう」
オオツノオオカミが出没するとなると、森林開拓の事業は少し危険な土木工事なんかではなくなって、その日、無事に生きて帰ることが出来るかわからない命懸けの仕事となってしまう。この仕事に携わる者たちの動揺は大きいだろう。
「はい、オオツノオオカミ対策にそれなりの人数を割く必要があります。具体的に言えば、作業中に見張りの数を増やし、常に武装している兵を配備するということ。そちらに人数を取られ、森の仕事の進捗が遅れてしまうということです」
当然、バルザ殿はその対処法も考えておられたよう。よどみなく、私に語ってこられる。
「そうですね」
「その事実を、塔の主にご理解して頂きたい」
森に住むオオツノオオカミを根絶やしにすることなんて不可能だろう。それは魔法使いプラーヌスにだって成し得ないこと。
こちらが出来ることは、我々の前に現れたオオツノオオカミの群れに、イチイチ対処していくだけ。それ以外に方法はない。
「森の王が嘆いている、そういうことらしいです」
バルザ殿がふと、そのような言葉を漏らされた。
「な、何ですか、それは?」
「森の奥のどこか、この森を統べる大木があるのです。その大木こそ森の王。何の断りもなく森を犯し始めた我々に、森の王は不興を覚えている。出来ることならば、我々は森の王に挨拶に行かなければいけない」
「そ、それはいったい?」
この言葉に驚いたのは私だけではない。バルザ殿の話しに黙って耳を傾けていたサンチーヌたち、アビュですら静かにざわついた。バルザ殿ともあろう方が、いったい何を言われるのか、そのような驚きだ。
「伝説、迷信。さあ、わかりませぬ。部下の一人が言っておったのです。森の王が怒り、我々に死を運ぶ狼を差し向けてきたと」
「ああ、そういうことですか」
「本当にそのような大木があり、話しが通じるのならば簡単ですが、実際のところ、そうはいかない。我々は地道にオオツノオオカミと戦わなければいけない」
確かに森に人格があれば、我々に怒りしか感じないことであろう。突然、こちらの都合だけで森を切り払い、田畑にしようとしてくるのである。オオツノオオカミを差し向けて、我々を懲らしめたくなるのも理解出来る。
しかし私たちはそれを跳ね返し、森を開拓していかなければいけない。それがプラーヌスの命令だから。
というのも大きな理由ではある。プラーヌスが望まなければ、私自身はこのような大変なことに手を出しはしない。
とはいえ、こうやって森を切り払い、食料のために田畑を開拓する、それが私にとって生きるということでもある。それも事実なのだ。
安定的に食料を生産するためには、やり遂げなければいけない事業なのだと思う。
しかしこれは別に嫌な感じではない。私は自分が偉い高官にでもなったようで、少し良い気分なのだ。
「これからこの会合に、スザンナを参加させたいと思います」
バルザ殿は言われた。
「彼女は昨日、我が部隊に合流したばかりですが、もっともその役に適任と判断しました」
「は、はい、受けたまわりました」
プラーヌスが街で適当に雇った、傭兵とは名ばかりのゴロツキや、この塔の住人の中の力自慢が集まっているだけ。これがバルザ殿の部隊の実態だ。
バルザ殿の指導で、皆が見間違えるように優秀な兵士になったかもしれないが、そもそも読み書きも出来ないような者ばかり。
そのような者たちと比べると、スザンナは自らの傭兵部隊を率いる責任者。学もあり、経験も豊か。すぐさま副官に抜擢されるのも当然なのかもしれない。
彼女もその役割を勤めることに不満はないようだ。むしろ誇らしげな表情で、バルザ殿の隣に立っている。彼女もすっかりバルザ殿人柄に魅了されたのかもしれない。
「スザンナは僕が街でスカウトした傭兵です。バルザ殿に評価していただき嬉しい限りです」
バルザ殿はコクリと頷いて、私の仕事を認めてくれる。それだけで私は嬉しさのあまり涙ぐみそうになる。バルザ殿はそういう御方。その眼差しだけで、全てが報われた想いがするのである。
「ところで森林開拓についてですが、基本的には順調に進んでいます。伐採した樹木の質も良く、その土地も肥沃。きっと豊かな農耕地になるでしょう。しかし一つだけ問題があります」
バルザ殿はさっそく、本題に入られた。
「問題ですか?」
「はい、狼たちに殺された部下がいます。オオツノオオカミです。どうやら我々のせいで森の秩序が狂ってしまったよう。森の境界辺りに住んでいた小動物たちは森の外に逃げ、オオツノオオカミたちがそれを追いかけるようにして、こちら側に現れた」
「オオツノオオカミが!」
オオツノオオカミほど恐ろしい生き物は存在しない。一匹一匹は小柄であるが、とても凶暴で、大集団で行動して、飢えていなくても、獲物に襲い掛かる。
奴らに追い掛けられると逃げ切ることは出来ない。噛みつかれ、肉を食われ、骨までしゃぶられる。これほどに恐ろしい生き物なのに、我々の身近に出没する猛獣。
「そ、それは大問題です。どう対処しましょう」
オオツノオオカミが出没するとなると、森林開拓の事業は少し危険な土木工事なんかではなくなって、その日、無事に生きて帰ることが出来るかわからない命懸けの仕事となってしまう。この仕事に携わる者たちの動揺は大きいだろう。
「はい、オオツノオオカミ対策にそれなりの人数を割く必要があります。具体的に言えば、作業中に見張りの数を増やし、常に武装している兵を配備するということ。そちらに人数を取られ、森の仕事の進捗が遅れてしまうということです」
当然、バルザ殿はその対処法も考えておられたよう。よどみなく、私に語ってこられる。
「そうですね」
「その事実を、塔の主にご理解して頂きたい」
森に住むオオツノオオカミを根絶やしにすることなんて不可能だろう。それは魔法使いプラーヌスにだって成し得ないこと。
こちらが出来ることは、我々の前に現れたオオツノオオカミの群れに、イチイチ対処していくだけ。それ以外に方法はない。
「森の王が嘆いている、そういうことらしいです」
バルザ殿がふと、そのような言葉を漏らされた。
「な、何ですか、それは?」
「森の奥のどこか、この森を統べる大木があるのです。その大木こそ森の王。何の断りもなく森を犯し始めた我々に、森の王は不興を覚えている。出来ることならば、我々は森の王に挨拶に行かなければいけない」
「そ、それはいったい?」
この言葉に驚いたのは私だけではない。バルザ殿の話しに黙って耳を傾けていたサンチーヌたち、アビュですら静かにざわついた。バルザ殿ともあろう方が、いったい何を言われるのか、そのような驚きだ。
「伝説、迷信。さあ、わかりませぬ。部下の一人が言っておったのです。森の王が怒り、我々に死を運ぶ狼を差し向けてきたと」
「ああ、そういうことですか」
「本当にそのような大木があり、話しが通じるのならば簡単ですが、実際のところ、そうはいかない。我々は地道にオオツノオオカミと戦わなければいけない」
確かに森に人格があれば、我々に怒りしか感じないことであろう。突然、こちらの都合だけで森を切り払い、田畑にしようとしてくるのである。オオツノオオカミを差し向けて、我々を懲らしめたくなるのも理解出来る。
しかし私たちはそれを跳ね返し、森を開拓していかなければいけない。それがプラーヌスの命令だから。
というのも大きな理由ではある。プラーヌスが望まなければ、私自身はこのような大変なことに手を出しはしない。
とはいえ、こうやって森を切り払い、食料のために田畑を開拓する、それが私にとって生きるということでもある。それも事実なのだ。
安定的に食料を生産するためには、やり遂げなければいけない事業なのだと思う。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる