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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第七章 23)その名前は深い霧に包まれ
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いつのことだったろうか、アナベルの花って知っている? とアビュは何の脈絡もなく訊いてきたことがある。私、あの花、大好きなんだ。見つけると、しばらく見惚れたりするもん。アナベル、どこかに咲いてないかなあ。
そんな話を突然思い出してしまった。どうしてそんなことを思い出してしまったのかわからない。私を白い目で見ているアビュが、アナベルの花のように見えたわけではないことは当然であるが。
「誤解なんだよな、アビュ」
突然の闖入者に、私は驚きで取り乱している。いや、驚き以上に、バツの悪さのほうが大きい。だから私はそれを打ち消すように、少し乱暴な口調になってしまう。
「つまり君は何もわかっていないくせに、決めつけようとしている」
「な、何よ、あんた。やっぱり庶民ね。礼儀がない」
アリューシアも同じだ。居丈高に腕組みをしながら言う。「話し合いの邪魔しないでよ!」
「何が話し合いよ、気持ち悪い。もう食事の時間だって、主が呼んでるわ。それを言いに来ただけ」
では、どうぞ、お話し合いを続けて下さい。アビュはすぐに部屋を出ていった。
「ちょっと待ってくれ、アビュ!」
アリューシアには、ここで待っててくれと言って、私はアビュを追いかける。
放っておけばいいじゃない、あんな子のことなんて。アリューシアは私の背中に向かって言ってくるが、そうもいかない。私はそれを振り切るように部屋を出た。誤解は解いておかなければいけない。
アビュは走ってはいないが、とてもつもない早歩きで廊下を進んでいく。とはいえ、彼女の歩調になどすぐに追いつけた。
しかし出来るだけ自分の部屋から遠ざかるために、私はしばらく声を掛けない。
「なあ、アビュ」
「ああ、気持ち悪い。おぞましい」
アビュは歩く速さを一切緩めない。そのせいで、声が荒い息遣いと共に揺れている。
「違うんだよ、アビュ。これには深い訳があってだね。端的に言えば、つまり君は誤解をしているわけさ」
「あの、私は別に焼いているとかじゃないから。誤解とかどうでもいいんで」
「はあ、しかし君にこの噂を広められたら、本当に迷惑だし。誤解は解いておかなければいけない」
「何が迷惑よ。偉そうに! 本当に見損なったわ、女の子だったら誰でもいいわけね」
ようやくアビュは立ち止まり、激しい剣幕で私に向かって吠えかけてくる。
「ほら、やっぱり君は誤解している。そういうことじゃないんだよな」
「心が軽いわ。もう人間として尊敬出来ない」
「だから君がそう思ってしまうのは、誤解しているからだ」
ああ、今日は何という日であろうか。これほど女性たちに振り回されている日はあっただろうか。しかも、どちらも年端のいかない、あまりに若い、ほとんど子供同然の少女なのであるが。
「落ち着いて僕の話しを聞いてくれ。まあ、あまり詳しい話しは出来ないけれど・・・。とにかく深い訳があって。カルファルだ。そう、全ての根源は奴だ」
私は声をひそめて、最小限の音量で言う。この言葉をアリューシアに聞かれてしまえば、さっきの演技が台無しになるから。
「ふーん、次は人のせい?」
「違うよ、ちょっとは冷静に僕の話しを聞くんだ」
まるで君は嫉妬深い恋人みたいな態度だね。私は嫌味な笑みを浮かべて、アビュをそう揶揄しようとする。
「そうじゃないわ! 私が言っているのは、フローリアさんのことよ!」
するとアビュは、大きな手振りと共にそう言ってきた。
「はあ、何だって?」
フローリア?
またその名前・・・。
「まだ知らない振りをするの? ボスはフローリアさんをあんなに大切にしていたのに。でもあのとき以来、まるで逢いに行かない。廊下ですれ違っても無視しているみたいだし」
「あのとき以来? ちょっと待ってくれ、何の話しをしているのかまるで理解出来ないぞ」
「信じられない! フローリアさんよ!」
フローリア・・・。確かにどこかで聞いたことがある名前だ。
どこで? 私はその名前に思いを巡らせる。
フローリア、フローリア。その名前を想起すると、なぜか荒れていた心が静まっていくような不思議な感じ。
しかしその名前は深い霧に包まれていて、両手で捉えようとしても、寸前にかき消える。
駄目だ。わからない。
「ボスのことなんて大嫌いだから!」
アビュは私を置いて歩き去っていった。
そんな話を突然思い出してしまった。どうしてそんなことを思い出してしまったのかわからない。私を白い目で見ているアビュが、アナベルの花のように見えたわけではないことは当然であるが。
「誤解なんだよな、アビュ」
突然の闖入者に、私は驚きで取り乱している。いや、驚き以上に、バツの悪さのほうが大きい。だから私はそれを打ち消すように、少し乱暴な口調になってしまう。
「つまり君は何もわかっていないくせに、決めつけようとしている」
「な、何よ、あんた。やっぱり庶民ね。礼儀がない」
アリューシアも同じだ。居丈高に腕組みをしながら言う。「話し合いの邪魔しないでよ!」
「何が話し合いよ、気持ち悪い。もう食事の時間だって、主が呼んでるわ。それを言いに来ただけ」
では、どうぞ、お話し合いを続けて下さい。アビュはすぐに部屋を出ていった。
「ちょっと待ってくれ、アビュ!」
アリューシアには、ここで待っててくれと言って、私はアビュを追いかける。
放っておけばいいじゃない、あんな子のことなんて。アリューシアは私の背中に向かって言ってくるが、そうもいかない。私はそれを振り切るように部屋を出た。誤解は解いておかなければいけない。
アビュは走ってはいないが、とてもつもない早歩きで廊下を進んでいく。とはいえ、彼女の歩調になどすぐに追いつけた。
しかし出来るだけ自分の部屋から遠ざかるために、私はしばらく声を掛けない。
「なあ、アビュ」
「ああ、気持ち悪い。おぞましい」
アビュは歩く速さを一切緩めない。そのせいで、声が荒い息遣いと共に揺れている。
「違うんだよ、アビュ。これには深い訳があってだね。端的に言えば、つまり君は誤解をしているわけさ」
「あの、私は別に焼いているとかじゃないから。誤解とかどうでもいいんで」
「はあ、しかし君にこの噂を広められたら、本当に迷惑だし。誤解は解いておかなければいけない」
「何が迷惑よ。偉そうに! 本当に見損なったわ、女の子だったら誰でもいいわけね」
ようやくアビュは立ち止まり、激しい剣幕で私に向かって吠えかけてくる。
「ほら、やっぱり君は誤解している。そういうことじゃないんだよな」
「心が軽いわ。もう人間として尊敬出来ない」
「だから君がそう思ってしまうのは、誤解しているからだ」
ああ、今日は何という日であろうか。これほど女性たちに振り回されている日はあっただろうか。しかも、どちらも年端のいかない、あまりに若い、ほとんど子供同然の少女なのであるが。
「落ち着いて僕の話しを聞いてくれ。まあ、あまり詳しい話しは出来ないけれど・・・。とにかく深い訳があって。カルファルだ。そう、全ての根源は奴だ」
私は声をひそめて、最小限の音量で言う。この言葉をアリューシアに聞かれてしまえば、さっきの演技が台無しになるから。
「ふーん、次は人のせい?」
「違うよ、ちょっとは冷静に僕の話しを聞くんだ」
まるで君は嫉妬深い恋人みたいな態度だね。私は嫌味な笑みを浮かべて、アビュをそう揶揄しようとする。
「そうじゃないわ! 私が言っているのは、フローリアさんのことよ!」
するとアビュは、大きな手振りと共にそう言ってきた。
「はあ、何だって?」
フローリア?
またその名前・・・。
「まだ知らない振りをするの? ボスはフローリアさんをあんなに大切にしていたのに。でもあのとき以来、まるで逢いに行かない。廊下ですれ違っても無視しているみたいだし」
「あのとき以来? ちょっと待ってくれ、何の話しをしているのかまるで理解出来ないぞ」
「信じられない! フローリアさんよ!」
フローリア・・・。確かにどこかで聞いたことがある名前だ。
どこで? 私はその名前に思いを巡らせる。
フローリア、フローリア。その名前を想起すると、なぜか荒れていた心が静まっていくような不思議な感じ。
しかしその名前は深い霧に包まれていて、両手で捉えようとしても、寸前にかき消える。
駄目だ。わからない。
「ボスのことなんて大嫌いだから!」
アビュは私を置いて歩き去っていった。
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