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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第六章 7)ギャラック家の深刻な悩み 長子ブルーノの章
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とんでもない腑抜けを傭兵として雇ってしまった。それがあの戦いの敗因。ブルーノは今、改めてそのことを認識した。
花や木々が美しいだと? まるで宮廷の婦人の戯言ではないか。こんな腰抜けと組んだことが全ての過ち。
「あんたが逃げたから我々は負けた。その逃げ振りはとても無様だったぞ」
ブルーノはスヴェンをにらみつけながら、一言一言噛み締めるように言った。
「無様だって? ああ、そうかもしれないな。本当に怖かったからな。しかしこんな言い方をして申し訳ないが、あんな戦いで自分の命を賭けるつもりはなかった。命の危機を感じれば逃げるのが当然の行動。誰にも責められる謂れはない。ブルーノ、君もあのとき、死ぬかもしれないと思ったはずだ、そうだろ?」
スヴェンが逆に質問をしてくる。
「俺が死ぬかもしれないと思ったかだって?」
認めたくない事実だが、あるいはそうだったのかもしれない。
あの戦で自分も逃げたことは確か。死の予感を覚えたのであろう。
しかし実際のところ、ブルーノは何も覚えていない。あのときの自分が感じた感情も何一つ。それは恥ずべきことに思うので、彼はその質問に答えず、ただスヴェンを見返す。
「奴が我々に感じさせた恐怖は桁外れだった。それが君の心を壊したのだ」
恐怖! この男もその言葉を口にするのか?
「恥じることはない。あの魔法使い、プラーヌスという男。今では塔の主だ。それがどういう意味かわかるか? 奴は今、生きている魔法使いたちの中で最も優れた男だということだ。あんな男が敵だった運の悪さを嘆く以外にない。今でも生きてこうしていられることを、むしろ神に感謝するべきなのだ」
「生きていることを神に感謝しろだと? 俺はあの戦い以来、人生が地獄に変わった。常に何かが俺を狙っている。常に何かが俺を脅かしかけてくる。心の平安は消え去った!」
「君の現況には同情せざるを得ない。しかし君もすぐに逃げればよかったのだ。君はおそらく、あの男の恐怖と向かい合おうとしてしまった」
「恐怖と向き合う? 当然だ、それが戦士というもの。ギャラック家の次期当主として当たり前の行動!」
「ああ、その通り、その恐怖と向き合うことが出来たのは、君が本当に勇敢な男だったからだ。臆病者ならば、すぐに目を伏せていたに違いない。幾つもの戦場を渡り歩いてきた私ですら同様。しかし勇敢過ぎる君はそれと向き合い、恐怖を心の奥深くにまで刻み付けてしまった」
恐怖を心の奥深くまで・・・。
「やはり、その男の魔法が恐怖を呼び起こした?」
「その男の存在そのものが恐怖だったのだ」
すなわちこういうことか。俺は戦場で感じたその恐怖のあまり、気が狂ってしまった! 司教も言う。スヴェンも同じ意見。どいつもこいつも、俺を腰抜け呼ばわりしやがって。
そんなこと断じて認められることではない。誰であろうと、俺を臆病者呼ばわりさせて堪るか。
しかしもはや、そんなことはどうでもいいこと。言い争っている時間も無駄。
今はもう、復讐あるのみなのだ。どうやらその機会が巡ってきた気配。
「王が死んだらしい」
ブルーノは言った。
「ヘンリー王が? 王権の不安定さは戦いしか生まない、不幸しか生まないだろう」
「その通り、我々ギャラック家はボーアホーブに復讐するつもりだ」
スヴェンが何か言いかけたので、ブルーノはすぐに彼を制した。「あんたを戦場に駆り出す気はない。既に傭兵軍団と契約を結んでいる」
「当たり前だな。一度敗れた私に頼るはずがない」
スヴェンは自らの勘違いを苦笑いで誤魔化す。「塔の主になった魔法使いを、一諸侯が雇うことは出来ないだろう。裕福なボーアホーブ家でも、そんなことは無理だ。あの魔法使いがその戦場に現れることはないはず。しかしボーアホーブなのだから、それなりの援軍を呼ぶに違いない」
「次の戦いはボーアホーブ一族殲滅が主眼」
前の戦いは金山を占領することが目的だった。その目的に時間を割いてしまい、ボーアホーブに軍を立て直す時間を与えてしまった。「脇目も振らず街道を疾走し、居城を突いて当主とその家族を殺す。それだけに力を注ぐ」
「なるほど、素晴らしい作戦だろう」
「反撃の機会は一切与えない」
「しかしその作戦はあまりに残酷。ただ怨恨を晴らすためだけの戦い。他の諸侯がギャラックを許すことはないだろう。次の王も黙ってはいない」
「あんたに言われるまでもない。我々は他の諸侯との戦いも辞さないつもりだ。次の王が文句を言って来れば、その王とも戦う」
「それだけの覚悟があるのか」
スヴェンも感心したようにブルーノを見てくる。
「さっきも言った通り、俺の人生は地獄に変わった。毎日が戦場にいるも同然」
「先の戦いで、ボーアホーブはやり過ぎたようだな。仮借ない反撃で無駄な恨みを買ったわけか」
スヴェンは皺だらけの顔に、感傷的な表情を浮かべながら言う。
その通りだ。奴らはやり過ぎた。
しかしブルーノはその返事を返すことが出来なくなる。
(ヤバい。あの時間がやってきた・・・)
ブルーノは錯乱の予感を感じる。黒く重い雲が怒涛の勢いで押し寄せてきた。
彼は挨拶の言葉もなく席を立ち、逃げるようにしてスヴェンの屋敷を出る。そこで記憶が途切れた。次に目覚めたのは馬車の荷馬車の上、彼は鎖にグルグル巻きにされていた。
また誰かを殺してしまったかもしれない。しかし俺は無傷のようだ。生きている。
こんなところで死ねるものか。もう少しで報復の機会が訪れるのに。
花や木々が美しいだと? まるで宮廷の婦人の戯言ではないか。こんな腰抜けと組んだことが全ての過ち。
「あんたが逃げたから我々は負けた。その逃げ振りはとても無様だったぞ」
ブルーノはスヴェンをにらみつけながら、一言一言噛み締めるように言った。
「無様だって? ああ、そうかもしれないな。本当に怖かったからな。しかしこんな言い方をして申し訳ないが、あんな戦いで自分の命を賭けるつもりはなかった。命の危機を感じれば逃げるのが当然の行動。誰にも責められる謂れはない。ブルーノ、君もあのとき、死ぬかもしれないと思ったはずだ、そうだろ?」
スヴェンが逆に質問をしてくる。
「俺が死ぬかもしれないと思ったかだって?」
認めたくない事実だが、あるいはそうだったのかもしれない。
あの戦で自分も逃げたことは確か。死の予感を覚えたのであろう。
しかし実際のところ、ブルーノは何も覚えていない。あのときの自分が感じた感情も何一つ。それは恥ずべきことに思うので、彼はその質問に答えず、ただスヴェンを見返す。
「奴が我々に感じさせた恐怖は桁外れだった。それが君の心を壊したのだ」
恐怖! この男もその言葉を口にするのか?
「恥じることはない。あの魔法使い、プラーヌスという男。今では塔の主だ。それがどういう意味かわかるか? 奴は今、生きている魔法使いたちの中で最も優れた男だということだ。あんな男が敵だった運の悪さを嘆く以外にない。今でも生きてこうしていられることを、むしろ神に感謝するべきなのだ」
「生きていることを神に感謝しろだと? 俺はあの戦い以来、人生が地獄に変わった。常に何かが俺を狙っている。常に何かが俺を脅かしかけてくる。心の平安は消え去った!」
「君の現況には同情せざるを得ない。しかし君もすぐに逃げればよかったのだ。君はおそらく、あの男の恐怖と向かい合おうとしてしまった」
「恐怖と向き合う? 当然だ、それが戦士というもの。ギャラック家の次期当主として当たり前の行動!」
「ああ、その通り、その恐怖と向き合うことが出来たのは、君が本当に勇敢な男だったからだ。臆病者ならば、すぐに目を伏せていたに違いない。幾つもの戦場を渡り歩いてきた私ですら同様。しかし勇敢過ぎる君はそれと向き合い、恐怖を心の奥深くにまで刻み付けてしまった」
恐怖を心の奥深くまで・・・。
「やはり、その男の魔法が恐怖を呼び起こした?」
「その男の存在そのものが恐怖だったのだ」
すなわちこういうことか。俺は戦場で感じたその恐怖のあまり、気が狂ってしまった! 司教も言う。スヴェンも同じ意見。どいつもこいつも、俺を腰抜け呼ばわりしやがって。
そんなこと断じて認められることではない。誰であろうと、俺を臆病者呼ばわりさせて堪るか。
しかしもはや、そんなことはどうでもいいこと。言い争っている時間も無駄。
今はもう、復讐あるのみなのだ。どうやらその機会が巡ってきた気配。
「王が死んだらしい」
ブルーノは言った。
「ヘンリー王が? 王権の不安定さは戦いしか生まない、不幸しか生まないだろう」
「その通り、我々ギャラック家はボーアホーブに復讐するつもりだ」
スヴェンが何か言いかけたので、ブルーノはすぐに彼を制した。「あんたを戦場に駆り出す気はない。既に傭兵軍団と契約を結んでいる」
「当たり前だな。一度敗れた私に頼るはずがない」
スヴェンは自らの勘違いを苦笑いで誤魔化す。「塔の主になった魔法使いを、一諸侯が雇うことは出来ないだろう。裕福なボーアホーブ家でも、そんなことは無理だ。あの魔法使いがその戦場に現れることはないはず。しかしボーアホーブなのだから、それなりの援軍を呼ぶに違いない」
「次の戦いはボーアホーブ一族殲滅が主眼」
前の戦いは金山を占領することが目的だった。その目的に時間を割いてしまい、ボーアホーブに軍を立て直す時間を与えてしまった。「脇目も振らず街道を疾走し、居城を突いて当主とその家族を殺す。それだけに力を注ぐ」
「なるほど、素晴らしい作戦だろう」
「反撃の機会は一切与えない」
「しかしその作戦はあまりに残酷。ただ怨恨を晴らすためだけの戦い。他の諸侯がギャラックを許すことはないだろう。次の王も黙ってはいない」
「あんたに言われるまでもない。我々は他の諸侯との戦いも辞さないつもりだ。次の王が文句を言って来れば、その王とも戦う」
「それだけの覚悟があるのか」
スヴェンも感心したようにブルーノを見てくる。
「さっきも言った通り、俺の人生は地獄に変わった。毎日が戦場にいるも同然」
「先の戦いで、ボーアホーブはやり過ぎたようだな。仮借ない反撃で無駄な恨みを買ったわけか」
スヴェンは皺だらけの顔に、感傷的な表情を浮かべながら言う。
その通りだ。奴らはやり過ぎた。
しかしブルーノはその返事を返すことが出来なくなる。
(ヤバい。あの時間がやってきた・・・)
ブルーノは錯乱の予感を感じる。黒く重い雲が怒涛の勢いで押し寄せてきた。
彼は挨拶の言葉もなく席を立ち、逃げるようにしてスヴェンの屋敷を出る。そこで記憶が途切れた。次に目覚めたのは馬車の荷馬車の上、彼は鎖にグルグル巻きにされていた。
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