私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

文字の大きさ
上 下
101 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第五章 26)ダイヤモンドの数

しおりを挟む
 その魔法を使えば、どんなに遠く離れたところでも一瞬で移動することが出来る。
 薄暗い塔から、陽光が青い海にキラキラ反射している常夏の南国にも、あるいは真昼でもほとんど太陽が昇らない極寒の最果ての村にも、私たちの知らない言語を操る行商人たちが、珍しい形の銀食器など商っている砂漠の国でもどこでも。
 魔法使いたちは無限に自由な存在。彼らには馬車も船も必要がない。

 いや、それは事実なのであるが、しかしその移動の魔法も、現実の世界の距離感が反映しているようである。
 すなわち、遠いところに行くには、それだけたくさんの宝石を消費してしまうということ。
 遥か遠く離れた南の国に行こうとすれば、両手で挟まらないほどのダイヤモンドが必要なのである。そんな無駄な奢侈はない。

 というわけで私たちは、最も近くて、それなりに大きな街に行くことにする。
 この塔から最も近い大きな街、傭兵たちが屯している酒場が数件あるのは、やはりエリュエールの街である。
 その街ならば、少し前にプラーヌスと訪れたことがある。知らない街に行くよりもずっと気が楽だ。

 「で、では、出発します」

 シュショテが緊張した面持ちで言ってくる。
 私とアリューシア、そしてシュショテは既に魔法陣の前にスタンバイしている。

 「いいよ、準備は万端だ」

 私もシュショテと同じくらい緊張した表情で答える。

 「知ってる、シャグラン? この魔法が失敗した場合のこと、私たちの身にいったいどんな悲劇が起きるのか」

 アリューシアが言ってきた。
 彼女はいつもの華美なドレスではなくて、動きやすい服装に着替えている。
 だからといって街の普通の女性たちの群れの中に埋もれたりはしそうにない。どこか人目を惹く、華やかな感じは漲っている。

 「知っているよ。身体が半分に切れたりするんだろ? 実際にこの目で見たことあるさ」

 そうなのである。シュショテと私がこれほど緊張している理由はこれだ。この魔法が失敗したときに起こる最悪の事態。

 「見たことがあるの?」

 「プラーヌスが宝石をケチって失敗したのさ。それで馬が一匹ね」

 あれは悲惨な光景だった。馬の身体が半分に切れて、そこから骨やら贓物やらがドロリと・・・。

 「プラーヌス様でもそんなことがあるんだ」

 「ああ、宝石の量をケチったらしい」

 「ダイヤモンド一つとエメラルド二つを使って飛ぶつもりですが、い、いいですよね?」

 私とアリューシアの話しを横で聞いていて、更に不安そうな表情になったシュショテが尋ねてきた。

 「え? ちょっと少な過ぎない? それはもしかして?」

 「はい、プラーヌス様から教えていただきました。エリュエールの街だったら、それくらいでギリギリ大丈夫だろうって」

 「ちょ、ちょっと待ってよ、ギリギリ大丈夫ってどういうことよ。失敗したら、この中の誰かが死ぬのよ。それなのにギリギリ大丈夫とかやめてよ」

 「そ、そうですよね。もう少し余裕を持ったほうがいいですよね」

 「プラーヌスからそのアドバイスを聞いたのはいつかな?」

 「昨夜です」

 「ということは、その時点では僕とシュショテだけが行く予定だったはず。そのプラーヌスの見積もりは、二人で行く場合の宝石量では?」

 「え! は、はい、そういうことになりますね・・・」

 シュショテが目をパチパチさせながら言ってきた。

 「ちょっと! 私の分は計算に入れなかったの!」

 「そう、かもしれません・・・」

 「シャグラン! こんな馬鹿に命なんて預けられないわ!」

 アリューシアが魔法陣の外に出る。「私はまだ死にたくないもの!」

 私も同じ意見だ。シュショテという少年、魔法の力は卓越しているのかもしれないが、どこか恍けたところがある。
 浮世離れしているというか、世知に長けていないというか。
 まあ、彼はまだ子供。ただ単に年齢相応ということなのかもしれないが、私たちはこの幼い少年に命を預けなければいけないということ。

 プラーヌスが起きてくるのを待とうか。改めて彼と話し合うのだ。
 それともカルファルに頼るべきだろうか。彼だって魔法使いの端くれ。
 いや、それは失礼な言い方。むしろ経験豊かな魔法使いだ。カルファルならば、この程度の魔法は簡単に操ることが出来るはず。

 しかし私は首を振る。プラーヌスを待っていると日が暮れてしまう。カルファルを連れて旅に行くのは嫌だ。
 私は覚悟を決めた。この少年に命を預けようと。
 失敗すれば最悪なことが起きることは事実であるが、失敗するリスクが高い魔法でもないはず。

 「なあ、シュショテ! 別にこの魔法を初めて使うわけじゃないよな?」

 「は、はい。何度か飛んでいます」

 その言葉を受けて、私は言った。

 「アリューシア、君は留守番しておくんだ。僕たちだけで行く」

 「はあ? あなたは行くの? この馬鹿を信用するの?」

 「信用する。宝石の量さえ間違えなければ上手くいくはずだ。なあ、シュショテ?」

 「は、はい」

 シュショテは相変わらず自信なさげである。しかし彼が頷いたことは事実。
 謙虚な彼が頷いたのだから、それは絶対に大丈夫だという意味に違いない。

 「だったら私も行く。この馬鹿は信用出来ないけど・・・」

 アリューシアがまた魔法陣の中に入ってくる。

 「ダイヤモンドをもう一つ増やしなさいよ。何なら、私のダイヤモンドを貸してあげる」

 「大丈夫、宝石は余裕をもって用意している。帰りは三十人ほどの傭兵たちも連れて帰る予定だから」

 「わ、わかりました、ダイヤモンドを増やします」

 「よし、それで行こう、アリューシア、もしこの中の誰かが怪我したり、死んだりしても、シュショテを責めるのはなしだ」

 「わかった、だったら先に」

 アリューシアがシュショテの頬を思い切り叩いた。
 それは控えめな音であったが、シュショテの頬の最も敏感なところにでも直撃したのか、彼は本当に痛そうによめいた。

 「もし失敗しても、これで許してあげる」

 アリューシアが悪びれた様子もなく言い放つ。奇妙な理屈であるが、シュショテも私も何となく納得してしまう。

 「は、・・・では、出発します」

 シュショテが手に持った宝石を掲げながら魔法の言葉を唱える。
 さっきのビンタでシュショテの緊張感は良い方向に研ぎ澄ましたのかもしれない。
 彼はきりっとした表情で言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

悪妻と噂の彼女は、前世を思い出したら吹っ切れた

下菊みこと
恋愛
自分のために生きると決めたら早かった。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...