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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第五章 23)反抗の気配
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根元のほうから幹が折れて、ある方向に倒れ始めた大木は、隣の樹木に助けを求めるかのように枝を伸ばすが、見送られ、見限られ、まるで悲鳴のように擦れる葉の音をざわめかせ、地響きを立てながら、大地にひれ伏す。
木が倒れるたびに、私は「おお」などと驚くだけで、別に手伝うわけでもなく、ただその作業を遠巻きに見るだけである。
更に私の背後のほうで、ゲオルゲ族の召使いたちも、その作業を不安そうな眼差しで傍観している。
おいおい、君たちがその仕事をするんだぞと私は思ったりもするが、私には彼らを叱る資格はないだろう。
自分の身体よりもずっと重くて太い木が、空から降り落ちてくるようなのである。まるで戦場にいる気分だ。恐怖で足がすくんでしまう。
ほとんどの作業は傭兵たちがやっていた。
バルザ殿の部下で、実際に戦場にも立っている勇者たちだ。ゲオルゲ族の召使いたちより、一回り以上身体が大きい力自慢の男たち。
しかしその人数は十数人というところで、彼らの力だけでは作業は遅々として進まない。やはり召使いたちの協力が必要だ。
少し勇気のある召使いたちは、切り株を掘ったりして、その作業を手伝ってはいるが、今のところ斧を持っている者は皆無である。かなり絶望的な状況と言っていいだろう。
まあしかし、まだ仕事は始まったばかりである。彼らもこの状況に馴れれば、積極的に働いてくれるかもしれない。
何と言っても、我々の前にはあのバルザ殿が立っているのである。バルザ殿ならばきっと、この気弱な召使たちを奮い立たせる術を知っているはず。
そんなことよりもずっと大きな問題があった。
そもそもこの現場に出てきているゲオルゲ族の数があまりに少ないという問題。
少な過ぎるのだ。半数、もしくは三分の一くらいではないだろうか。
プラーヌスは召使いたち全員にこの仕事を命じたはずである。それなのに、どうやら多くの者がプラーヌスの命令を拒否しているよう。
だからといって召使いたちが、塔の中でいつもの仕事に従事しているわけでもなかった。
今朝の塔は妙に静かだった。普段ならば掃除夫たちが塔の至るところをウロウロしているはずなのに、その姿も見えなかった。
彼らはこの森にも姿を見せず、いつもの仕事場にも顔を出していない。自分たちの住居スペース、北の塔に引き籠っているのだろう。
いずれにしろ、これは新たな火種になりそうだ。プラーヌスがこの命令拒否を許すはずがないのだから。
そして一方のゲオルゲ族たちからも、確か意志を感じられるのだ。このような突然の勝手な命令に服して堪るものか、そんな反抗の意志が。
無口で、精気の欠片のない、怠惰で気弱なゲオルゲ族たちからの明確な反抗の意志。それは少しばかり不気味で、大木の倒れる音以上に私を脅かしてもいる。
もしかしたら何か取り返しのつかないような事件が起きてしまうのではないか、そのような不安を感じさせる。
「彼らと話し合う必要があるでしょうね」
私と共に、その作業を見守っていたサンチーヌが言った。
「そうですね。プラーヌスがこの事実を知る前に、彼らを説得しなければいけない。さもないと・・・」
ああ、本当に恐ろしいことが起きるだろう。
こればかりはバルザ殿を頼ることは出来ない。現場の指揮を執るのはバルザ殿の仕事だが、ゲオルゲ族の召使いたちをこの現場に連れてくることは私の仕事なのだ。
出来ることならば今すぐ、彼らをどうすればこの現場に引きずり出すことが出来るのかアイデアを練るべきだろう。
しかし今日は重要な仕事がある。これから私は街に行かなければいけないのだ。
そしてそこで傭兵たちを雇わなければいけない。かなりのハードな仕事である。
しかも、シュショテという少年と二人で。私は朝からかなりナーバスな精神状態だ。
もちろん兵の補充は必至。いつ蛮族が襲来してくるのかわからないのであるから、一刻も早いほうがいい。
まあ、このままならば、雇ったばかりの傭兵たちの仕事は森の木を伐採することになりそうであるが。
「おい、シャグラン!」
私がそのようなことを考えていると、後ろから聞き慣れた声がした。
後ろを振り向く間もなく、カルファルが私の隣に来て、肩をぴったりと寄せてくる。
「塔の中がやけに静かだと思ったら、何をしてるんだ、俺に内緒で、え?」
爽やかな葉の風が舞う森のの中に、異質な生き物が闖入してきたかのように、カルファルは麗しい香水の香りを漂わせている。
木が倒れるたびに、私は「おお」などと驚くだけで、別に手伝うわけでもなく、ただその作業を遠巻きに見るだけである。
更に私の背後のほうで、ゲオルゲ族の召使いたちも、その作業を不安そうな眼差しで傍観している。
おいおい、君たちがその仕事をするんだぞと私は思ったりもするが、私には彼らを叱る資格はないだろう。
自分の身体よりもずっと重くて太い木が、空から降り落ちてくるようなのである。まるで戦場にいる気分だ。恐怖で足がすくんでしまう。
ほとんどの作業は傭兵たちがやっていた。
バルザ殿の部下で、実際に戦場にも立っている勇者たちだ。ゲオルゲ族の召使いたちより、一回り以上身体が大きい力自慢の男たち。
しかしその人数は十数人というところで、彼らの力だけでは作業は遅々として進まない。やはり召使いたちの協力が必要だ。
少し勇気のある召使いたちは、切り株を掘ったりして、その作業を手伝ってはいるが、今のところ斧を持っている者は皆無である。かなり絶望的な状況と言っていいだろう。
まあしかし、まだ仕事は始まったばかりである。彼らもこの状況に馴れれば、積極的に働いてくれるかもしれない。
何と言っても、我々の前にはあのバルザ殿が立っているのである。バルザ殿ならばきっと、この気弱な召使たちを奮い立たせる術を知っているはず。
そんなことよりもずっと大きな問題があった。
そもそもこの現場に出てきているゲオルゲ族の数があまりに少ないという問題。
少な過ぎるのだ。半数、もしくは三分の一くらいではないだろうか。
プラーヌスは召使いたち全員にこの仕事を命じたはずである。それなのに、どうやら多くの者がプラーヌスの命令を拒否しているよう。
だからといって召使いたちが、塔の中でいつもの仕事に従事しているわけでもなかった。
今朝の塔は妙に静かだった。普段ならば掃除夫たちが塔の至るところをウロウロしているはずなのに、その姿も見えなかった。
彼らはこの森にも姿を見せず、いつもの仕事場にも顔を出していない。自分たちの住居スペース、北の塔に引き籠っているのだろう。
いずれにしろ、これは新たな火種になりそうだ。プラーヌスがこの命令拒否を許すはずがないのだから。
そして一方のゲオルゲ族たちからも、確か意志を感じられるのだ。このような突然の勝手な命令に服して堪るものか、そんな反抗の意志が。
無口で、精気の欠片のない、怠惰で気弱なゲオルゲ族たちからの明確な反抗の意志。それは少しばかり不気味で、大木の倒れる音以上に私を脅かしてもいる。
もしかしたら何か取り返しのつかないような事件が起きてしまうのではないか、そのような不安を感じさせる。
「彼らと話し合う必要があるでしょうね」
私と共に、その作業を見守っていたサンチーヌが言った。
「そうですね。プラーヌスがこの事実を知る前に、彼らを説得しなければいけない。さもないと・・・」
ああ、本当に恐ろしいことが起きるだろう。
こればかりはバルザ殿を頼ることは出来ない。現場の指揮を執るのはバルザ殿の仕事だが、ゲオルゲ族の召使いたちをこの現場に連れてくることは私の仕事なのだ。
出来ることならば今すぐ、彼らをどうすればこの現場に引きずり出すことが出来るのかアイデアを練るべきだろう。
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