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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第五章 11)泣いているアリューシアと同じ部屋に
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カルファルの言ったとおり、アリューシアが泣いていた。
訓練室のテーブルに突っ伏しているので、頬をつたう涙が見えるわけではないが、背中が悲しみに揺れている。赤子のように泣き喚く感じではなくて、静かな雨音のようにしくしくと泣いていた。
何でも見せびらかすのが好きなアリューシアが、押し隠すよう静かに泣いているところに、この悲しみの深刻さを感じてしまう。
しかしいったい、何を悲しんでいるというのだろうか?
自分のせいだとカルファルが言っていた。彼が何かやらかしたのか?
暴れている馬を遠巻きにしながら、そっと縄を首に掛けるような慎重さで、「やあ、はい?」と私は声を掛ける。
反応なし。
「大丈夫かい、何か飲み物でも持ってこようか?」
それは私の優しさではなくて、むしろこの場から離れるための口実だった。飲み物を持ってくるついでに、侍女のリーズを連れてこよう。泣いているアリューシアと同じ部屋にいることほど気詰まりなことはないから。
それに彼女にばかり構ってはいられない。本当に一刻も早く、謁見の間に行かなければいけない時刻。
「もう、やだ!」
しかしアリューシアが顔を上げた。
彼女の濡れた瞳と視線が合う。彼女はテーブルから顔を上げただけではない。椅子から立ち上がり、私に突進するように近づいてきた。
その突進に恐れおののいた私は、飛ぶように後ずさりする。
「な、何よ! 慰めてくれるんじゃないの!」
アリューシアが立ち止まり、私を責めるように小突いてくる。
「す、すまない。そういうのに不馴れなんだ」
多分、彼女は私の胸の中で泣きたかったのだろう。それは何となくわかったが、そんな気障なことが出来る性格ではない。
まあ、もちろん、アリューシアなんて幼い子供だ。別に女性として見てはいない。子供をあやすように慰めてやればいいのである。
しかしカルファルの言葉が引っ掛かっていたのかもしれない。彼はアリューシアをモノにするとかどうとか。お前も狙っているんだろとか何とか。
そんな言葉を聞くと、私も意識せざるを得ないではないか。
「もう無理なの!」
アリューシアが私を必死に見上げながら、悲しみのようなものを訴えかけてきた。
そのアリューシアの表情は、驚くほどに幼いものだった。そこに女性的な気配は欠片も見当たらない。本当に子供そのもの。
私は彼女を突き放しかけたことを後悔した。
「どうして、プラーヌス様はこんな意地悪するのよ!」
彼女は言う。
「・・・ああ、そうだね」
「あんたからも言ってよ! 友人なんでしょ?」
「ああ」
「全部、諦めようかな・・・」
アリューシアは私を横目で伺いながらつぶやいた。
「う、うん」
何か気の利いた言葉を掛けようと思ったが、特に気の利いた言葉が思いつかないでいると、アリューシアがグッと私をにらみながら言ってきた。
「何よ! この塔からさっさと出て行けって、あんたも思ってるんでしょ?」
「そ、そんなことは思っていない。僕は君のことを応援しているよ。優秀な魔法使いになって、プラーヌスの弟子になるのが君の望みなら、それが叶えばいいと思っている」
「じゃあ、プラーヌス様に言ってよ、もう少し課題を優しくしてって」
「それなら君は優秀な魔法使いになれないじゃないか」
「なれるわ。プラーヌス様の弟子になったら、それから本当に頑張るから!」
「頑張ったとしても、優秀な魔法使いになれるとは限らない。魔法というのは、そういうものだろ?」
「才能はあるはずよ!」
「だったらまず、それを証明する必要がある」
アリューシアを慰めるつもりだったのに、なぜだか私はプラーヌスの言い分を代弁している。
どうして、プラーヌスがアリューシアを撥ねつけているのか、私がそれについて説明している。
「才能はあるはずだと言ってきた魔法使いの見習いを全員弟子にしていたら、この塔はプラーヌスの弟子だらけになってしまう。実力で選別するのは仕方ない」
「わ、わかってるわよ、プラーヌス様に憧れる人は多そうだから。私は競争に打ち勝たないといけない・・・」
まあ、実際のところ、彼の弟子になりたいなんて物好きはそんなに多くはないが。アリューシアだけが、このような魔法使いたちで溢れていると思い込んでいる。
「あーあ、結局、この課題をクリアーする以外に方法はないわけか」
アリューシアは天井を仰ぎながら言う。
訓練室のテーブルに突っ伏しているので、頬をつたう涙が見えるわけではないが、背中が悲しみに揺れている。赤子のように泣き喚く感じではなくて、静かな雨音のようにしくしくと泣いていた。
何でも見せびらかすのが好きなアリューシアが、押し隠すよう静かに泣いているところに、この悲しみの深刻さを感じてしまう。
しかしいったい、何を悲しんでいるというのだろうか?
自分のせいだとカルファルが言っていた。彼が何かやらかしたのか?
暴れている馬を遠巻きにしながら、そっと縄を首に掛けるような慎重さで、「やあ、はい?」と私は声を掛ける。
反応なし。
「大丈夫かい、何か飲み物でも持ってこようか?」
それは私の優しさではなくて、むしろこの場から離れるための口実だった。飲み物を持ってくるついでに、侍女のリーズを連れてこよう。泣いているアリューシアと同じ部屋にいることほど気詰まりなことはないから。
それに彼女にばかり構ってはいられない。本当に一刻も早く、謁見の間に行かなければいけない時刻。
「もう、やだ!」
しかしアリューシアが顔を上げた。
彼女の濡れた瞳と視線が合う。彼女はテーブルから顔を上げただけではない。椅子から立ち上がり、私に突進するように近づいてきた。
その突進に恐れおののいた私は、飛ぶように後ずさりする。
「な、何よ! 慰めてくれるんじゃないの!」
アリューシアが立ち止まり、私を責めるように小突いてくる。
「す、すまない。そういうのに不馴れなんだ」
多分、彼女は私の胸の中で泣きたかったのだろう。それは何となくわかったが、そんな気障なことが出来る性格ではない。
まあ、もちろん、アリューシアなんて幼い子供だ。別に女性として見てはいない。子供をあやすように慰めてやればいいのである。
しかしカルファルの言葉が引っ掛かっていたのかもしれない。彼はアリューシアをモノにするとかどうとか。お前も狙っているんだろとか何とか。
そんな言葉を聞くと、私も意識せざるを得ないではないか。
「もう無理なの!」
アリューシアが私を必死に見上げながら、悲しみのようなものを訴えかけてきた。
そのアリューシアの表情は、驚くほどに幼いものだった。そこに女性的な気配は欠片も見当たらない。本当に子供そのもの。
私は彼女を突き放しかけたことを後悔した。
「どうして、プラーヌス様はこんな意地悪するのよ!」
彼女は言う。
「・・・ああ、そうだね」
「あんたからも言ってよ! 友人なんでしょ?」
「ああ」
「全部、諦めようかな・・・」
アリューシアは私を横目で伺いながらつぶやいた。
「う、うん」
何か気の利いた言葉を掛けようと思ったが、特に気の利いた言葉が思いつかないでいると、アリューシアがグッと私をにらみながら言ってきた。
「何よ! この塔からさっさと出て行けって、あんたも思ってるんでしょ?」
「そ、そんなことは思っていない。僕は君のことを応援しているよ。優秀な魔法使いになって、プラーヌスの弟子になるのが君の望みなら、それが叶えばいいと思っている」
「じゃあ、プラーヌス様に言ってよ、もう少し課題を優しくしてって」
「それなら君は優秀な魔法使いになれないじゃないか」
「なれるわ。プラーヌス様の弟子になったら、それから本当に頑張るから!」
「頑張ったとしても、優秀な魔法使いになれるとは限らない。魔法というのは、そういうものだろ?」
「才能はあるはずよ!」
「だったらまず、それを証明する必要がある」
アリューシアを慰めるつもりだったのに、なぜだか私はプラーヌスの言い分を代弁している。
どうして、プラーヌスがアリューシアを撥ねつけているのか、私がそれについて説明している。
「才能はあるはずだと言ってきた魔法使いの見習いを全員弟子にしていたら、この塔はプラーヌスの弟子だらけになってしまう。実力で選別するのは仕方ない」
「わ、わかってるわよ、プラーヌス様に憧れる人は多そうだから。私は競争に打ち勝たないといけない・・・」
まあ、実際のところ、彼の弟子になりたいなんて物好きはそんなに多くはないが。アリューシアだけが、このような魔法使いたちで溢れていると思い込んでいる。
「あーあ、結局、この課題をクリアーする以外に方法はないわけか」
アリューシアは天井を仰ぎながら言う。
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