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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
エピローグ 2)なぜだか私に優しい人
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その女性を知っている。
一目見て、私はそう思った。
いや、まだ若い。少女と言ったほうがいい年齢。言葉も通じるようだ。肌の色も私たちと同じ。
私はこの目の前の少女を知っているのだ。
その眼差し、唇の微笑み、頬の膨らみ、全てが優しさの形をして、こちらに穏やかに向けられている感じ。
過去にも何度かこうやって、この少女に見つめられたことがある。見つめたことがある。そのときの感情も、私は一緒に思い出している。
しかし悲しい。
それなのに肝心なことが思い出せない。どこで彼女と逢ったのか、いつ、彼女と逢ったのか、彼女が誰なのか。
彼女の姿を記憶に照らし合わせ、必死に探っても、何も返ってこない。彼女の姿と記憶が結びつかない。
その女性は突然、扉が開いたことに驚いたようであったが、すぐにその驚きから立ち直り、にこやかな表情で私を迎えてくれた。
「おはようございます。それとも、まだ起きていらっしゃったのですか?」
彼女の声が、その唇から発せられる。この声だって、聞いたことがあるはずなのだ。
「い、いや、そう・・・、起きていたんだけど」
「では、こんな時間に朝食を持ってこないほうでいいですよね。最近、残されている量も多いようですし。どうやら生活のサイクルもお変わりになって。直接聞くことが出来て良かったです」
「あ、ああ、うん。いつも君がこの食事を?」
「はい、お昼前のほうがよろしいでしょうか?」
「そ、そうかもしれない、でも」
「それでは、その時間に新しいのをお持ちします」
私の前を淡々と会話が流れていってしまう。彼女は私の返事を聞くと、何度か頷き、深く頭を下げ、身体を翻してしまった。
いや、一瞬、何か躊躇したようだった。
彼女は何かを待つような仕草を見せた気がした。期待を込めて、問い掛けるような眼差しを私に送った、そんな気がした。
一方、私は去っていく彼女の姿を見つめている。
このまま別れたら、彼女はまた記憶の外に消えてしまう。そんな感じがする。しかし何て言葉を掛けたらいいのかわからない。
待ってくれ、君が誰なのか教えてくれ! 本当を言えば、私はそう叫びたかったのだろう。
しかしそんなことが出来るわけがない。そんなの狂人のたわ言ではないか。
なぜだか涙が流れ出て仕方なかった。その事実が悔しくて、悲しくて、虚しくて、私は泣いているのかもしれない。
そういう意味において、彼女が私の前を立ち去ってくれてよかっただろう。この涙を見られずに済んだから。
しかしそれは起きた。
私がまだ部屋の中に戻っていないことに気づいたのか、彼女が怪訝そうに振り向いたのだ。隠れるように部屋に戻ろうと思ったが、私は彼女を見つめ返してしまった。
彼女も泣いていたようだ。お互い、その涙を見落とすほど、まだ離れていなかった。
私の涙と彼女の涙が、混ざり合った気がする。
「フローリア・・・」
私はその名前をつぶやいていた。
「はい、シャグラン様」
彼女は何かホッとしたような表情で頷いた気がした。
その瞬間に、私は全てを思い出た。
そう、本当に全て。
フローリア。彼女がフローリアなのだ。
ずっと逢いたかった人。なぜだか私に優しい人。
彼女は塔の地下に囚われていた女性だった。前の塔の主の人体実験の犠牲になるところだったのだ。
そんな彼女をプラーヌスと私は助け出した。彼女はどこにも行く当てがないと言うので、この塔でそのまま働いてもらっていた。
お、思い出した。鮮やかに、完全に、はっきりと。
しかし、どうしてこれまで彼女のことを忘れてしまったのだろうか。こんなこと、ありえないことだ。
彼女が熱を出したこともあった。倒れた彼女を抱き上げ、医務室に運んだことも。そのに感じた彼女の身体の温かさも思い出した。後日、彼女に感謝されたときの優しい言葉も。
私は彼女を、女神だと勘違いしたこともあった。今から思うと本当に恥ずかしい勘違いであるが、彼女はそれくらい特別だった。
しかしその大切な記憶が、どうして消えてしまったんだ・・・。
いいや、ありえなくない。だってここは魔法使いの塔。
プラーヌス、彼の仕業! プラーヌスは何だって出来る。
「だって君、愚かな恋に夢中になられると困るからね。仕事に忠実に励んでもらわないといけない」
彼からそのような言葉を投げかけられたことがあった気がする。
私たちは二人とも泣いたまま見つめ合ったが、同じタイミングで別離した。
一目見て、私はそう思った。
いや、まだ若い。少女と言ったほうがいい年齢。言葉も通じるようだ。肌の色も私たちと同じ。
私はこの目の前の少女を知っているのだ。
その眼差し、唇の微笑み、頬の膨らみ、全てが優しさの形をして、こちらに穏やかに向けられている感じ。
過去にも何度かこうやって、この少女に見つめられたことがある。見つめたことがある。そのときの感情も、私は一緒に思い出している。
しかし悲しい。
それなのに肝心なことが思い出せない。どこで彼女と逢ったのか、いつ、彼女と逢ったのか、彼女が誰なのか。
彼女の姿を記憶に照らし合わせ、必死に探っても、何も返ってこない。彼女の姿と記憶が結びつかない。
その女性は突然、扉が開いたことに驚いたようであったが、すぐにその驚きから立ち直り、にこやかな表情で私を迎えてくれた。
「おはようございます。それとも、まだ起きていらっしゃったのですか?」
彼女の声が、その唇から発せられる。この声だって、聞いたことがあるはずなのだ。
「い、いや、そう・・・、起きていたんだけど」
「では、こんな時間に朝食を持ってこないほうでいいですよね。最近、残されている量も多いようですし。どうやら生活のサイクルもお変わりになって。直接聞くことが出来て良かったです」
「あ、ああ、うん。いつも君がこの食事を?」
「はい、お昼前のほうがよろしいでしょうか?」
「そ、そうかもしれない、でも」
「それでは、その時間に新しいのをお持ちします」
私の前を淡々と会話が流れていってしまう。彼女は私の返事を聞くと、何度か頷き、深く頭を下げ、身体を翻してしまった。
いや、一瞬、何か躊躇したようだった。
彼女は何かを待つような仕草を見せた気がした。期待を込めて、問い掛けるような眼差しを私に送った、そんな気がした。
一方、私は去っていく彼女の姿を見つめている。
このまま別れたら、彼女はまた記憶の外に消えてしまう。そんな感じがする。しかし何て言葉を掛けたらいいのかわからない。
待ってくれ、君が誰なのか教えてくれ! 本当を言えば、私はそう叫びたかったのだろう。
しかしそんなことが出来るわけがない。そんなの狂人のたわ言ではないか。
なぜだか涙が流れ出て仕方なかった。その事実が悔しくて、悲しくて、虚しくて、私は泣いているのかもしれない。
そういう意味において、彼女が私の前を立ち去ってくれてよかっただろう。この涙を見られずに済んだから。
しかしそれは起きた。
私がまだ部屋の中に戻っていないことに気づいたのか、彼女が怪訝そうに振り向いたのだ。隠れるように部屋に戻ろうと思ったが、私は彼女を見つめ返してしまった。
彼女も泣いていたようだ。お互い、その涙を見落とすほど、まだ離れていなかった。
私の涙と彼女の涙が、混ざり合った気がする。
「フローリア・・・」
私はその名前をつぶやいていた。
「はい、シャグラン様」
彼女は何かホッとしたような表情で頷いた気がした。
その瞬間に、私は全てを思い出た。
そう、本当に全て。
フローリア。彼女がフローリアなのだ。
ずっと逢いたかった人。なぜだか私に優しい人。
彼女は塔の地下に囚われていた女性だった。前の塔の主の人体実験の犠牲になるところだったのだ。
そんな彼女をプラーヌスと私は助け出した。彼女はどこにも行く当てがないと言うので、この塔でそのまま働いてもらっていた。
お、思い出した。鮮やかに、完全に、はっきりと。
しかし、どうしてこれまで彼女のことを忘れてしまったのだろうか。こんなこと、ありえないことだ。
彼女が熱を出したこともあった。倒れた彼女を抱き上げ、医務室に運んだことも。そのに感じた彼女の身体の温かさも思い出した。後日、彼女に感謝されたときの優しい言葉も。
私は彼女を、女神だと勘違いしたこともあった。今から思うと本当に恥ずかしい勘違いであるが、彼女はそれくらい特別だった。
しかしその大切な記憶が、どうして消えてしまったんだ・・・。
いいや、ありえなくない。だってここは魔法使いの塔。
プラーヌス、彼の仕業! プラーヌスは何だって出来る。
「だって君、愚かな恋に夢中になられると困るからね。仕事に忠実に励んでもらわないといけない」
彼からそのような言葉を投げかけられたことがあった気がする。
私たちは二人とも泣いたまま見つめ合ったが、同じタイミングで別離した。
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