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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第九章 22)新しい管理人
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怒っているときに微笑み、嬉しいことがあったときにムッとする。そういう種類の人がいるものだ。
プラーヌスはそういう男で、そんな彼が声を荒げているということは、その怒りは演技がかった怒りなのかもしれない。しかしニヤニヤしながら、理屈っぽく嫌味を言われるよりも、怒鳴られたほうが、端的に怖い。
「なあ、シャグラン。僕は怒りに狂っている」
プラーヌスが声を荒げる。私は彼の不穏な言葉を前に、ビクリと後ずさる。
「君を見殺しにしても良かったのだ。いや、最初はそのつもりだった。一度、諦めたんだぜ。勝手に塔を出ていった君に、本当に呆れてしまってね。しかし結局、ここに来た。なぜだろうか?」
君に文句を言いに来たからだよ!
その声に、私の魂は更に縮み上がりそうになる。もし、にらまれながら言われていたら、心臓は止まっていたかもしれない。
プラーヌスは空を仰ぎ見上げた。彼の白い肌に、太陽が容赦なく降り注いでいる。彼は本当に眩しそうに、目を細める。
「本来なら眠っている時間だ。しかし眠る気にはなれなった。君に対する怒りの言葉が、頭の中で溢れ返っていたからだ。君が死んでも気が済まない。君が死んで良いのは、僕の言葉を全て受け取ってからだ。僕は君を許さないぜ」
あ、ああ、うん。
縄でずっと首を絞められていたのだから、私はまだ息をするのも苦しくて、声なんて出なかった。だから私は返事を返すことが出来なかったのだけど、頷くことで意思を示す。
彼の言い分は間違ってはいないと思う。プラーヌスには珍しいくらいの正論だ。私は塔の仕事を放り出して、ここに来たのだ。しかも王の遣いを迎えるという重要な仕事。
何を言われても問題ない。好きなだけ私を罵ってくれればいい。とにかく私たちの命を救ってくれただけで有り難いこと。
いや、ドニとエドガルは死んでしまった。他の仲間たちの安否もわからない。本当に犠牲は大きかった。
それでも、私は自分が生き延びたことに感謝してしまう。当たり前だ。死にたくなんてない。
「プラーヌス様! 助けて頂きありがとうございます。私、本当に」
アリューシアが泣き叫んで言う。言葉を発することが出来ない私の分も、素直でピュアなアリューシアが代弁してくれているかのよう。
「君と会話するつもりはない。どこかにひっこんでいろ」
おい、シャグラン! 彼は再び私を呼ぶ。
「新しい管理人を雇ったよ。君は降格だ。その新しい管理人の下で働くのさ」
何だって?
私は愕然として、プラーヌスを見る。
「おい、ファビリカン!」
プラーヌスが中庭のほうに向かって声を張り上げた。
「へいへい」
中庭の炎はようやく沈静化していた。燃え盛る炎の勢いよりも激しく、苦しみに暴れ回っていた仮面兵団たちも息絶えていた。今は黒焦げの死体が転がっているだけ。
悪臭と穢れがどす黒く渦巻いているその中庭に、小柄な老人がヒョコヒョコと出てきた。
背中に大きな籠のようなものを担いでいる。その大きな籠のせいなのか、背中は曲がって見える。服装も汚らしい。
「死体から宝石を回収しろ。こいつらは魔法使いだ。それなりの量になるはずだ」
「はいはい、うけたまわりました」
その男は一瞬のためらいもなく死体を漁り始めた。人の形を留めずに灰になった死体もあるようだが、断末魔の表情をそのまま残した黒焦げ人形も多い。
そんな死体にも臆することなく、男は懐から宝石を取り上げると、背中の籠に放り込んでいく。
私は呆然とその男を見つめる。私の視線に気づいたのか、その男も、私をにらむような眼差しで見上げてきた。
老人に見えたが、実際はそれほど老いてはいないのかもしれない。
顔には皺が刻まれ、髪は薄く、白髪も混じり、その容姿はありとあらゆる老いの兆候を示しているが、動きはどこか軽快で、何よりその眼差しは異様にぎらついている。
「今日から塔の管理人になったファブリカンだ。君は彼の部下だ」
「な、何だって、プラーヌス」
私は絞り出すようにして声を出した。黙っていられなかったのだ。
「シャグラン、君はファビリカンの下で働け。僕に命を助けられたのだ。それくらいのペナルティは当たり前ではないか。断るというならば、首に縄を巻きつけて、どこかに吊るすだけさ」
「わ、わかったよ、プラーヌス」
「そしてカルファル、君も理解しているはずだ。僕に命を救われた」
プラーヌスは私から、カルファルに視線を移す。
彼の首には縄のあとが痛々しく残っていた。私だって同じなのかもしれない。顔色も蒼白だ。私だって同じかもしれない。それでも、カルファルも生きている。
「悔しいが感謝しているぜ、プラーヌス。お前の塔から出ていく。世話になったな」
カルファルが息を絶え絶えに言う。
「いや、駄目だ。君は僕の塔で仕事をしてもらう。農作業だ」
「何だと?」
「断れば当然、死。君の家族たちもね。仕事の詳細はファビリカンから仰げ。そしてアリューシア」
「はい、プラーヌス様、私も何でもします」
「君は破門だ。塔を出ていけ」
「そ、そんな!」
アリューシアは本当に、この世の終わりに直面をしたという表情を浮かべる。「プラーヌス様、お願いです、それだけは嫌です!」
「ならば、ボーアホーブ家の所有する財産を全て、僕に寄贈しろ」
「はい、わかりました、喜んで」
プラーヌスが魔法使いの塔だけではなくて、ボーアホーブの所領も手に入れることになった経緯がこれだ。
プラーヌスはそういう男で、そんな彼が声を荒げているということは、その怒りは演技がかった怒りなのかもしれない。しかしニヤニヤしながら、理屈っぽく嫌味を言われるよりも、怒鳴られたほうが、端的に怖い。
「なあ、シャグラン。僕は怒りに狂っている」
プラーヌスが声を荒げる。私は彼の不穏な言葉を前に、ビクリと後ずさる。
「君を見殺しにしても良かったのだ。いや、最初はそのつもりだった。一度、諦めたんだぜ。勝手に塔を出ていった君に、本当に呆れてしまってね。しかし結局、ここに来た。なぜだろうか?」
君に文句を言いに来たからだよ!
その声に、私の魂は更に縮み上がりそうになる。もし、にらまれながら言われていたら、心臓は止まっていたかもしれない。
プラーヌスは空を仰ぎ見上げた。彼の白い肌に、太陽が容赦なく降り注いでいる。彼は本当に眩しそうに、目を細める。
「本来なら眠っている時間だ。しかし眠る気にはなれなった。君に対する怒りの言葉が、頭の中で溢れ返っていたからだ。君が死んでも気が済まない。君が死んで良いのは、僕の言葉を全て受け取ってからだ。僕は君を許さないぜ」
あ、ああ、うん。
縄でずっと首を絞められていたのだから、私はまだ息をするのも苦しくて、声なんて出なかった。だから私は返事を返すことが出来なかったのだけど、頷くことで意思を示す。
彼の言い分は間違ってはいないと思う。プラーヌスには珍しいくらいの正論だ。私は塔の仕事を放り出して、ここに来たのだ。しかも王の遣いを迎えるという重要な仕事。
何を言われても問題ない。好きなだけ私を罵ってくれればいい。とにかく私たちの命を救ってくれただけで有り難いこと。
いや、ドニとエドガルは死んでしまった。他の仲間たちの安否もわからない。本当に犠牲は大きかった。
それでも、私は自分が生き延びたことに感謝してしまう。当たり前だ。死にたくなんてない。
「プラーヌス様! 助けて頂きありがとうございます。私、本当に」
アリューシアが泣き叫んで言う。言葉を発することが出来ない私の分も、素直でピュアなアリューシアが代弁してくれているかのよう。
「君と会話するつもりはない。どこかにひっこんでいろ」
おい、シャグラン! 彼は再び私を呼ぶ。
「新しい管理人を雇ったよ。君は降格だ。その新しい管理人の下で働くのさ」
何だって?
私は愕然として、プラーヌスを見る。
「おい、ファビリカン!」
プラーヌスが中庭のほうに向かって声を張り上げた。
「へいへい」
中庭の炎はようやく沈静化していた。燃え盛る炎の勢いよりも激しく、苦しみに暴れ回っていた仮面兵団たちも息絶えていた。今は黒焦げの死体が転がっているだけ。
悪臭と穢れがどす黒く渦巻いているその中庭に、小柄な老人がヒョコヒョコと出てきた。
背中に大きな籠のようなものを担いでいる。その大きな籠のせいなのか、背中は曲がって見える。服装も汚らしい。
「死体から宝石を回収しろ。こいつらは魔法使いだ。それなりの量になるはずだ」
「はいはい、うけたまわりました」
その男は一瞬のためらいもなく死体を漁り始めた。人の形を留めずに灰になった死体もあるようだが、断末魔の表情をそのまま残した黒焦げ人形も多い。
そんな死体にも臆することなく、男は懐から宝石を取り上げると、背中の籠に放り込んでいく。
私は呆然とその男を見つめる。私の視線に気づいたのか、その男も、私をにらむような眼差しで見上げてきた。
老人に見えたが、実際はそれほど老いてはいないのかもしれない。
顔には皺が刻まれ、髪は薄く、白髪も混じり、その容姿はありとあらゆる老いの兆候を示しているが、動きはどこか軽快で、何よりその眼差しは異様にぎらついている。
「今日から塔の管理人になったファブリカンだ。君は彼の部下だ」
「な、何だって、プラーヌス」
私は絞り出すようにして声を出した。黙っていられなかったのだ。
「シャグラン、君はファビリカンの下で働け。僕に命を助けられたのだ。それくらいのペナルティは当たり前ではないか。断るというならば、首に縄を巻きつけて、どこかに吊るすだけさ」
「わ、わかったよ、プラーヌス」
「そしてカルファル、君も理解しているはずだ。僕に命を救われた」
プラーヌスは私から、カルファルに視線を移す。
彼の首には縄のあとが痛々しく残っていた。私だって同じなのかもしれない。顔色も蒼白だ。私だって同じかもしれない。それでも、カルファルも生きている。
「悔しいが感謝しているぜ、プラーヌス。お前の塔から出ていく。世話になったな」
カルファルが息を絶え絶えに言う。
「いや、駄目だ。君は僕の塔で仕事をしてもらう。農作業だ」
「何だと?」
「断れば当然、死。君の家族たちもね。仕事の詳細はファビリカンから仰げ。そしてアリューシア」
「はい、プラーヌス様、私も何でもします」
「君は破門だ。塔を出ていけ」
「そ、そんな!」
アリューシアは本当に、この世の終わりに直面をしたという表情を浮かべる。「プラーヌス様、お願いです、それだけは嫌です!」
「ならば、ボーアホーブ家の所有する財産を全て、僕に寄贈しろ」
「はい、わかりました、喜んで」
プラーヌスが魔法使いの塔だけではなくて、ボーアホーブの所領も手に入れることになった経緯がこれだ。
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