私の邪悪な魔法使いの友人2

ロキ

文字の大きさ
上 下
157 / 188
シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子

第八章 4)アリューシアの章

しおりを挟む
 代々続く貴族、ボーアホーブの領主ならば当然、たくさんの花に囲まれ、敬意と哀悼に包まれ、手厚く葬送されただろう。戦地と言えど、敵と言えど、同じ国王に使える領主同士なのだから。

 (それが当たり前だわ!)

 いや、そんなはずがなかった。この報せを持ってきた兵士の口振りからも、その事実は窺い知れた。
 広場で処刑され、見せしめのため城壁に吊るされ・・・。彼はそのようなことを口ごもりながら伝えようとしていた。
 降りしきる雨の中、その悲惨な光景がアリューシアの脳裏に浮かんできてしまう。湧き上がる蛆、野鳥に啄まれる目玉、黒く朽ちていく身体。

 (私は絶対に、絶対に絶対に絶対、あいつらが許せない。ギャラック家の連中が!)

 「どうしてあいつらに、こんなことされなくちゃいけないのよ!」

 アリューシアは叫んでいた。大降りになり始めた雨に向かって。声が裂けて、喉から血が溢れそうな勢いで。

 「そうよ、絶対に許さない!」

 深い悲しみは無感覚に変わっていた。やがて、その無感覚も消え、今それは抑えきれない怒りになった。
 その怒りに押されるようにして、彼女は歩き出す。水晶玉を握る手に力がこもった。

 「復讐する。報復する。あいつらを殺し尽くしてやるわ!」

 強い雨はアリューシアの衣服の隅々まで濡らし、奥にまで沁み込んで、彼女の細い身体にまで達する。
肌に張り付いてくる衣服の感触が不快だ。その不快さが更に、アリューシアの怒りを煮え滾らせた。

 (あいつらにやられたんだから、こっちだってやり返す。それが当たり前でしょ? 誰も私を止めることは出来ないわ!)

 抑え切れない怒りのまま、アリューシアは持っていた水晶玉を地面に向かって投げつけた。
 ぬかるみ始めた土がクッションになって、水晶玉は割れることもなく、どこかに跳ねて転がっていくこともなく、グサリと突き刺さるようにして、足元に留まった。
 もう、魔法なんてどこかに行ってしまえ、アリューシアはそんな気分で水晶玉を放り投げた。しかしまだそれは、アリューシアに取り憑いて離れようとしないようだ。

 「何よ、もう!」

 憎い。何もかもが。これが運命というものなのだと、空を見上げて諦める気にはなれない。この激しい怒りと悔しさを全て吐き出し切らない限り、自分は生きていく価値がない気がする。

 「ボーアホーブ家で残っているのは私だけかもしれないんだ。つまり、パパとママの仇を討てるのは私だけ!」

 (そうよ。こんなところで悲しんでいる暇なんてない。パパとママを迎えに行かないと!)

 心は逸り始める。今すぐ走って、ボーアホーブの城に駆けつけたい。実際、彼女は走り出していた。
 しかしアリューシアはとても硬い壁にぶつかったかのように、すぐに立ち止まる。

 その城壁には、ギャラック家の旗が翻り、たくさんの武装した兵士たちが弓を構えているだろう。

 (そんなところに私が行って、どうなるのだろうか? 今は魔法も使えない。もちろん剣だって振れない。それなのにどうやってママとパパを取り返すのよ?)

 「・・・絶対に無理だ。殺されに行くようなもの」

 あいつらはきっと、ボーアホーブの血統を根絶やしに出来たと、彼女の死体を前にして歓喜に踊るだろう。敵を喜ばしてどうするのだ。

 (私は無力だ。その高い城壁に遮られて何も出来ず、屈辱と絶望の中に留まっているしかない)

 「で、でも!」

 アリューシアは顔を上げる。「そうよ、でもプラーヌス様にお願いすれば!」

 そう、あの美しき魔法使いに! 前の戦いのときも、ボーアホーブは彼に助けられた。今だってすぐ傍にいる。それは偶然ではなく、何か運命のようなものに違いない。

 (いいえ、でも聞いてくれるはずがない)

 「疑問の余地なんて一切ないわ。あの人は私のことが嫌いなんだ。どれだけお願いしても、助けてくれるわけがないもの」

 協力が欲しいなら、それなりの報酬を払えと言ってくるだろう。でも彼女にはお金なんてない。

 「じゃ、じゃあ、カルファルは?」

 カルファルも無理だ。ボーアホーブは滅んだ。彼にとって、アリューシアはもう何の価値もない人間のはず。カルファルがその復讐に興味を示すことはないに違いない。
 そもそも彼の魔法の力が頼りになるかどうかも怪しい。つまり、誰にも頼れない。

 (復讐なんて無理だ。私は全てを奪われたのに、何の抵抗も出来ない。ただ遠いところで、涙に暮れているだけ・・・)

 「で、でもそんなの悔しい。許せるわけがない。納得出来ない!」

 (私なんてどうなっていい。もう生きていても意味なんてないし・・・。その代わり一人でも多く、ギャラックの兵を殺してやりたい!)

 心の中の、地盤が最も確かなところで、アリューシアは決心をしたと感じる。
 何があっても絶対に揺るがない決意。それを掴んだ瞬間、悲しみも怒りも消えた。確かな未来を得て、視界が鮮やかになった。

 「そう、それでいい。一人でも多く殺す。私はただ復讐がしたいだけ」

――いいぜ。面白そうじゃないか。

 そのとき突然、どこからかそんな声が聞こえてきた。

 え? 

――その戦いは、お前の人生に必要なものだ。お前は生まれて初めて、目的が抱くことが出来たんじゃないのか? なあ、おい? 

 だ、誰よ? 

 アリューシアは視線をグルグルと巡らせて、声の出所を探す。周りには誰もいない。しかし確かに声だけは聞こえる。

――俺だ。

 何かが強い眼差しを送ってくることに気づいた。そっちに視線をやると、水晶玉が激しく点滅しているのが見えた。
 あの魔族が応答している。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

コバナシ

鷹美
ファンタジー
内政が安定していないおかげで争いが絶えず、文化や常識なんていうものが発展しない国が存在した。 貧困の差は天と地ほどあり、有権者の気分一つであらゆる破壊が許された。 気に入らない人、自分に威嚇した動物、進むのに邪魔な木や建物…言い出したらキリがない。 国というには歪で、有権者の支配する領域が密集したような場所の方が正しいだろう。 支配領域一つ一つを国と呼ばないのは、他の国のように関所がないからだ。 市町村のように簡単に行き来できる地帯を囲み他国の人間はそれを蛮国と総して…〝戦(せん)〟と呼んだ。 この話は、この戦で起きたありふれた小話達を紡ぐ物語である。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 戦=戦国時代の日本 そんなイメージで見ていただけたら、より物語を楽しめると思います カクヨムでも同時投稿していますが、作者が同じなのでどちらをご覧になっても問題はありません。 長くお付き合いできるよう精進いたしますので宜しくお願いいたします

悪妻と噂の彼女は、前世を思い出したら吹っ切れた

下菊みこと
恋愛
自分のために生きると決めたら早かった。 小説家になろう様でも投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...