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シーズン2 私の邪悪な魔法使いの友人の弟子
第八章 4)アリューシアの章
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代々続く貴族、ボーアホーブの領主ならば当然、たくさんの花に囲まれ、敬意と哀悼に包まれ、手厚く葬送されただろう。戦地と言えど、敵と言えど、同じ国王に使える領主同士なのだから。
(それが当たり前だわ!)
いや、そんなはずがなかった。この報せを持ってきた兵士の口振りからも、その事実は窺い知れた。
広場で処刑され、見せしめのため城壁に吊るされ・・・。彼はそのようなことを口ごもりながら伝えようとしていた。
降りしきる雨の中、その悲惨な光景がアリューシアの脳裏に浮かんできてしまう。湧き上がる蛆、野鳥に啄まれる目玉、黒く朽ちていく身体。
(私は絶対に、絶対に絶対に絶対、あいつらが許せない。ギャラック家の連中が!)
「どうしてあいつらに、こんなことされなくちゃいけないのよ!」
アリューシアは叫んでいた。大降りになり始めた雨に向かって。声が裂けて、喉から血が溢れそうな勢いで。
「そうよ、絶対に許さない!」
深い悲しみは無感覚に変わっていた。やがて、その無感覚も消え、今それは抑えきれない怒りになった。
その怒りに押されるようにして、彼女は歩き出す。水晶玉を握る手に力がこもった。
「復讐する。報復する。あいつらを殺し尽くしてやるわ!」
強い雨はアリューシアの衣服の隅々まで濡らし、奥にまで沁み込んで、彼女の細い身体にまで達する。
肌に張り付いてくる衣服の感触が不快だ。その不快さが更に、アリューシアの怒りを煮え滾らせた。
(あいつらにやられたんだから、こっちだってやり返す。それが当たり前でしょ? 誰も私を止めることは出来ないわ!)
抑え切れない怒りのまま、アリューシアは持っていた水晶玉を地面に向かって投げつけた。
ぬかるみ始めた土がクッションになって、水晶玉は割れることもなく、どこかに跳ねて転がっていくこともなく、グサリと突き刺さるようにして、足元に留まった。
もう、魔法なんてどこかに行ってしまえ、アリューシアはそんな気分で水晶玉を放り投げた。しかしまだそれは、アリューシアに取り憑いて離れようとしないようだ。
「何よ、もう!」
憎い。何もかもが。これが運命というものなのだと、空を見上げて諦める気にはなれない。この激しい怒りと悔しさを全て吐き出し切らない限り、自分は生きていく価値がない気がする。
「ボーアホーブ家で残っているのは私だけかもしれないんだ。つまり、パパとママの仇を討てるのは私だけ!」
(そうよ。こんなところで悲しんでいる暇なんてない。パパとママを迎えに行かないと!)
心は逸り始める。今すぐ走って、ボーアホーブの城に駆けつけたい。実際、彼女は走り出していた。
しかしアリューシアはとても硬い壁にぶつかったかのように、すぐに立ち止まる。
その城壁には、ギャラック家の旗が翻り、たくさんの武装した兵士たちが弓を構えているだろう。
(そんなところに私が行って、どうなるのだろうか? 今は魔法も使えない。もちろん剣だって振れない。それなのにどうやってママとパパを取り返すのよ?)
「・・・絶対に無理だ。殺されに行くようなもの」
あいつらはきっと、ボーアホーブの血統を根絶やしに出来たと、彼女の死体を前にして歓喜に踊るだろう。敵を喜ばしてどうするのだ。
(私は無力だ。その高い城壁に遮られて何も出来ず、屈辱と絶望の中に留まっているしかない)
「で、でも!」
アリューシアは顔を上げる。「そうよ、でもプラーヌス様にお願いすれば!」
そう、あの美しき魔法使いに! 前の戦いのときも、ボーアホーブは彼に助けられた。今だってすぐ傍にいる。それは偶然ではなく、何か運命のようなものに違いない。
(いいえ、でも聞いてくれるはずがない)
「疑問の余地なんて一切ないわ。あの人は私のことが嫌いなんだ。どれだけお願いしても、助けてくれるわけがないもの」
協力が欲しいなら、それなりの報酬を払えと言ってくるだろう。でも彼女にはお金なんてない。
「じゃ、じゃあ、カルファルは?」
カルファルも無理だ。ボーアホーブは滅んだ。彼にとって、アリューシアはもう何の価値もない人間のはず。カルファルがその復讐に興味を示すことはないに違いない。
そもそも彼の魔法の力が頼りになるかどうかも怪しい。つまり、誰にも頼れない。
(復讐なんて無理だ。私は全てを奪われたのに、何の抵抗も出来ない。ただ遠いところで、涙に暮れているだけ・・・)
「で、でもそんなの悔しい。許せるわけがない。納得出来ない!」
(私なんてどうなっていい。もう生きていても意味なんてないし・・・。その代わり一人でも多く、ギャラックの兵を殺してやりたい!)
心の中の、地盤が最も確かなところで、アリューシアは決心をしたと感じる。
何があっても絶対に揺るがない決意。それを掴んだ瞬間、悲しみも怒りも消えた。確かな未来を得て、視界が鮮やかになった。
「そう、それでいい。一人でも多く殺す。私はただ復讐がしたいだけ」
――いいぜ。面白そうじゃないか。
そのとき突然、どこからかそんな声が聞こえてきた。
え?
――その戦いは、お前の人生に必要なものだ。お前は生まれて初めて、目的が抱くことが出来たんじゃないのか? なあ、おい?
だ、誰よ?
アリューシアは視線をグルグルと巡らせて、声の出所を探す。周りには誰もいない。しかし確かに声だけは聞こえる。
――俺だ。
何かが強い眼差しを送ってくることに気づいた。そっちに視線をやると、水晶玉が激しく点滅しているのが見えた。
あの魔族が応答している。
(それが当たり前だわ!)
いや、そんなはずがなかった。この報せを持ってきた兵士の口振りからも、その事実は窺い知れた。
広場で処刑され、見せしめのため城壁に吊るされ・・・。彼はそのようなことを口ごもりながら伝えようとしていた。
降りしきる雨の中、その悲惨な光景がアリューシアの脳裏に浮かんできてしまう。湧き上がる蛆、野鳥に啄まれる目玉、黒く朽ちていく身体。
(私は絶対に、絶対に絶対に絶対、あいつらが許せない。ギャラック家の連中が!)
「どうしてあいつらに、こんなことされなくちゃいけないのよ!」
アリューシアは叫んでいた。大降りになり始めた雨に向かって。声が裂けて、喉から血が溢れそうな勢いで。
「そうよ、絶対に許さない!」
深い悲しみは無感覚に変わっていた。やがて、その無感覚も消え、今それは抑えきれない怒りになった。
その怒りに押されるようにして、彼女は歩き出す。水晶玉を握る手に力がこもった。
「復讐する。報復する。あいつらを殺し尽くしてやるわ!」
強い雨はアリューシアの衣服の隅々まで濡らし、奥にまで沁み込んで、彼女の細い身体にまで達する。
肌に張り付いてくる衣服の感触が不快だ。その不快さが更に、アリューシアの怒りを煮え滾らせた。
(あいつらにやられたんだから、こっちだってやり返す。それが当たり前でしょ? 誰も私を止めることは出来ないわ!)
抑え切れない怒りのまま、アリューシアは持っていた水晶玉を地面に向かって投げつけた。
ぬかるみ始めた土がクッションになって、水晶玉は割れることもなく、どこかに跳ねて転がっていくこともなく、グサリと突き刺さるようにして、足元に留まった。
もう、魔法なんてどこかに行ってしまえ、アリューシアはそんな気分で水晶玉を放り投げた。しかしまだそれは、アリューシアに取り憑いて離れようとしないようだ。
「何よ、もう!」
憎い。何もかもが。これが運命というものなのだと、空を見上げて諦める気にはなれない。この激しい怒りと悔しさを全て吐き出し切らない限り、自分は生きていく価値がない気がする。
「ボーアホーブ家で残っているのは私だけかもしれないんだ。つまり、パパとママの仇を討てるのは私だけ!」
(そうよ。こんなところで悲しんでいる暇なんてない。パパとママを迎えに行かないと!)
心は逸り始める。今すぐ走って、ボーアホーブの城に駆けつけたい。実際、彼女は走り出していた。
しかしアリューシアはとても硬い壁にぶつかったかのように、すぐに立ち止まる。
その城壁には、ギャラック家の旗が翻り、たくさんの武装した兵士たちが弓を構えているだろう。
(そんなところに私が行って、どうなるのだろうか? 今は魔法も使えない。もちろん剣だって振れない。それなのにどうやってママとパパを取り返すのよ?)
「・・・絶対に無理だ。殺されに行くようなもの」
あいつらはきっと、ボーアホーブの血統を根絶やしに出来たと、彼女の死体を前にして歓喜に踊るだろう。敵を喜ばしてどうするのだ。
(私は無力だ。その高い城壁に遮られて何も出来ず、屈辱と絶望の中に留まっているしかない)
「で、でも!」
アリューシアは顔を上げる。「そうよ、でもプラーヌス様にお願いすれば!」
そう、あの美しき魔法使いに! 前の戦いのときも、ボーアホーブは彼に助けられた。今だってすぐ傍にいる。それは偶然ではなく、何か運命のようなものに違いない。
(いいえ、でも聞いてくれるはずがない)
「疑問の余地なんて一切ないわ。あの人は私のことが嫌いなんだ。どれだけお願いしても、助けてくれるわけがないもの」
協力が欲しいなら、それなりの報酬を払えと言ってくるだろう。でも彼女にはお金なんてない。
「じゃ、じゃあ、カルファルは?」
カルファルも無理だ。ボーアホーブは滅んだ。彼にとって、アリューシアはもう何の価値もない人間のはず。カルファルがその復讐に興味を示すことはないに違いない。
そもそも彼の魔法の力が頼りになるかどうかも怪しい。つまり、誰にも頼れない。
(復讐なんて無理だ。私は全てを奪われたのに、何の抵抗も出来ない。ただ遠いところで、涙に暮れているだけ・・・)
「で、でもそんなの悔しい。許せるわけがない。納得出来ない!」
(私なんてどうなっていい。もう生きていても意味なんてないし・・・。その代わり一人でも多く、ギャラックの兵を殺してやりたい!)
心の中の、地盤が最も確かなところで、アリューシアは決心をしたと感じる。
何があっても絶対に揺るがない決意。それを掴んだ瞬間、悲しみも怒りも消えた。確かな未来を得て、視界が鮮やかになった。
「そう、それでいい。一人でも多く殺す。私はただ復讐がしたいだけ」
――いいぜ。面白そうじゃないか。
そのとき突然、どこからかそんな声が聞こえてきた。
え?
――その戦いは、お前の人生に必要なものだ。お前は生まれて初めて、目的が抱くことが出来たんじゃないのか? なあ、おい?
だ、誰よ?
アリューシアは視線をグルグルと巡らせて、声の出所を探す。周りには誰もいない。しかし確かに声だけは聞こえる。
――俺だ。
何かが強い眼差しを送ってくることに気づいた。そっちに視線をやると、水晶玉が激しく点滅しているのが見えた。
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