私の邪悪な魔法使いの友人

ロキ

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シーズン1 魔法使いの塔

第六章 10)奇妙な記憶の混乱

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 「この戦いは連日続く恐れもあると聞きました。出来るだけこちらの被害を少なくしたいのは言うまでもありません」

 バルザ殿は席に着くや否や、すぐにそう言ってきた。
 おそらくこれがこの人の仕事のスタンスなのだろう。無駄な前置きなど省き、常に単刀直入。
 そういう姿に、これまで勤めていた騎士団団長としての働きぶりの一端を垣間見ることが出来た気がした。
 本当に優秀な司令官であったに違いない。私は改めてこの人が塔の番人をしていることの違和感を覚えた。

 しかしバルザ殿は、そんな私の複雑な心中など知る由もなく淡々と話していった。

 「来襲してくる敵は強敵ではありませんが油断も出来ません。今日のような戦いが続けばこの塔を守る兵たちの疲労は溜まり、いずれ後れを取る者も出るでしょう。それを防止するためにも、せめて今の二倍の兵は必要です」

 「えーと、今現在は?」

 私もバルザ殿のモードに合わせようと、仕事の出来る役人のような口振りで尋ねた。

 「私を抜いて三十二人です」

 「では、あと三十人程ですね。それくらいならすぐに用意出来るでしょう。手が空いている召使いは多いですし、その中に武具を扱うことに慣れた者もいるようです」

 「そうですか、それならすぐにお集めて下さい。訓練には時間もかかります。とにかくこの馬鹿げた戦いで一人たりとも犠牲者を出したくない」

 「は、はい・・・」

 まるで目の前にこの馬鹿げた戦いが存在しているかのように、バルザ殿はそれへの怒りをあらわにした。
 別に私が叱られているわけではないのに、その迫力に思わず謝りたくなった程だ。

 「更に、こちらの優位を確固とするために砦も作りたい。その為の人員と資材も用意願いたい」

 「砦ですか? まあ、それには少し時間が必要でしょうが、もちろん何とかします」

 「砦の設計や、工事の監督は私が行います。とりあえず人手と資材さえあれば何とかなるでしょう」

 「わかりました。突然、塔の前に砦が出来れば主も驚くでしょうから、彼の許可が必要ですが、プラーヌスも反対することはないでしょう」

 扉をノックする声が聞こえ、アビュがようやく飲み物を持ってきた。

 持ってくるまでに時間がかかった気がすると思ったら、どうやらアビュは服を着替えていたようだった。
 いつもの動きやすい服ではなく、まるでどこかの舞踏会にでも出掛けるような格好で現れたのである。しかもおまけに、頭に髪飾りまでつけている。

 「どうぞいれたてのコーヒーです」とバルザ殿の前に置く手が緊張で少し軽くふるえている。「ありがとう」と返事するバルザ殿の声を聞いて、アビュは顔を赤らめていた。

 これはまさに恋に舞い上がっている乙女の姿であった。どうやらアビュはバルザ殿にすっかり魅せられているようだ。
 私はそんなアビュの様子に苦笑を禁じ得なかった。
 コーヒーを置いても、なかなか部屋から去ろうとしないので、仕方なく私は彼女に出ていくよう言い渡す。

 「何か用事があれば申しつけ下さい」

 「ないよ、何も」

 バルザ殿に言ったのだろうけど、私が代わりに応えてやった。バルザ殿に見えないよう私に舌を出しながら、ようやくアビュは部屋を出た。

 「想像したよりも賑やかで、穏やかなところですね」

 バルザ殿はコーヒーに口をつけながら言った。「もっと暗鬱で、陰気な場所かと思っていましたよ。だけど驚くほどに笑顔で溢れている」

 「そうですね、ここは俗界から遠く離れ、ある意味平和なところです」

 「うむ、ある意味平和か・・・」

 私のその言葉に、バルザ殿は複雑な表情を浮かべた。

 「あっ、すいません、平和といってもバルザ殿は先程、戦われてきたばかりでしたね」

 「いえ、戦いは私の宿命です。謝られる必要はありません。一度、人を斬った者はいずれ誰かに斬られるのが定め、どこに行こうが血と剣に出迎えられるものです。それよりも私が意外に思ったのは、・・・言葉が過ぎるなら聞き流してもらって結構なのですが、皆がこの塔の主の圧政のもとに虐げられているのかと」

 「はあ。確かに一部の人間はプラーヌスのことを恐れています。そしてほとんどの召使いが彼を嫌っているでしょう。だけど彼はほとんど自分の部屋から出てきませんし、普段、誰が何をしてようが興味を持っていません。圧政とは程遠い状態ですよ」

 しかし彼が今いる召使いに興味がないのは、いずれ多くの召使いを解雇しようとしているからかもしれない。
 そういう意味では、私がバルザ殿に言ったことは、正確な言葉ではないかもしれない。
 とはいえ、プラーヌスが恐怖によってこの塔を支配しているわけではないことは確かであろう。
 この塔は間違いなく、穏やかな場所ではある。

 「プラーヌスとおっしゃられるのですか? この塔の主の名は」

 「は、はい」

 どうやらバルザ殿も、プラーヌスのことを話すときは、アビュや他の人間と同じようにその表情を暗く曇らせるようだ。それまでは力強く、どこまでも晴れ渡った空のように雄大だった表情が、嵐が来たようにかき曇ったのだ。

 私はそんな彼の姿を見て、プラーヌスがどういう方法でバルザ殿をこの塔の番人に招き入れたのか、改めて気になった。
 それが公明正大に行われた訳はないとは思っていたが、このバルザ殿の表情を見る限り、私の想像を絶するレベルの悪行が予感されるのだ。

 しかし私は事の真相に触れるのを恐れるように、バルザ殿から目を逸らした。
 たとえバルザ殿の意に沿わない形で、この塔に働くことになったのだとしても、私にはどうすることも出来ない。
 私はあくまで、プラーヌスの側の人間なのだ。
 どんなにバルザ殿が高潔で素晴らしい人間であろうが、プラーヌスを裏切ることはありえない。

 何だか私のそんな心の動きを機敏に察知したように、バルザ殿は言ってきた。

 「あなたとこの塔の主、プラーヌス殿とはどういう御関係なのでしょうか? 主従関係でも、雇用主と従者でもないようですね」

 「ああ、まあ、一応、彼とは友人関係です」

 「ご友人?」

 「はあ、そうです」

 私はなぜだかその事実がとてもおかしいことでもあるかのように、照れ笑いを浮かべながら答えた。

 「そうですか、ご友人ですか、何だかそんなことを言うのは大変失礼な気がするのですが、しかしとても不釣り合いと言うか・・・」

 それまでハキハキと、明朗に話していたバルザ殿が少し口籠る。

 「いえ、そう思われるのも無理もありません。確かに僕はしがない絵描きです。一方、プラーヌスは天才的な魔法使い。大洋を泳ぐ魚と、池のカエルくらい接点がない。おっしゃられる通りだと思います」

 「いや、そういう意味ではなく」

 バルザが慌てるように言い足してきた。「あなたのような真面目で誠実そうな御仁が、魔法使いとご友人であられることが不思議なのです」

 「はあ・・・」

 「私にとって魔法使いというのは、里を襲う残虐な賊と同義。いや、悪魔を崇め、それを使役する点に置いて賊よりも悪質・・・。すいません、言葉が過ぎましたね、しかしルヌーヴォの神に仕える騎士としてそれは当然」

 バルザ殿は出来るだけ感情を交えずそう言ったつもりだったのかもしれないが、魔法使いへの、いや、プラーヌスへの侮蔑感は隠し切れないようだった。

 私はふと、バルザ殿とこのような会話をプラーヌスに内緒でしていることに一抹の不安を覚えた。
 プラーヌスのことだから、魔法の力を使って聞き耳をたてているかもしれないのだ。

 確かにバルザ殿の言っていることに、間違いはないと思う。
 そもそも聖なる存在である騎士と、魔族と親しむ魔法使いは対極の存在。
 こうやって同じ場所にいることが何かの間違いなのだ。バルザ殿がそのような不満を抱くのは当然であろう。

 とはいえ塔を守ることを課せられた者が、そのようなことを言うべきではないはずだ。
 それはバルザ殿自身も重々承知しているようで、言葉を選ぼうとしているのは口振りや表情からも明らかだった。
 それでも隠しきれない苦い胸中に、私は事態の深刻さを感じている。

 「だけどプラーヌスはああ見えて良い奴ですよ」

 私は少しでもバルザ殿のプラーヌスへの嫌悪感を和らげようと、そんなことを言ってみた。「バルザ殿も彼と酒を酌み交わすことがあれば、その印象は変わります。普段は本当にユーモアもある奴なんです」

 しかし案の定、そのような白々しい言葉にバルザ殿が心を動かされた様子はなかった。 
 ただ一言、「そうですか」と言って、次の話題に映った。

 バルザはまだ私とプラーヌスが友人であることに疑念を感じているのか、こんなことを質問してきた。

 「ところでシャグラン殿でしたね、あなたとこの塔の主はどこでお知り合いになられたのですか?」

 「ああ、それはですね。えーと、確か、あれ?」 

 私は一瞬、健忘症に陥ったかのように頭の中が真っ白になった。
 この塔に来る以前の、プラーヌスと過ごした記憶が全く思い出せなくなったのだ。

 「えーと・・・、それは」

 もしかしたら高名なるバルザ殿との会話で舞い上がって、緊張しているせいかもしれない。
 もう既に一杯のコーヒーを飲み終えるのに充分な時間を過ごしたけど、それでもまだ私はバルザ殿の何とも言えない偉大なオーラに飲まれている。

 「ああ、そうだった!」

 ようやく頭の中が整理出来て、ホッとため息を吐きながら言った。

 「一度、プラーヌスに命を助けられたことがあったんです。僕は肖像画家なんですが、風景を描くのも好きで、美しい風景を求めて遠くまでで歩くことがしばしばありました。そんなとき絵を描くのに夢中になってしまい、帰りの時間も計算に入れず日暮れまで描いていることもあって、それで帰り道、ある森の中で取り囲まれたことがあるんですよ、盗賊たちに」

 「城壁の外はどこでも物騒です。私の国でもそういう事件が頻繁に起きていました」

 「僕もまあ、その有り触れた事件の被害者になりかけた訳です。しかも自分の不注意が招いた事態。あのときは本当に死ぬのを覚悟しました。奴隷として売られるならまだましだ。しかしそこを偶然通りかかったのがプラーヌスでした。私は間一髪のところで助けられたんです」

 「なるほど、彼には恩義もあるのですね」

 「そうですね、しかし彼は決してその恩を着せるような男でもありません。まあ、確かに強引なところはありますが、そういうところにつけ込んだりはしませんよ」

 「そうですか」

 バルザ殿自身は私のプラーヌス評価に同意出来ないと感じているかもしれないが、私がプラーヌスに抱く友情は充分に共感出来るといった表情で頷いてくれた。

 「実は父は宝石店を営んでいて、僕が幼い頃、魔法使い見習いの少年に殺されたんです。だから僕も魔法使い全般に良い印象はありませんでした。恨んでいたと言っても過言じゃありません。だけどそんな偏見を覆してくれたのも彼でした」

 「亡き父上にお悔やみ申し上げます」

 バルザ殿はそう言って短い祈りを捧げてくれた。
 騎士団団長にそのようなことをされるなんて、亡き父もきっと喜んでいるであろう。

 「それでこの事件をきっかけにプラーヌスと出会い、それから・・・、あれ、えーと、それからどうやって仲良くなったんだっけ・・・、えーと」

 また頭の中が真っ白になった。
 さっきのように上手く思い出せないとか、そんな感じではなくて、まるで読み進めていた本のページが突然白紙になったかのように、頭の中が真っ白になったのだ。

 「どうなされたのですか?」

 慌てる私に、バルザ殿がいぶかしげに尋ねてきた。

 「いえ、どうしてだかプラーヌスのこととなると、記憶があやふやになることがありまして・・・」

 これまでも時折、そういうことを感じることはあった。
 プラーヌスの存在が私の人生の中で上手く収まっていかない。
 極端な言い方をすれば、そういうことを感じたことがあったのだ。

 しかし別に私の記憶の機能が狂っているようではなさそうだ。他の記憶はしっかり思い出せる。母のこと、父のこと、姉のこと、他の友人のこと。
 だけどその記憶と、プラーヌスの存在が関連していかない。

 私は首を傾げながらバルザ殿に言った。

 「また後で思い出せたら説明したいと思いますが、とにかくプラーヌスとはいつのまにか、このように仲良くなったんですよ」

 だってこれ以上、思い出そうとしたら、頭がどうにかなってしまいそうなのだ。混乱から逃げるように、私は笑いで誤魔化しながら言った。

 「記憶の妙な混乱ですか?」

 バルザがふと真剣な面持ちでそう尋ねてきた。

 「は、はい、記憶の妙な混乱、まさにそんな感じですね」

 その記憶の混乱が、何か実生活に悪影響を及ぼすということはない。
 だからこれまではさして真剣にそれに向き合うことはなかった。しかし簡単に見過ごせないくらいに、不気味な事実であることは確かであろう。

 「私も最近、それを感じていますよ」

 混乱している私を憐れんでくれたのか、バルザ殿がそう言ってきた。

 「そ、そうですか? そういうことって誰でもありますよね。良かった、そんな歳でもないのに、何だか自分の頭が駄目になってしまったのかと思って焦りましたよ」

 「私もある人物のことが、よく思い出せなくなるときがあるのです」

 いや、ただ私を憐れんだのではなさそうだ。
 バルザ殿自身も当事者としか思えないほど、深刻な面持ちでそう言ってきたのだ。

 「もしかしたら私はあなた以上に重傷かもしれない。どんなに記憶を辿って思い出せないことがある・・・。いや、しかしこのことについてあまり他言するようなことではございません。聞き流して下され」

 「はあ・・・」

 バルザ殿は私に何かを打ち明けようとしたが、ふと我に返ったように口を噤んでしまった。
 そんな態度を取られると、今さっき言おうとなされていたことが何なのか気になって仕方ないが、バルザ殿はさっと席を立ち上がり言ってきた。

 「あなたと話せて楽しかったです。またいつかこういう機会を是非設けていただきたい」

 「そ、それはこちらのセリフです。僕のほうこそバルザ殿と話せるのを楽しみにしていました。それがこんなに早く叶えられて本当に嬉しかったです。実際、こうやって話せたバルザ殿は聞き知った噂よりもずっと素敵なお人柄、感動余りあります」

 「私は運が良いのかもしれませんね、こんな場所であっても、こうやって素敵な出会いに恵まれるのですから」

 それでは失礼します。

 極端なくらい背筋を伸ばして、曲げた右手を胸に当てる、正式な騎士の挨拶をしてバルザ殿は部屋を出ていかれた。
 私は恐れ多くて、どうやってその礼に応えていいかわからず、卑屈な商人のように何度も頭を下げるだけであった。
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