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シーズン1 魔法使いの塔
第六章 7)バルザ出陣
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私は医務室にフローリアを運んでいった。
他の患者を診察していた老医師だったが、倒れたフローリアを見て呆れたように言った。
「だから言わないことじゃない。しばらく寝ておけと言ったのに」
「患者がそう言っても、何が何でも止めるのが医師の仕事じゃないのですか?」
私は苛立ちながら言い返した。
「なかなか頑固な女なのじゃ。言ってわからないのなら、身をもって知るしかない。これで懲りて、しばらく安静にしているだろ」
「だけども・・・」
私は昨日と同じベッドにフローリアを横たえた。そしてこの老医師にまだ何か文句を言ってやろうと思った。
しかしそれをグッと堪えてこう尋ねる。
「とりあえず、回復に向かっていることは事実なんですね?」
「ああ、この女にはわしの理解を超えた生命力を持っておる。もう少し寝ておれば、すぐに良くなるだろう」
「はあ」
いつでも飛び跳ねるように歩くアビュならともかく、こんなか弱そうな女性が、「理解を超えた生命力を持っている」なんて言われても今一つピンと来ないが、確かに昨日のフローリアの様態と比べると見間違えるように回復していることは事実だろう。
今は光が消えたように眠っているとはいえ、さっき廊下で働いていたフローリアは到底病み上がりには見えなかったのだから。
「まあ、とにかく次に目覚めたら呼んで下さい。彼女の部屋を用意しておきます。そこに移しても問題ないですよね?」
「ああ、このベッドは彼女専用ではないから、助かる」
私は早速部屋の準備に取り掛かろうと医務室を出た。
それと同時に鐘の音が鳴り出した。
確か蛮族襲来の音だ。
遂に来た。
私はそのまま走って中央の塔の見張り台に向かった。
バルザ殿がこの塔に来て初めての蛮族襲来である。
まだ大した準備も出来ていないのかもしれないが、私はその戦い振りを見てみたかった。
見張り台には、既にたくさんの召使いが集まっていた。
彼らの内のどれだけがバルザ殿の高名を知っていたのかはわからないが、少なくとも有名な騎士がこの塔の門番を勤めたという噂は伝わっているようで、私と同じような好奇心に動かされ、高みの見物にやってきたようだ。
バルザ殿と、彼が率いる部隊は、塔の前に既に展開されていた。
私はバルザ殿が率いる兵の数を一人ずつ数えていったのだけど、あっという間に数え終えてしまった。
その数、僅か三十人だ。
それに反して、この塔にやってくる蛮族は百を超える。
確かにプラーヌスは、一人で蛮族百人を相手にして涼しい顔をしている。
しかしそれは彼が魔法使いだからだ。
一方、バルザ殿とその部下たちの武器は蛮族と同じ弓と槍。
少し装備は豪華かもしれないが、物理的には敵と同じ。
しかもその三十人の兵は、プラーヌスが街で適当に雇っただけの傭兵である。
いや、傭兵と呼ぶのも勿体ない。私が会ったときの印象では、ただの街のゴロツキ。
しかし私のその心配は杞憂だった。
バルザ殿率いるその部隊の動きは、蛮族の動きとは質が違ったのだ。
蛮族たちはそのときどきの、間近にある攻撃対象にすぐに心を奪われ、各自バラバラに攻撃をしているだけなのだけど、バルザ殿の兵は一つに集まったり、あるいはときに散開したりと、その動きに統制が取れているのだ。
まあ、私はそもそも兵士であったことはないし、戦いそのものには無知だからよくわからない部分もある。
偉そうな説明出来る分際ではない。
だけどそんな私でも、バルザ殿の部隊の統制の取れた戦い振りは、一目で見て取れた。
それに実際、次々と蛮族たちが倒れていくのだから間違いないだろう。
おそらく、バルザ殿は自らをあえて危険に晒し、囮として敵を引きつけていた。
蛮族がバルザ殿に気を取られたところを、残りの兵が攻撃する。そういう作戦だと思う。
最初はその連携が上手くいかない場面も見られたが、実戦ならではの緊張感からか、あるいは死を前にしての緊迫感がそうさせるのか、バルザの兵の戦いは徐々にまとまりを見せていった。
戦いも中盤に差し掛かり始めると、まるで兵たちはバルザ殿の手足のように動くようになっていったのだ。
そして何より驚くべきなのは、バルザ殿の強さだった。
槍を一振りするだけで、無数の蛮族の首が飛んでいくのである。
まるで巨人と子供のケンカのようだった。
バルザ殿の動きには何一つ無駄がなく、わずかな動きだけで相手の攻撃を避け、逆に彼の攻撃は全て相手に致命的なダメージを与えている。
そんな指揮官に率いられているのだ。兵たちが彼に全幅の信頼を寄せるようになるのも不思議ではない。
もしかしたら戦闘が始まる前まで、傭兵たちはバルザ殿のことをさほど信頼していなかったのかもしれない。
しかし戦いが終わった頃には、彼らは偉大な神を崇めるようにして、バルザ殿を見上げていた。
他の患者を診察していた老医師だったが、倒れたフローリアを見て呆れたように言った。
「だから言わないことじゃない。しばらく寝ておけと言ったのに」
「患者がそう言っても、何が何でも止めるのが医師の仕事じゃないのですか?」
私は苛立ちながら言い返した。
「なかなか頑固な女なのじゃ。言ってわからないのなら、身をもって知るしかない。これで懲りて、しばらく安静にしているだろ」
「だけども・・・」
私は昨日と同じベッドにフローリアを横たえた。そしてこの老医師にまだ何か文句を言ってやろうと思った。
しかしそれをグッと堪えてこう尋ねる。
「とりあえず、回復に向かっていることは事実なんですね?」
「ああ、この女にはわしの理解を超えた生命力を持っておる。もう少し寝ておれば、すぐに良くなるだろう」
「はあ」
いつでも飛び跳ねるように歩くアビュならともかく、こんなか弱そうな女性が、「理解を超えた生命力を持っている」なんて言われても今一つピンと来ないが、確かに昨日のフローリアの様態と比べると見間違えるように回復していることは事実だろう。
今は光が消えたように眠っているとはいえ、さっき廊下で働いていたフローリアは到底病み上がりには見えなかったのだから。
「まあ、とにかく次に目覚めたら呼んで下さい。彼女の部屋を用意しておきます。そこに移しても問題ないですよね?」
「ああ、このベッドは彼女専用ではないから、助かる」
私は早速部屋の準備に取り掛かろうと医務室を出た。
それと同時に鐘の音が鳴り出した。
確か蛮族襲来の音だ。
遂に来た。
私はそのまま走って中央の塔の見張り台に向かった。
バルザ殿がこの塔に来て初めての蛮族襲来である。
まだ大した準備も出来ていないのかもしれないが、私はその戦い振りを見てみたかった。
見張り台には、既にたくさんの召使いが集まっていた。
彼らの内のどれだけがバルザ殿の高名を知っていたのかはわからないが、少なくとも有名な騎士がこの塔の門番を勤めたという噂は伝わっているようで、私と同じような好奇心に動かされ、高みの見物にやってきたようだ。
バルザ殿と、彼が率いる部隊は、塔の前に既に展開されていた。
私はバルザ殿が率いる兵の数を一人ずつ数えていったのだけど、あっという間に数え終えてしまった。
その数、僅か三十人だ。
それに反して、この塔にやってくる蛮族は百を超える。
確かにプラーヌスは、一人で蛮族百人を相手にして涼しい顔をしている。
しかしそれは彼が魔法使いだからだ。
一方、バルザ殿とその部下たちの武器は蛮族と同じ弓と槍。
少し装備は豪華かもしれないが、物理的には敵と同じ。
しかもその三十人の兵は、プラーヌスが街で適当に雇っただけの傭兵である。
いや、傭兵と呼ぶのも勿体ない。私が会ったときの印象では、ただの街のゴロツキ。
しかし私のその心配は杞憂だった。
バルザ殿率いるその部隊の動きは、蛮族の動きとは質が違ったのだ。
蛮族たちはそのときどきの、間近にある攻撃対象にすぐに心を奪われ、各自バラバラに攻撃をしているだけなのだけど、バルザ殿の兵は一つに集まったり、あるいはときに散開したりと、その動きに統制が取れているのだ。
まあ、私はそもそも兵士であったことはないし、戦いそのものには無知だからよくわからない部分もある。
偉そうな説明出来る分際ではない。
だけどそんな私でも、バルザ殿の部隊の統制の取れた戦い振りは、一目で見て取れた。
それに実際、次々と蛮族たちが倒れていくのだから間違いないだろう。
おそらく、バルザ殿は自らをあえて危険に晒し、囮として敵を引きつけていた。
蛮族がバルザ殿に気を取られたところを、残りの兵が攻撃する。そういう作戦だと思う。
最初はその連携が上手くいかない場面も見られたが、実戦ならではの緊張感からか、あるいは死を前にしての緊迫感がそうさせるのか、バルザの兵の戦いは徐々にまとまりを見せていった。
戦いも中盤に差し掛かり始めると、まるで兵たちはバルザ殿の手足のように動くようになっていったのだ。
そして何より驚くべきなのは、バルザ殿の強さだった。
槍を一振りするだけで、無数の蛮族の首が飛んでいくのである。
まるで巨人と子供のケンカのようだった。
バルザ殿の動きには何一つ無駄がなく、わずかな動きだけで相手の攻撃を避け、逆に彼の攻撃は全て相手に致命的なダメージを与えている。
そんな指揮官に率いられているのだ。兵たちが彼に全幅の信頼を寄せるようになるのも不思議ではない。
もしかしたら戦闘が始まる前まで、傭兵たちはバルザ殿のことをさほど信頼していなかったのかもしれない。
しかし戦いが終わった頃には、彼らは偉大な神を崇めるようにして、バルザ殿を見上げていた。
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