私の邪悪な魔法使いの友人

ロキ

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シーズン1 魔法使いの塔

第五章 4)バルザの章4

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 馬車は闇の中を走り続けるが、いつまでも外は夜だった。
 とうに夜明けが来ていてもおかしくないくらい時間は経っているはずなのに、いや、それどころか夜が明け、そしてまた日が沈んでいてもおかしくないぐらいなのに、外は変わることなく闇であり続けた。

 バルザは自分の時間の感覚が狂っていることが不快だった。
 それに今、馬車がどの方角に向かって走っているのかも検討がつかない。

 忍耐強いバルザも、この状況に苛立ちが募り始めていた。
 ずっと座り続けて腰も痛い。どこに連れて行かれようとしているのか、その不安も限界に達しつつある。

 バルザは膝もとに置いた剣に手を掛けた。
 運転席で馬車を操っている、先程の小汚いの若い男に問い詰める必要があるようだ。
 運転席と、バルザが座る客室は壁で隔てられている。しかし彼の能力を持ってすれば、走っている馬車であっても運転席に乗り移るのは容易なこと。

 そのとき突然、馬車が止まった。
 そしてすぐに先程の若者が馬車の扉を開け、外に出るように言ってきた。

 バルザは彼の言う通り外に出る。
 馬車は暗い森の中に止まっていた。

 着いたのかと聞くと若者は首を振り、バルザにパンと飲み物を渡してきた。休憩ですよ。

 「休憩? まだ馬車は走るのか?」

 「もうすぐです。どうぞお食べ下さい」

 食欲はなかったから飲み物にだけ口をつけた。甘草が入った冷たい水だ。まるで今さっき、泉から汲んで来たような。

 若者も空腹だったのか、むさぼるようにパンを食べていた。
 硬そうなパンだ。大麦かライ麦のパンだろう。

 若者は倒れた丸太の上に座ってパンを食べながら、バルザを不躾な視線でじっと眺めてきた。
 バルザも静かに睨み返す。
 それでも若者はバルザから視線を逸らさなかった。
 礼儀もなく、教養もないようであるが、度胸だけはある若者のようだ。バルザをこのような視線で見る者はいない。

 そうかと思うと突然、その若者は騎士の典範について質問してきた。
 騎士は一度忠誠を誓った相手を裏切ることはないのかとか、騎士は一度愛した女性を生涯愛し続けるのかとか、典範を破った騎士はどうなるのかとか、騎士でなくなった騎士はいったい何者なのかとか。

 バルザは呆れる思いだった。むしろ数々の質問を抱えているのはこちらのほうだと。

 妻は無事なのか? 
 なぜいつまで夜が明けないのか? 

 だからバルザはその男からの質問に答えずに、逆に若者にその問いを投げ返した。

 「無事です。塔におられます」

 どうせ質問に答えはしないだろうと思っていたら、若者ははっきりとそう答えてきた。

 「塔だと?」

 「はい、塔です。それと、どうしていつまでも夜が明けないのかというと、それは馬車が近道を通っているからだそうです」

 「近道?」

 「近道、すなわち遠回りの反対ですよ。ところで騎士様、僕は質問に答えたのだから、騎士様も僕の質問にお答え下さいよ」

 若者はニヤニヤと笑いながらそう言う。
 汚い粗末なローブを頭からかぶっていて、顔の半分以上は隠れている。
 しかしその話し方や仕草などから、まともな教育を受けられなかった下賤な者だということは容易に想像出来る。
 何者かに、おそらく邪悪な魔法使いなのであろうが、金で雇われ、汚い仕事に力を貸しているのであろう。

 「わかった」

 しかしバルザはそんな相手にも誠実に対処することにする。

 「君の質問に答えることにしよう。騎士は決して裏切らない。主君も、妻も、臣民の期待も。典範を破った騎士は、もはや騎士でなくなる。一度でも破れば、これまで築いてきた名誉も誇りも全て失う。審問会で騎士の資格を剥奪されるのは当然のこと。もしかして君がこうやって騎士について詳しく聞きたがるのは、このような汚い仕事から足を洗って騎士になりたいからか? だったら私が力になろう。騎士には簡単になれないが、君はまだまだ若いようだ。どうにか努力次第で道は開けるもの」

 「誠実なお答と、僕の将来に対するご心配、感謝いたします。でも僕は大きな夢を叶えたばかりなので、その誘いは遠慮しておきます。そんなことより騎士様、確か騎士はどんな苦境に陥っても、自ら死を選ぶことは出来ないんですよね」

 「ああ、もちろんだ、自死は悪だ。典範によって絶対的に禁じられている」

 バルザは答えた。

 「それと騎士は自ら騎士を辞めることも出来ない。騎士の資格を剥奪出来るのはあくまで審問会のみですよね?」

 「その通りだ」

 「だったら例えばこんな場合はどうなるんですか? 騎士の典範の誓いを破ってしまったのに、ある理由で騎士の資格は剥奪されず、屈辱の中で生きざる得なくなったが、騎士ゆえに自殺も許されない。このような状況に陥った騎士は?」

 「君の言っている意味が私にはわからないな。そのような状況になるわけがないのだから。騎士は典範を破ったことを認識したとき、自ら審問会に出向くもの。それが出来ない者は騎士ではない」

 「しかし審問会に出向ける状況ではなかったら? それまでは自ら死を選ぶことは出来ないということですよね?」

 「確かにその通りだ。しかしもし戦に敗れ、敵国の虜囚になったとしても、敵国が我々と同じルヌーヴォの神を信奉しているのなら、そのようなことはしない。敵国にも騎士はいるのだから、騎士に辱めを与えはしない」

 「では異教徒の国では?」

 「たとえ異教徒でも、こちらが正々堂々と戦えば、向こうも礼儀を尽くすもの。君の心配は杞憂に過ぎないだろう」

 「そうですか。ではそんな状況は滅多に起こることはないということですか。とりあえずわかりました。僕は考え過ぎだったみたいですね」

 若者は笑みを浮かべてそう言った。「ではもうそろそろ出発してもよろしいでしょうか? あと少しで塔に到着します」
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