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 私は一度会社を辞めている。前の会社は、勤めて一年足らずで辞めてしまった。辞める事になったのは、ちょっとしたトラブルが原因だった。今勤めているのは二つ目の会社。

 前の会社でのトラブルは、アルコール絡みだった。

 けっして自分が悪いわけではないのだけれど、私が誘惑したも同然なのかもしれない。あんなトラブルは二度とこりごりだ。

「そうよ。注意してよね。また、サラの助けを借りたくないでしょ?」

 マキの言葉に、過去を反省する。

 あの時、トラブルに巻き込まれた私。私に群がり憔悴しきった男たちを前に、姉のサラはニヤニヤと笑いを浮かべながら、腕を組んで立っていた。

 そして、男たちの中心で呆然としている私にこう言った。

「ほら、やっぱり。言わんこっちゃない」

 その日の出来事は、その後で全てを姉たちが揉み消してくれた。

 ついでに私の記憶も……。

 その日の記憶を殆ど覚えていないのは、よっぽど嫌な記憶だったんだろう。

 マキの作ってくれたカクテルは既に半分ほどになっている。私は残りを一気にのどに流し込んだ。

「あらあら。飲んでもいいけど、ほどほどに」

 マキの言葉に、なぜか感情が込み上げてきた。職場の同僚は、何かと仕事あがりに飲みたがる。なんで誘うんだ。妙な怒りが爆発する。

「あいつら毎回誘ってくるの。飲み会だって? バカじゃないの?」

「ただ飲むってわけでもないでしょ。それ以上の価値とか目的とかがあるのかもよ?」

「そんなことない。そんな野心みたいなのがあるんなら、目的の相手とサシで飲めばいい」

 私はお代わりをねだるように、グラスを差し出して突っ伏した。

「良い意見だ。まったく最近の若者には、溢れるような野心がない」

 カウンターの端にいた年配の男性が、グラスを片手に私の隣に近寄ってきた。

「あ、三谷ちゃん。この子はお店の子じゃ……」

「いいよ。マキ」

 私は、男性を止めようとしたマキを制止する。

 三谷? 聞いたことある名前……。ああ、あの大手IT企業のCEOだ。サラの妹だとも知らずに、私に声をかけてきた? まあ、この店の会員ってことは、そういう系の人ってことよね?

「今晩の相手に、私を選んだの?」

 その男性を前に、自分でもびっくりするような言葉が出た。

 男性は私の問いに答えるでもなく、いきなり唇を重ねてきた。

 アルコールの入った私は、少し理性が飛んでいた。それにも増して、姉の店にいるという安心感が、私の羽目を外させた……。

 ……。

 気が付くと男性は、酔いつぶれたようにカウンターに突っ伏していた。

 目の前に男性が手にしていたグラスが倒れている。マキが倒れたグラスから流れ出た液体と氷をふき取っているのをぼんやりと眺める。

「三谷ちゃんお疲れね。いつもなら、サラと一晩一緒にいても平気なのに」

 マキの言葉に、カウンターに肘をついて頭を抱える。

「……何やってんだろ……、私……」

 息を切らせながら、吐き捨てるように呟く。酔いが回ってまだ焦点も合わない。

「だいじょうぶ? 三谷ちゃん、年のくせに見境ないから」
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