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第三章 忌み人は闇と踊る
忌み人は闇と踊る(10)
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凜――。
透明で涼し気な音色が杏子のスマートフォンから響き渡り、あたしたちは動きを止めました。
「……奴からか?」
「ええ。そうです」
スクリーンをじっと見つめたまま硬い表情で頷くと、他の三人にも見えるように円城寺さんはガラステーブルの中央に手の中のスマートフォンを置きます。覗き込むとそこには――。
『 やっとみつけた。ほんとうにくろうした。
そんなばしょにいただなんて、ほんとうにわるいこ。
きついおしおきがひつようだ。かくごするといい。
ああ、わたしはかなしい。あなたがけがれてしまったことが 』
それを目にしても平然としている白兎さんは、もうすでに今まで届いたメッセージの全てを確認済みなのでしょう。だから、普段と変わらないようにあたしの目には映るのでしょう。
でも、少なくともあたしは初めてだったのです。
だからこそ、スクリーンの向こう側にいるであろうストーカーの抱える異常性、どす黒い『心の闇』にうっかり触れてしまった気がして、全身の産毛が総毛立つ思いで震え出します。
「糞っ! 今まさに、この近辺にいるってことじゃねえか……! こうなったら――!」
あたしが抱いたものとは別の『怒り』という感情が蛭谷さんの身体をあたし以上に揺り動かし震わせたのでしょう。ですが、テーブルに拳を叩きつけ立ち上がった彼を白兎さんが制しました。
「おい、頼むから落ち着け。こいつは怒ってる。下手に刺激すれば何をしでかすか――」
「あぁん? 刺激するな、だと!? てめぇ正気か!?」
「ああ、少なくともお前よりはな」
蛭谷さんに胸倉を掴み上げられたままの態勢で、白兎さんは努めて冷静に言い放ちます。
「こっちは向こうの素性をまるで知らない。けどな? 向こうは彼女がここにいることを知っているし、今まさに『視ている』に違いない。そこから血相変えたお前みたいな物騒な連中が、群れをなして一斉に飛び出して来てみろ。それこそ火に油を注ぐようなモンだ。違うか?」
「ちっ………………! 糞っ!」
すっかり頭に血が昇って激昂していた蛭谷さんでしたが、白兎さんの言葉が示す意味はすぐにも理解できたようです。腹立たし気に白兎さんの身体を解放すると、どさり、と座りました。その震えの止まらない背中に優しく手を添える円城寺さんに向けて白兎さんはこう告げます。
「どうも今までのメッセージとは内容が異なっている、そうは思わないか? 最後の一文だ」
「『けがれてしまった』、その部分のことでしょうか?」
「そうだ」
白兎さんは乱れた襟元を正しもせず、膝の上に肘をついて口元を覆うようにして考えを巡らせます。
「……俺は今まで送られてきたメッセージ、全てに目を通した。そこから受けた強い印象は、こいつは君を『神の如く崇拝している』だった。これまでの奴ならば、君に憧れを抱き賞賛することはあっても、憎んだり蔑んだりはしなかった、決して。しかし今は、裏切られて失望している」
「そしてあたしを憎んでしまった、そういうことですね」
「あの……ち、ちょっと場違いかもな質問、いいです?」
あたしは凄く気になってしまったんです。
気になるとどうしようもない性質なんです。
白兎さんが無言で頷いたのを見て、恐る恐る問いかけます。
「なんでこの人は、ひらがなだけで送ってくるんですかね? 逆に面倒じゃありません?」
「ま、パソコンだろうがスマホだろうが、最近は優秀な変換機能が備わっていて、簡単で便利だからな。だが、そこから奴の特徴や隠された意図を汲み取ることができる。聞きたいか?」
答えるまでもないじゃないですか。こくこくと頷き返すと、白兎さんはまるで預言者か何かのように目を閉じ、思考を深く巡らすように眉根を寄せながら途切れ途切れに語り始めました。
「一つは……文章の特徴を消すためだ。文字変換の癖……文体……そういった特徴を意図的に消そうとしているように思える。だが……それより気になるのは、文末の方だ。正直これだけでは、奴が男か女か……判別しづらい。どっちとも取れる書き方をわざと……しているんだ」
「確かにそうですね。なるほど」
「もう一つ、こっちの方は俺の単なる『勘』だが――」
そこで白兎さんはぱちと目を開き、テーブルの上のスマートフォンを取り上げ見つめます。
「奴は……奴の精神は実年齢より幼い。ずっと過去のまま……記憶の中にある一点に留まったままで、そこから成長していないんじゃないか、そう思えてならない。何処かで時が止まっている……止まったままなんだ。そこから抜け出せない……いや、出たくないのかもしれない」
「おいおい。いかにももっともらしい御高察だがな? 何でてめぇにそんなことが分かる?」
「そ、それは――だな――」
初めてだったかもしれません。
動揺をあらわにして言い淀む白兎さんを見たのは。
頼りなげに虚空を彷徨う視線が瞬間あたしの驚き丸くなった目を捉えたその直後、白兎さんはいつもの皮肉めいた微笑を口端に貼り付かせると、お道化た仕草で首を竦めてみせました。
「だ――だからはじめに言ったろ? 単なる『勘』だってな。何となくって奴さ、何となく」
「けっ。胡散臭え。これだから自称・探偵とか抜かす連中は、心底いけ好かねえんだよ……」
「強面のお兄さんから『好き』とか『愛してる』とか言われた方がむしろ身の危険を感じる」
「てめぇ……!」
「おいおい、俺はノーマルだぞ?」
んっ――――――おほんっ!
「「……すみません」」
再び円城寺さんが咳払いを一つしたので、二人の低レベルな争いはあっさり休戦。
おぅ、これこれっ!
この鋭くも美しい氷の視線です!
うっひょおぉおおおおお!
ご褒美タイムキター!
見えない圧力に屈したかのように白兎さんがのろのろとスマートフォンをテーブルの上に戻すと、円城寺さんはそれを見つめたまま、長く重苦しい溜息と共に尋ねました。
「また……待つしかないのでしょうか? 今までのように?」
「いいや。そろそろ仕掛ける。都合良く味方も揃ったからな」
な? と白兎さんに気安く頷きかけられ、たちまち訝し気に眉を顰めるのは蛭谷さん。
「こっちの有利な場所に上手く誘導しておびき出し、現れた奴を囲い込んで追い詰め、一気に正体を暴いてやる。多少無理筋な戦法じゃあるが、こっちの頭数が揃えば実現は可能だ」
「協力しろ、そういう訳だな?」
「ん? するだろ、もちろん?」
邪気の無い顔で即答された蛭谷さんは、口端に笑みを貼り付かせやれやれと首を振りました。
「そりゃあするさ。だがよ……? その作戦とやらは、おじょ――代行に危険は無ぇのか?」
「彼女には、奴をおびき出す生餌になってもらわなけりゃならないからな。ゼロじゃあない」
しばしの沈黙ののち、蛭谷さんはむっつりと呟きます。
「……気に入らねえ」
「だが、他の方法じゃ奴は動かない。それにだ、彼女を危険な目に遭わせないための保険があんたたちだろ? なあ蛭谷、あんたの命令で何人動かせる? 信頼できるカタギの人間でだ」
白兎さんの言う『カタギ』とは、現在このホテルで働いている元・組員の方々も含むのでしょう。
蛭谷さんは神妙な面持ちで目を伏せしばし思いを巡らすと、開いて白兎さんを見てこう言いました。
「………………十二人。それで足りるか?」
「充分だ。じゃあ早速作戦会議といこう」
透明で涼し気な音色が杏子のスマートフォンから響き渡り、あたしたちは動きを止めました。
「……奴からか?」
「ええ。そうです」
スクリーンをじっと見つめたまま硬い表情で頷くと、他の三人にも見えるように円城寺さんはガラステーブルの中央に手の中のスマートフォンを置きます。覗き込むとそこには――。
『 やっとみつけた。ほんとうにくろうした。
そんなばしょにいただなんて、ほんとうにわるいこ。
きついおしおきがひつようだ。かくごするといい。
ああ、わたしはかなしい。あなたがけがれてしまったことが 』
それを目にしても平然としている白兎さんは、もうすでに今まで届いたメッセージの全てを確認済みなのでしょう。だから、普段と変わらないようにあたしの目には映るのでしょう。
でも、少なくともあたしは初めてだったのです。
だからこそ、スクリーンの向こう側にいるであろうストーカーの抱える異常性、どす黒い『心の闇』にうっかり触れてしまった気がして、全身の産毛が総毛立つ思いで震え出します。
「糞っ! 今まさに、この近辺にいるってことじゃねえか……! こうなったら――!」
あたしが抱いたものとは別の『怒り』という感情が蛭谷さんの身体をあたし以上に揺り動かし震わせたのでしょう。ですが、テーブルに拳を叩きつけ立ち上がった彼を白兎さんが制しました。
「おい、頼むから落ち着け。こいつは怒ってる。下手に刺激すれば何をしでかすか――」
「あぁん? 刺激するな、だと!? てめぇ正気か!?」
「ああ、少なくともお前よりはな」
蛭谷さんに胸倉を掴み上げられたままの態勢で、白兎さんは努めて冷静に言い放ちます。
「こっちは向こうの素性をまるで知らない。けどな? 向こうは彼女がここにいることを知っているし、今まさに『視ている』に違いない。そこから血相変えたお前みたいな物騒な連中が、群れをなして一斉に飛び出して来てみろ。それこそ火に油を注ぐようなモンだ。違うか?」
「ちっ………………! 糞っ!」
すっかり頭に血が昇って激昂していた蛭谷さんでしたが、白兎さんの言葉が示す意味はすぐにも理解できたようです。腹立たし気に白兎さんの身体を解放すると、どさり、と座りました。その震えの止まらない背中に優しく手を添える円城寺さんに向けて白兎さんはこう告げます。
「どうも今までのメッセージとは内容が異なっている、そうは思わないか? 最後の一文だ」
「『けがれてしまった』、その部分のことでしょうか?」
「そうだ」
白兎さんは乱れた襟元を正しもせず、膝の上に肘をついて口元を覆うようにして考えを巡らせます。
「……俺は今まで送られてきたメッセージ、全てに目を通した。そこから受けた強い印象は、こいつは君を『神の如く崇拝している』だった。これまでの奴ならば、君に憧れを抱き賞賛することはあっても、憎んだり蔑んだりはしなかった、決して。しかし今は、裏切られて失望している」
「そしてあたしを憎んでしまった、そういうことですね」
「あの……ち、ちょっと場違いかもな質問、いいです?」
あたしは凄く気になってしまったんです。
気になるとどうしようもない性質なんです。
白兎さんが無言で頷いたのを見て、恐る恐る問いかけます。
「なんでこの人は、ひらがなだけで送ってくるんですかね? 逆に面倒じゃありません?」
「ま、パソコンだろうがスマホだろうが、最近は優秀な変換機能が備わっていて、簡単で便利だからな。だが、そこから奴の特徴や隠された意図を汲み取ることができる。聞きたいか?」
答えるまでもないじゃないですか。こくこくと頷き返すと、白兎さんはまるで預言者か何かのように目を閉じ、思考を深く巡らすように眉根を寄せながら途切れ途切れに語り始めました。
「一つは……文章の特徴を消すためだ。文字変換の癖……文体……そういった特徴を意図的に消そうとしているように思える。だが……それより気になるのは、文末の方だ。正直これだけでは、奴が男か女か……判別しづらい。どっちとも取れる書き方をわざと……しているんだ」
「確かにそうですね。なるほど」
「もう一つ、こっちの方は俺の単なる『勘』だが――」
そこで白兎さんはぱちと目を開き、テーブルの上のスマートフォンを取り上げ見つめます。
「奴は……奴の精神は実年齢より幼い。ずっと過去のまま……記憶の中にある一点に留まったままで、そこから成長していないんじゃないか、そう思えてならない。何処かで時が止まっている……止まったままなんだ。そこから抜け出せない……いや、出たくないのかもしれない」
「おいおい。いかにももっともらしい御高察だがな? 何でてめぇにそんなことが分かる?」
「そ、それは――だな――」
初めてだったかもしれません。
動揺をあらわにして言い淀む白兎さんを見たのは。
頼りなげに虚空を彷徨う視線が瞬間あたしの驚き丸くなった目を捉えたその直後、白兎さんはいつもの皮肉めいた微笑を口端に貼り付かせると、お道化た仕草で首を竦めてみせました。
「だ――だからはじめに言ったろ? 単なる『勘』だってな。何となくって奴さ、何となく」
「けっ。胡散臭え。これだから自称・探偵とか抜かす連中は、心底いけ好かねえんだよ……」
「強面のお兄さんから『好き』とか『愛してる』とか言われた方がむしろ身の危険を感じる」
「てめぇ……!」
「おいおい、俺はノーマルだぞ?」
んっ――――――おほんっ!
「「……すみません」」
再び円城寺さんが咳払いを一つしたので、二人の低レベルな争いはあっさり休戦。
おぅ、これこれっ!
この鋭くも美しい氷の視線です!
うっひょおぉおおおおお!
ご褒美タイムキター!
見えない圧力に屈したかのように白兎さんがのろのろとスマートフォンをテーブルの上に戻すと、円城寺さんはそれを見つめたまま、長く重苦しい溜息と共に尋ねました。
「また……待つしかないのでしょうか? 今までのように?」
「いいや。そろそろ仕掛ける。都合良く味方も揃ったからな」
な? と白兎さんに気安く頷きかけられ、たちまち訝し気に眉を顰めるのは蛭谷さん。
「こっちの有利な場所に上手く誘導しておびき出し、現れた奴を囲い込んで追い詰め、一気に正体を暴いてやる。多少無理筋な戦法じゃあるが、こっちの頭数が揃えば実現は可能だ」
「協力しろ、そういう訳だな?」
「ん? するだろ、もちろん?」
邪気の無い顔で即答された蛭谷さんは、口端に笑みを貼り付かせやれやれと首を振りました。
「そりゃあするさ。だがよ……? その作戦とやらは、おじょ――代行に危険は無ぇのか?」
「彼女には、奴をおびき出す生餌になってもらわなけりゃならないからな。ゼロじゃあない」
しばしの沈黙ののち、蛭谷さんはむっつりと呟きます。
「……気に入らねえ」
「だが、他の方法じゃ奴は動かない。それにだ、彼女を危険な目に遭わせないための保険があんたたちだろ? なあ蛭谷、あんたの命令で何人動かせる? 信頼できるカタギの人間でだ」
白兎さんの言う『カタギ』とは、現在このホテルで働いている元・組員の方々も含むのでしょう。
蛭谷さんは神妙な面持ちで目を伏せしばし思いを巡らすと、開いて白兎さんを見てこう言いました。
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