世界を動かすものは、ほかならぬ百合である。

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

文字の大きさ
上 下
13 / 55
第一章 溜息は少女を殺す

溜息は少女を殺す(13)

しおりを挟む
「はぁ……」



 大変な一日でした。



 思えばこの、何気ない『溜息』が事件の発端だったのです。そう考えたら、思わず口をついて出たあたしのこの『溜息』だって、何かのきっかけになってしまうのかもしれませんよね。



 ……ないでしょうけど。
 こんな時間まで帰ってこないことを心配もされない、公私ともに底辺女子のあたしですし。



「はぁ……」



 それにしても、五十嵐さんが学院に戻ってきた時、あたしはどんな顔で接したら良いのでしょう。ううむ……困った。困りました。

 何と言っても相手は校内ランキング(二年生限定)一〇位以内確定の『選ばれし者』なのです。もちろん仲良くしたい。いや、ジャパニーズ・DOGEZAも辞さないくらい、時も手段も選ばず仲良くさせていただければ、これ幸い、なのですが。



(――あたし、死んじゃおうかなって思ったの)

 ああ、貴女の可愛らしい唇からその台詞がまろびでたその瞬間、あたしは震えたのです。



 耐え難い嫌悪感に。
 底知れぬ恐怖に。

 確かにあの時、あたしの目の前には身の毛もよだつ醜悪な怪物の『影』が見えたのです。

(綺麗な白百合の園を掻き分けて進んだ、その先に――)

 悔しいけれど、認めたくなかったけれど、確かに貴方あなたが言ったとおりだったのでしょう。





 四十九院つるしいん白兎はくと――誰が呼んだか、その二つ名は『行動する名探偵』。






 不思議な人でした。

 何が不思議って、このあたしが、この一風変わった嗜好を持つこのあたしが、あれだけ間近で接しても一切嫌悪感を抱かなかった男性。それははじめてと言って良いほどの体験でした。

 その理由は何となく分かっています。

 彼のその面影に、その所作の一つ一つに、双子の姉である『四十九院つるしいん安里寿ありす』というとびきり極上の、まるで万人の理想を具現化したかのような完璧な女性の残滓ざんしを感じたからに他ならないのです。あんな素敵な女性がこの世に存在するなんて思いませんでした。夢幻かと思ったほどです。










 え……?
 ちょっと……待ってください……?

 刹那、あたしの脳裏に、前触れもなく何か小さな棘のようなものが引っかかりました。










 あの『四十九院安里寿』は、果たして実在する人物なのでしょうか?










 ええ、実に馬鹿げた考えです。そうですとも。あたし自身だってそう思いますよ?

 でも――。
 仮にそうだと考えたら、理屈が通るんです。





(みゃあはあの人のペットだから――)

 美弥みやさんは確かに『あの人』と言ったのです。
 『あの人たち』とは言わなかったのです。





(早速弟と交代するわね――)

 安里寿さんは確かに『交代する』と言ったのです。
『呼んでくる』とは言わなかったのです。





(商売柄、変装は得意でね――)

 確かに白兎さんはそう言いました。
 そして病院に行った際、交渉役を押し付けられた美弥さんが文句を言った時にも。

(ここじゃあ用意も準備もできないんだから――)

 もし、用意と準備が出来ていたとしたら?





 そして、極めつけは思わず発したあの台詞――。





(今の俺は安里寿じゃねえ――)





 その瞬間、あたしは大急ぎで来た方向へと踵を返していたのです。





 ◆ ◆ ◆





 こん、こん。
 がちゃり。





 ノックの音も消えないうちに開かれたドアの向こう側に立っていたのは。

「あら? 祥子ちゃん、どうしたの? 忘れ物でもしちゃった?」
「あの安里寿さん……あたし……分かってしまったんです」
「そ――」



 あたしの真剣な瞳をじっと見つめたかと思うと、やがて安里寿さんは薄い微笑みを浮かべながらわずかに肩を落としました。あたしはそのまま促されるように事務所の中へと歩み入り、ソファーにそっと腰を降ろします。



「一応、聞かせてもらおうかしら――あなたの推理って奴を。いいでしょ?」
「はい」

 向かい合うように座った絶世の美女、誰もが憧れ、夢描く理想の女性像を具現化した彼女の瞳を刺すような鋭い視線で睨み据え、あたしは声も高らかにこう宣言したのです。





「あなた……四十九院安里寿という人物は、本当はこの世に存在していないんです!」





 しかし――。





『動かざる名探偵』こと四十九院安里寿は、小悪魔めいた微笑を浮かべてこう答えたのでした。

「……あら残念、不正解ね。あたしは誰かがそう望む限り、こうして確かに存在していなければいけないのよ。その秘密を知るには、あなたはまだ早いわ。出直していらっしゃい――」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。 目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。 そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。 これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。 壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。 illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

処理中です...