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第一章 溜息は少女を殺す
溜息は少女を殺す(13)
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「はぁ……」
大変な一日でした。
思えばこの、何気ない『溜息』が事件の発端だったのです。そう考えたら、思わず口をついて出たあたしのこの『溜息』だって、何かのきっかけになってしまうのかもしれませんよね。
……ないでしょうけど。
こんな時間まで帰ってこないことを心配もされない、公私ともに底辺女子のあたしですし。
「はぁ……」
それにしても、五十嵐さんが学院に戻ってきた時、あたしはどんな顔で接したら良いのでしょう。ううむ……困った。困りました。
何と言っても相手は校内ランキング(二年生限定)一〇位以内確定の『選ばれし者』なのです。もちろん仲良くしたい。いや、ジャパニーズ・DOGEZAも辞さないくらい、時も手段も選ばず仲良くさせていただければ、これ幸い、なのですが。
(――あたし、死んじゃおうかなって思ったの)
ああ、貴女の可愛らしい唇からその台詞がまろびでたその瞬間、あたしは震えたのです。
耐え難い嫌悪感に。
底知れぬ恐怖に。
確かにあの時、あたしの目の前には身の毛もよだつ醜悪な怪物の『影』が見えたのです。
(綺麗な白百合の園を掻き分けて進んだ、その先に――)
悔しいけれど、認めたくなかったけれど、確かに貴方が言ったとおりだったのでしょう。
四十九院白兎――誰が呼んだか、その二つ名は『行動する名探偵』。
不思議な人でした。
何が不思議って、このあたしが、この一風変わった嗜好を持つこのあたしが、あれだけ間近で接しても一切嫌悪感を抱かなかった男性。それははじめてと言って良いほどの体験でした。
その理由は何となく分かっています。
彼のその面影に、その所作の一つ一つに、双子の姉である『四十九院安里寿』というとびきり極上の、まるで万人の理想を具現化したかのような完璧な女性の残滓を感じたからに他ならないのです。あんな素敵な女性がこの世に存在するなんて思いませんでした。夢幻かと思ったほどです。
え……?
ちょっと……待ってください……?
刹那、あたしの脳裏に、前触れもなく何か小さな棘のようなものが引っかかりました。
あの『四十九院安里寿』は、果たして実在する人物なのでしょうか?
ええ、実に馬鹿げた考えです。そうですとも。あたし自身だってそう思いますよ?
でも――。
仮にそうだと考えたら、理屈が通るんです。
(みゃあはあの人のペットだから――)
美弥さんは確かに『あの人』と言ったのです。
『あの人たち』とは言わなかったのです。
(早速弟と交代するわね――)
安里寿さんは確かに『交代する』と言ったのです。
『呼んでくる』とは言わなかったのです。
(商売柄、変装は得意でね――)
確かに白兎さんはそう言いました。
そして病院に行った際、交渉役を押し付けられた美弥さんが文句を言った時にも。
(ここじゃあ用意も準備もできないんだから――)
もし、用意と準備が出来ていたとしたら?
そして、極めつけは思わず発したあの台詞――。
(今の俺は安里寿じゃねえ――)
その瞬間、あたしは大急ぎで来た方向へと踵を返していたのです。
◆ ◆ ◆
こん、こん。
がちゃり。
ノックの音も消えないうちに開かれたドアの向こう側に立っていたのは。
「あら? 祥子ちゃん、どうしたの? 忘れ物でもしちゃった?」
「あの安里寿さん……あたし……分かってしまったんです」
「そ――」
あたしの真剣な瞳をじっと見つめたかと思うと、やがて安里寿さんは薄い微笑みを浮かべながらわずかに肩を落としました。あたしはそのまま促されるように事務所の中へと歩み入り、ソファーにそっと腰を降ろします。
「一応、聞かせてもらおうかしら――あなたの推理って奴を。いいでしょ?」
「はい」
向かい合うように座った絶世の美女、誰もが憧れ、夢描く理想の女性像を具現化した彼女の瞳を刺すような鋭い視線で睨み据え、あたしは声も高らかにこう宣言したのです。
「あなた……四十九院安里寿という人物は、本当はこの世に存在していないんです!」
しかし――。
『動かざる名探偵』こと四十九院安里寿は、小悪魔めいた微笑を浮かべてこう答えたのでした。
「……あら残念、不正解ね。あたしは誰かがそう望む限り、こうして確かに存在していなければいけないのよ。その秘密を知るには、あなたはまだ早いわ。出直していらっしゃい――」
大変な一日でした。
思えばこの、何気ない『溜息』が事件の発端だったのです。そう考えたら、思わず口をついて出たあたしのこの『溜息』だって、何かのきっかけになってしまうのかもしれませんよね。
……ないでしょうけど。
こんな時間まで帰ってこないことを心配もされない、公私ともに底辺女子のあたしですし。
「はぁ……」
それにしても、五十嵐さんが学院に戻ってきた時、あたしはどんな顔で接したら良いのでしょう。ううむ……困った。困りました。
何と言っても相手は校内ランキング(二年生限定)一〇位以内確定の『選ばれし者』なのです。もちろん仲良くしたい。いや、ジャパニーズ・DOGEZAも辞さないくらい、時も手段も選ばず仲良くさせていただければ、これ幸い、なのですが。
(――あたし、死んじゃおうかなって思ったの)
ああ、貴女の可愛らしい唇からその台詞がまろびでたその瞬間、あたしは震えたのです。
耐え難い嫌悪感に。
底知れぬ恐怖に。
確かにあの時、あたしの目の前には身の毛もよだつ醜悪な怪物の『影』が見えたのです。
(綺麗な白百合の園を掻き分けて進んだ、その先に――)
悔しいけれど、認めたくなかったけれど、確かに貴方が言ったとおりだったのでしょう。
四十九院白兎――誰が呼んだか、その二つ名は『行動する名探偵』。
不思議な人でした。
何が不思議って、このあたしが、この一風変わった嗜好を持つこのあたしが、あれだけ間近で接しても一切嫌悪感を抱かなかった男性。それははじめてと言って良いほどの体験でした。
その理由は何となく分かっています。
彼のその面影に、その所作の一つ一つに、双子の姉である『四十九院安里寿』というとびきり極上の、まるで万人の理想を具現化したかのような完璧な女性の残滓を感じたからに他ならないのです。あんな素敵な女性がこの世に存在するなんて思いませんでした。夢幻かと思ったほどです。
え……?
ちょっと……待ってください……?
刹那、あたしの脳裏に、前触れもなく何か小さな棘のようなものが引っかかりました。
あの『四十九院安里寿』は、果たして実在する人物なのでしょうか?
ええ、実に馬鹿げた考えです。そうですとも。あたし自身だってそう思いますよ?
でも――。
仮にそうだと考えたら、理屈が通るんです。
(みゃあはあの人のペットだから――)
美弥さんは確かに『あの人』と言ったのです。
『あの人たち』とは言わなかったのです。
(早速弟と交代するわね――)
安里寿さんは確かに『交代する』と言ったのです。
『呼んでくる』とは言わなかったのです。
(商売柄、変装は得意でね――)
確かに白兎さんはそう言いました。
そして病院に行った際、交渉役を押し付けられた美弥さんが文句を言った時にも。
(ここじゃあ用意も準備もできないんだから――)
もし、用意と準備が出来ていたとしたら?
そして、極めつけは思わず発したあの台詞――。
(今の俺は安里寿じゃねえ――)
その瞬間、あたしは大急ぎで来た方向へと踵を返していたのです。
◆ ◆ ◆
こん、こん。
がちゃり。
ノックの音も消えないうちに開かれたドアの向こう側に立っていたのは。
「あら? 祥子ちゃん、どうしたの? 忘れ物でもしちゃった?」
「あの安里寿さん……あたし……分かってしまったんです」
「そ――」
あたしの真剣な瞳をじっと見つめたかと思うと、やがて安里寿さんは薄い微笑みを浮かべながらわずかに肩を落としました。あたしはそのまま促されるように事務所の中へと歩み入り、ソファーにそっと腰を降ろします。
「一応、聞かせてもらおうかしら――あなたの推理って奴を。いいでしょ?」
「はい」
向かい合うように座った絶世の美女、誰もが憧れ、夢描く理想の女性像を具現化した彼女の瞳を刺すような鋭い視線で睨み据え、あたしは声も高らかにこう宣言したのです。
「あなた……四十九院安里寿という人物は、本当はこの世に存在していないんです!」
しかし――。
『動かざる名探偵』こと四十九院安里寿は、小悪魔めいた微笑を浮かべてこう答えたのでした。
「……あら残念、不正解ね。あたしは誰かがそう望む限り、こうして確かに存在していなければいけないのよ。その秘密を知るには、あなたはまだ早いわ。出直していらっしゃい――」
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