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第524話 ミナツキ包囲作戦(後篇) at 1996/3/30
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『ジジッ……こちら、ハカセ。こちら、ハカセ。カウントダウン後、一六〇〇の信号発信を実施します。各自カウント合わせ。……3……2……1……ゼロ。………………各自、受信待機』
朝からしっとりと地面を濡らしていた嫌な霧雨も十五時を過ぎる頃には止み、どんよりとした鈍色の空が広がっていた。日没まではあと二時間ほどあるのだろうか、それでもほの暗い。
『ターゲットからの通信を受け取ったメンバー、おりましたらハカセまで報告願います――』
五十嵐君と水無月さんが設計して、技術工作部にお願いして作成したこの缶ペンケース型トランシーバは、当時の標準的な性能のため、同時通話はできない。なので、おのおの持ち場についたメンバーは、きっと今度こそ誰かからの報告があるはず、と期待をする。
が――。
『……今回も受信報告ありません。次は一六三〇に信号発信を実施します。それまで待機――』
ダメか――。
思わず、ふーっ、とため息が漏れ出た。
この作戦のきっかけになった小山田のハナシによれば、小山田のトランシーバーに水無月さん――コトセからの通信が入ったのは、15:30頃だったらしい。
(つまり、どういう状況かは別にして、その時間にツッキーの意識が途切れた、ということだ)
コトセは言っていた――琴世がなんらかの要因で意識を手放すことがあれば、カラダの主導権を握れる――と。たとえばそれは睡眠時であったり、あまり考えたくはないが、失神・気絶といったよくない状態ということなのだろう。時間的に眠ったのだとは考えにくいが、なにせ今日で失踪してから十一日目だ。体力的にも精神的にも限界であろうことは想像に難くない。
――ミーミーミー。
左手の中の銀色の缶ペンケースからブザーが鳴り響いた。僕は耳を寄せる。
『ジジッ……こちら、シブチン。ねえ、モリケン? 大丈夫かな、見つかるかな、ツッキー?』
「……なんでお前が僕たち専用のチャンネルを知ってるのか、くわしく聞こうか」
『あのね……? 僕らももらってるんだから、ちょっと考えたら予想つくでしょ』
「ははは。そりゃそうか」
チャンネル数には限りがあるし、順番に割り振られているので余計にわかりやすい。
「……ツッキーは必ず見つける。僕たちのために。パパのために。そして、ツッキーのために」
『あ――あのさ?』
「ん?」
『僕はね? モリケンのこと、一番の親友だと思ってるんだ。かけがえのない、大切な、ね?』
「な、なんだよ、突然……気味悪いな」
『今言っておかないと、二度と伝えられないような気がしたんだ。……ははは、おかしいよね』
しばし僕は黙り込んで、うす雲の向こうで頼りなく輝く太陽を見上げた――零れないように。
それから、ぐじ、と拳で目元をぬぐい、こうこたえる。
「……僕もだ。シブチン、お前がいてくれて、本当によかった。本当に、本当にありがとうな」
『うん。……じゃあ、また』
ははっ、と笑い、きっとあいつがいるであろう方向を眺め、そして僕はそっとつぶやく。
「……じゃあまたな、シブチン。この次に会えるのは、四〇歳になった時かもしれないな――」
明日になれば――。
明日になればきっと。
僕らはこの時間、この愛しい世界から、元いた『現実』に戻らなければならない。
――その時だった。
ちらり、ちらり――天空からゆっくりと、ワルツを踊るように真っ白な雪が舞い降りてくる。
「三月末に降る雪か……。どうやら向こうも本気ってことらしいね。アイツが……来る……!」
朝からしっとりと地面を濡らしていた嫌な霧雨も十五時を過ぎる頃には止み、どんよりとした鈍色の空が広がっていた。日没まではあと二時間ほどあるのだろうか、それでもほの暗い。
『ターゲットからの通信を受け取ったメンバー、おりましたらハカセまで報告願います――』
五十嵐君と水無月さんが設計して、技術工作部にお願いして作成したこの缶ペンケース型トランシーバは、当時の標準的な性能のため、同時通話はできない。なので、おのおの持ち場についたメンバーは、きっと今度こそ誰かからの報告があるはず、と期待をする。
が――。
『……今回も受信報告ありません。次は一六三〇に信号発信を実施します。それまで待機――』
ダメか――。
思わず、ふーっ、とため息が漏れ出た。
この作戦のきっかけになった小山田のハナシによれば、小山田のトランシーバーに水無月さん――コトセからの通信が入ったのは、15:30頃だったらしい。
(つまり、どういう状況かは別にして、その時間にツッキーの意識が途切れた、ということだ)
コトセは言っていた――琴世がなんらかの要因で意識を手放すことがあれば、カラダの主導権を握れる――と。たとえばそれは睡眠時であったり、あまり考えたくはないが、失神・気絶といったよくない状態ということなのだろう。時間的に眠ったのだとは考えにくいが、なにせ今日で失踪してから十一日目だ。体力的にも精神的にも限界であろうことは想像に難くない。
――ミーミーミー。
左手の中の銀色の缶ペンケースからブザーが鳴り響いた。僕は耳を寄せる。
『ジジッ……こちら、シブチン。ねえ、モリケン? 大丈夫かな、見つかるかな、ツッキー?』
「……なんでお前が僕たち専用のチャンネルを知ってるのか、くわしく聞こうか」
『あのね……? 僕らももらってるんだから、ちょっと考えたら予想つくでしょ』
「ははは。そりゃそうか」
チャンネル数には限りがあるし、順番に割り振られているので余計にわかりやすい。
「……ツッキーは必ず見つける。僕たちのために。パパのために。そして、ツッキーのために」
『あ――あのさ?』
「ん?」
『僕はね? モリケンのこと、一番の親友だと思ってるんだ。かけがえのない、大切な、ね?』
「な、なんだよ、突然……気味悪いな」
『今言っておかないと、二度と伝えられないような気がしたんだ。……ははは、おかしいよね』
しばし僕は黙り込んで、うす雲の向こうで頼りなく輝く太陽を見上げた――零れないように。
それから、ぐじ、と拳で目元をぬぐい、こうこたえる。
「……僕もだ。シブチン、お前がいてくれて、本当によかった。本当に、本当にありがとうな」
『うん。……じゃあ、また』
ははっ、と笑い、きっとあいつがいるであろう方向を眺め、そして僕はそっとつぶやく。
「……じゃあまたな、シブチン。この次に会えるのは、四〇歳になった時かもしれないな――」
明日になれば――。
明日になればきっと。
僕らはこの時間、この愛しい世界から、元いた『現実』に戻らなければならない。
――その時だった。
ちらり、ちらり――天空からゆっくりと、ワルツを踊るように真っ白な雪が舞い降りてくる。
「三月末に降る雪か……。どうやら向こうも本気ってことらしいね。アイツが……来る……!」
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