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第511話 僕のカノジョに手を出すな(3) at 1996/3/17
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「おっと。……お楽しみ中のところ悪いんだがね? そろそろタイムリミットのようだぞ?」
警備員が大塚ひとりだけのワケはなかった。
似たようながっちりした体格の警備員が三人、そしておそらく講師だろう、その中でも腕に多少なりと覚えのある二人が防音室の入り口をしきりに叩いていた。スペアキーは――警備員のひとりが腰に下げたキーケースに手をかける。慌てすぎて、頭に血が昇りすぎていてもたついているようだったが、もう時間の問題だろう。
「このあとはどうするつもりだね、少年?」
大塚は僕らをかばうように両腕を大きく広げ、ゆっくりと入り口から離れながら尋ねる。彼に問いかけられてようやく気づいた。自分のあまりの計画性のなさに。
えっと――と口を開く。
「健太――古ノ森健太です。正直に言うと、ごめんなさいして警察に自首するつもりでした」
「はは、最後までいい覚悟だ。……けどな? 青春ってそんなもンで終わっていいのかい?」
「へ……? それってどういう――!?」
むしろとまどったのは僕の方だった。
そんな僕らを振り返って、大塚は笑ってこう続けた。
「いいんだぜ、無責任で。いいんだぜ、めちゃくちゃでさ? オトナぶってカッコつけたって、何もその手に残らなければ、何もできなかったのと一緒だ。そんなの嫌じゃないか? なあ?」
「え……?」
「もっと無茶したっていいんじゃないか? もっと無謀でいいんじゃないかね? 君たちは若い。まだ子どもでオトナなのが君たちだ。タンカ切ってオサラバしたんだ、なら逃げちまえ!」
思わず僕と純美子は目を丸くして見つめあった。
それからつい、ぷっ、とふき出してしまった。
「じゃあ、そうしますね!」
ぱぁあ、と大輪の花が咲き綻んだかのように純美子は満面の笑みを浮かべ、そして告げる。
「浜田山センセイ、今までお世話になりました。センセイが後悔するくらい、とびきりステキでカッコいい、立派な声優になってみせます! その時が来るのを楽しみにしててください!」
「う……っ」
「センセイ、スミちゃんは――僕のカノジョは、とんでもなく負けず嫌いで、一度口にしたことは何がなんでもやりとげる、この世でサイコーの女の子なんですよ! もちろんこの僕もね」
「うう……っ」
そして僕らは再び見つめあうと、しっかりとお互いの手を握り締めてうなずいた。
「行こう!」「うん!」
駆け出そうとする僕らに、警備員の大塚が一本の真鍮製のカギを投げてきた。顎でしゃくる。
「その裏口のカギだ。気をつけていけ。そして、夢を叶えろ! 二度とその手は離すなよ!!」
「ありがとう……でも、どうしてこんな……?」
「俺もな……ガキの頃、ヒーローに憧れててな――」
大塚は振り返らなかった。
ただ油断なく前を見据えたまま続ける。
「けれど、夢を追いかけるのに疲れ果てて、中途半端に妥協して、諦めて諦めて、ついに挫折した結果が今の仕事だ。けど、一度くらいなってみてもいいんじゃないか、そう思っただけさ」
「大塚さ――」
「行けっ!!」
そのひと言が最後まで僕たちをつないでいた細い未練の糸を断ち切った。僕と純美子は、無言の礼を大きな背中に送ると、追手が殺到する防音室の入り口とは反対側にあるドアを目指す。
「ねぇ、スミちゃん! ここを無事脱出したらさ、どこに行こうか!?」
「そんなこと考えてないよっ! 一緒なら――一緒ならどこにだって!」
――ガチャリ!
「わかった! ……じゃあさ、ホワイトデーのやり直しをしにいこう! 最高にハッピーな!」
警備員が大塚ひとりだけのワケはなかった。
似たようながっちりした体格の警備員が三人、そしておそらく講師だろう、その中でも腕に多少なりと覚えのある二人が防音室の入り口をしきりに叩いていた。スペアキーは――警備員のひとりが腰に下げたキーケースに手をかける。慌てすぎて、頭に血が昇りすぎていてもたついているようだったが、もう時間の問題だろう。
「このあとはどうするつもりだね、少年?」
大塚は僕らをかばうように両腕を大きく広げ、ゆっくりと入り口から離れながら尋ねる。彼に問いかけられてようやく気づいた。自分のあまりの計画性のなさに。
えっと――と口を開く。
「健太――古ノ森健太です。正直に言うと、ごめんなさいして警察に自首するつもりでした」
「はは、最後までいい覚悟だ。……けどな? 青春ってそんなもンで終わっていいのかい?」
「へ……? それってどういう――!?」
むしろとまどったのは僕の方だった。
そんな僕らを振り返って、大塚は笑ってこう続けた。
「いいんだぜ、無責任で。いいんだぜ、めちゃくちゃでさ? オトナぶってカッコつけたって、何もその手に残らなければ、何もできなかったのと一緒だ。そんなの嫌じゃないか? なあ?」
「え……?」
「もっと無茶したっていいんじゃないか? もっと無謀でいいんじゃないかね? 君たちは若い。まだ子どもでオトナなのが君たちだ。タンカ切ってオサラバしたんだ、なら逃げちまえ!」
思わず僕と純美子は目を丸くして見つめあった。
それからつい、ぷっ、とふき出してしまった。
「じゃあ、そうしますね!」
ぱぁあ、と大輪の花が咲き綻んだかのように純美子は満面の笑みを浮かべ、そして告げる。
「浜田山センセイ、今までお世話になりました。センセイが後悔するくらい、とびきりステキでカッコいい、立派な声優になってみせます! その時が来るのを楽しみにしててください!」
「う……っ」
「センセイ、スミちゃんは――僕のカノジョは、とんでもなく負けず嫌いで、一度口にしたことは何がなんでもやりとげる、この世でサイコーの女の子なんですよ! もちろんこの僕もね」
「うう……っ」
そして僕らは再び見つめあうと、しっかりとお互いの手を握り締めてうなずいた。
「行こう!」「うん!」
駆け出そうとする僕らに、警備員の大塚が一本の真鍮製のカギを投げてきた。顎でしゃくる。
「その裏口のカギだ。気をつけていけ。そして、夢を叶えろ! 二度とその手は離すなよ!!」
「ありがとう……でも、どうしてこんな……?」
「俺もな……ガキの頃、ヒーローに憧れててな――」
大塚は振り返らなかった。
ただ油断なく前を見据えたまま続ける。
「けれど、夢を追いかけるのに疲れ果てて、中途半端に妥協して、諦めて諦めて、ついに挫折した結果が今の仕事だ。けど、一度くらいなってみてもいいんじゃないか、そう思っただけさ」
「大塚さ――」
「行けっ!!」
そのひと言が最後まで僕たちをつないでいた細い未練の糸を断ち切った。僕と純美子は、無言の礼を大きな背中に送ると、追手が殺到する防音室の入り口とは反対側にあるドアを目指す。
「ねぇ、スミちゃん! ここを無事脱出したらさ、どこに行こうか!?」
「そんなこと考えてないよっ! 一緒なら――一緒ならどこにだって!」
――ガチャリ!
「わかった! ……じゃあさ、ホワイトデーのやり直しをしにいこう! 最高にハッピーな!」
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