上 下
513 / 539

第511話 僕のカノジョに手を出すな(3) at 1996/3/17

しおりを挟む
「おっと。……お楽しみ中のところ悪いんだがね? そろそろタイムリミットのようだぞ?」


 警備員が大塚ひとりだけのワケはなかった。

 似たようながっちりした体格の警備員が三人、そしておそらく講師だろう、その中でも腕に多少なりと覚えのある二人が防音室の入り口をしきりに叩いていた。スペアキーは――警備員のひとりが腰に下げたキーケースに手をかける。慌てすぎて、頭に血が昇りすぎていてもたついているようだったが、もう時間の問題だろう。


「このあとはどうするつもりだね、少年?」


 大塚は僕らをかばうように両腕を大きく広げ、ゆっくりと入り口から離れながら尋ねる。彼に問いかけられてようやく気づいた。自分のあまりの計画性のなさに。

 えっと――と口を開く。


「健太――古ノ森健太です。正直に言うと、ごめんなさいして警察に自首するつもりでした」

「はは、最後までいい覚悟だ。……けどな? 青春ってそんなもンで終わっていいのかい?」

「へ……? それってどういう――!?」


 むしろとまどったのは僕の方だった。
 そんな僕らを振り返って、大塚は笑ってこう続けた。


「いいんだぜ、無責任で。いいんだぜ、めちゃくちゃでさ? オトナぶってカッコつけたって、何もその手に残らなければ、何もできなかったのと一緒だ。そんなの嫌じゃないか? なあ?」

「え……?」

「もっと無茶したっていいんじゃないか? もっと無謀でいいんじゃないかね? 君たちは若い。まだ子どもでオトナなのが君たちだ。タンカ切ってオサラバしたんだ、なら逃げちまえ!」


 思わず僕と純美子は目を丸くして見つめあった。
 それからつい、ぷっ、とふき出してしまった。


「じゃあ、そうしますね!」


 ぱぁあ、と大輪の花が咲き綻んだかのように純美子は満面の笑みを浮かべ、そして告げる。


「浜田山センセイ、今までお世話になりました。センセイが後悔するくらい、とびきりステキでカッコいい、立派な声優になってみせます! その時が来るのを楽しみにしててください!」

「う……っ」

「センセイ、スミちゃんは――僕のカノジョは、とんでもなく負けず嫌いで、一度口にしたことは何がなんでもやりとげる、この世でサイコーの女の子なんですよ! もちろんこの僕もね」

「うう……っ」


 そして僕らは再び見つめあうと、しっかりとお互いの手を握り締めてうなずいた。


「行こう!」「うん!」


 駆け出そうとする僕らに、警備員の大塚が一本の真鍮製のカギを投げてきた。顎でしゃくる。


「その裏口のカギだ。気をつけていけ。そして、夢を叶えろ! 二度とその手は離すなよ!!」

「ありがとう……でも、どうしてこんな……?」

「俺もな……ガキの頃、ヒーローに憧れててな――」


 大塚は振り返らなかった。
 ただ油断なく前を見据えたまま続ける。


「けれど、夢を追いかけるのに疲れ果てて、中途半端に妥協して、諦めて諦めて、ついに挫折した結果が今の仕事だ。けど、一度くらいなってみてもいいんじゃないか、そう思っただけさ」

「大塚さ――」

「行けっ!!」


 そのひと言が最後まで僕たちをつないでいた細い未練の糸を断ち切った。僕と純美子は、無言の礼を大きな背中に送ると、追手が殺到する防音室の入り口とは反対側にあるドアを目指す。


「ねぇ、スミちゃん! ここを無事脱出したらさ、どこに行こうか!?」

「そんなこと考えてないよっ! 一緒なら――一緒ならどこにだって!」



 ――ガチャリ!



「わかった! ……じゃあさ、ホワイトデーのやり直しをしにいこう! 最高にハッピーな!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

バッサリ〜由紀子の決意

S.H.L
青春
バレー部に入部した由紀子が自慢のロングヘアをバッサリ刈り上げる物語

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

人違いで同級生の女子にカンチョーしちゃった男の子の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...