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第478話 ホワイト・サイレント・ナイト(3) at 1996/2/18
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「やれるもンなら――!」
――ざん!
僕の叫びを待たずして、大月大輔の姿は再び雪だまりの中に一瞬でかき消えていた。急いで周囲を見回す――いいや、きっとダメだ。僕には彼の、大月大輔の動きを捉えることなんてそもそも不可能なことなんだ。こんな住宅地から離れた民家もまばらな枯畑ばかりの場所では、『雪の中に潜入して自由に移動できる』彼のチカラは無敵に近い。
くそ――っ!
どうしたら――!
僕はじりじりとロコの逃げて行った方向を背に、少しずつ慎重にあとずさりながら、必死で頭をフル回転させていた。
雪の中を移動――雪――雪のない場所――そうか、それなら――!
「くっ! す、滑るっ!」
思いついた次の瞬間には、僕は腰を落としてチカラをため、飛び上がるようにして背にしていたパイプ状のガードレールに飛び乗った。間一髪、僕がさっきまで立っていた場所をなぎ払うようにゴム質の白くぬめる手が、びゅおっ! と通過する。思わず止めていた息を吐く。
「危なかった……くっ……うぉおおおっ!」
が、わずかに雪をまとった白い塗膜をほどこされたパイプの上は怖ろしいほど滑る。
実のところ、雪単体を固体――氷として考えた場合の摩擦力は決して低くない、どころかむしろ高いくらいなのだ。だが、密度を比較すると、今度は氷よりも水の方が高くなる。つまりどういうことかというと、氷に一定の圧力がかかった際に、そのチカラを逃がそうと氷の一部が水に変化することになる。その水膜を挟むことで摩擦力の急激な低下が起こるというワケだ。
そろそろ日没が近いこともあって気温は徐々に低下するだろうが、とうぶん凍らないだろう。
(スノーボードすらやったことないのに、こんなトリックめいたことできないって……!!)
『ホリィグレイル』に入社する前、僕はフリーランス登録サイトを利用していた。
そこである時請け負ったのが、北海道で活動中のスノーボードチームのオフィシャルサイト制作だった。彼らは『トリック』に並々ならぬこだわりを持っていて、なかでも『手すりを滑る』ことにかけては国内はもちろんのこと、海外にまで広く知られる『隠れた天才たち』だったことを知る。
『「ジブ」って言うんス。で、手すりを滑るのは「レール」って言うんスよ。やってみます?』
気さくな人柄に惹かれて、最終的に彼らのホームグラウンドであるスキー場まで出向いて必要な写真素材を撮影している時に、そう誘われた。そんな軽い調子なら僕にもできるのではないか――ついついそう思ってしまったことを僕は一時間もしないうちに後悔することになった。
(やっぱり彼ら『天才』なんだよなぁ……おっと、そんな思い出にふけってる場合じゃないぞ)
オーバーサイズ気味の長靴が、不安定な足場にぐねぐねとねじ曲がる。バランスをとるだけで精いっぱいだ。慎重に、なるべく急いでガードレールの継ぎ目部分のポールのてっぺんまで歩を進めた。よし、ここなら多少の時間は安定した姿勢を保てそうだ。
『降りて来い、少年……。その瞬間に決着をつけてやる……』
「……嫌だね。予想どおり、ここにいる限り、君は手を出せないみたいだな」
『? ……どうやら何か誤解されているようだが――』
――ごぎん!
金属を岩で殴りつけたような耳ざわりな音が足元から響き渡った。たちまちその激しい振動は僕の足にまで伝わって、がくがく、と頼りなげで危うげなバランスを崩しにかかる。
「く……っ!」
『このとおり、そこに君が居続けることなんてできない。そして、君に直接手を出さないのは、僕が、この僕が、面倒だからというただそれだけの理由でしかない。そう……寒いからね』
(寒い……? 寒いって言ったのか、コイツ……?)
雪の中に潜んでいるのに? 寒い?
それって一体どういうことなんだ――!?
――ざん!
僕の叫びを待たずして、大月大輔の姿は再び雪だまりの中に一瞬でかき消えていた。急いで周囲を見回す――いいや、きっとダメだ。僕には彼の、大月大輔の動きを捉えることなんてそもそも不可能なことなんだ。こんな住宅地から離れた民家もまばらな枯畑ばかりの場所では、『雪の中に潜入して自由に移動できる』彼のチカラは無敵に近い。
くそ――っ!
どうしたら――!
僕はじりじりとロコの逃げて行った方向を背に、少しずつ慎重にあとずさりながら、必死で頭をフル回転させていた。
雪の中を移動――雪――雪のない場所――そうか、それなら――!
「くっ! す、滑るっ!」
思いついた次の瞬間には、僕は腰を落としてチカラをため、飛び上がるようにして背にしていたパイプ状のガードレールに飛び乗った。間一髪、僕がさっきまで立っていた場所をなぎ払うようにゴム質の白くぬめる手が、びゅおっ! と通過する。思わず止めていた息を吐く。
「危なかった……くっ……うぉおおおっ!」
が、わずかに雪をまとった白い塗膜をほどこされたパイプの上は怖ろしいほど滑る。
実のところ、雪単体を固体――氷として考えた場合の摩擦力は決して低くない、どころかむしろ高いくらいなのだ。だが、密度を比較すると、今度は氷よりも水の方が高くなる。つまりどういうことかというと、氷に一定の圧力がかかった際に、そのチカラを逃がそうと氷の一部が水に変化することになる。その水膜を挟むことで摩擦力の急激な低下が起こるというワケだ。
そろそろ日没が近いこともあって気温は徐々に低下するだろうが、とうぶん凍らないだろう。
(スノーボードすらやったことないのに、こんなトリックめいたことできないって……!!)
『ホリィグレイル』に入社する前、僕はフリーランス登録サイトを利用していた。
そこである時請け負ったのが、北海道で活動中のスノーボードチームのオフィシャルサイト制作だった。彼らは『トリック』に並々ならぬこだわりを持っていて、なかでも『手すりを滑る』ことにかけては国内はもちろんのこと、海外にまで広く知られる『隠れた天才たち』だったことを知る。
『「ジブ」って言うんス。で、手すりを滑るのは「レール」って言うんスよ。やってみます?』
気さくな人柄に惹かれて、最終的に彼らのホームグラウンドであるスキー場まで出向いて必要な写真素材を撮影している時に、そう誘われた。そんな軽い調子なら僕にもできるのではないか――ついついそう思ってしまったことを僕は一時間もしないうちに後悔することになった。
(やっぱり彼ら『天才』なんだよなぁ……おっと、そんな思い出にふけってる場合じゃないぞ)
オーバーサイズ気味の長靴が、不安定な足場にぐねぐねとねじ曲がる。バランスをとるだけで精いっぱいだ。慎重に、なるべく急いでガードレールの継ぎ目部分のポールのてっぺんまで歩を進めた。よし、ここなら多少の時間は安定した姿勢を保てそうだ。
『降りて来い、少年……。その瞬間に決着をつけてやる……』
「……嫌だね。予想どおり、ここにいる限り、君は手を出せないみたいだな」
『? ……どうやら何か誤解されているようだが――』
――ごぎん!
金属を岩で殴りつけたような耳ざわりな音が足元から響き渡った。たちまちその激しい振動は僕の足にまで伝わって、がくがく、と頼りなげで危うげなバランスを崩しにかかる。
「く……っ!」
『このとおり、そこに君が居続けることなんてできない。そして、君に直接手を出さないのは、僕が、この僕が、面倒だからというただそれだけの理由でしかない。そう……寒いからね』
(寒い……? 寒いって言ったのか、コイツ……?)
雪の中に潜んでいるのに? 寒い?
それって一体どういうことなんだ――!?
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