465 / 539
第463話 エンドレス・バレンタイン(5) at 1996/2/14
しおりを挟む
「こぉーのぉーもぉーりぃー! つうううかまえええたああー! うひひひひひっ――!!」
「は……ははは。そいつはまだちょっとばかり気が早いと思うけどね」
じくり、と僕の背中に冷えた汗がふき出している。
目の前にいる奇怪な『モノ』は、たしかに見覚えのある少年の面影を残してはいたものの、元々そうであったかのように四肢を、ぺたり、とコンクリート敷きの地面につけたその姿形は、あまりに獣じみているように思えた。
ばかりか、以前に見かけた特攻服の白ズボン以外なにも身につけておらず、代わりに露出した肌を埋め尽くすようにどす赤い染料で奇妙な文様がびっちりと描かれていた。そのひと筆ひと筆ごとのストロークも、絵具ではなくそのまま指で描いたように思える粗野なタッチだ。
その、前衛アートのごとき姿をしたタツヒコだったモノが三日月型に口を開いてこう言った。
「おおおおれはえらえらえらばれたんだ、だだだ『代行者』として! うひひひひひっ――!」
「ひとつ、聞かせてくれ。お前は一体、誰の『代行者』なんだ?」
「――うひ――うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!」
僕の問いを耳にしたタツヒコだったモノは、さもおかしそうに文字どおり笑い転げてみせた。
「――うひ――ばかだおまえええ! うひひひひひ! 『代行者』は『代行者』だよおおお!」
「……馬鹿に馬鹿呼ばわりされるのがこんなに不愉快だとはね」
はぁ、と溜息をついた僕は、しきりに首を右へ左へと傾げ続く言葉を待っているモノに言う。
「いいかい? 君が一体何に騙されたか化かされたかは知らない。……けどね?」
「――うひ?」
「君はただの使いっ走りだ。使い潰されるだけの道具だ。僕は、君のうしろにいるヤツに用がある。残念だけれど、正直に言って君にはもう興味がないんだ。邪魔しないでくれ、頼むよ」
ぎゅうっ――とたん、タツヒコだったモノの表情が醜く歪んだ。少なくとも、僕になめられている、ということだけはわかったらしい。案外正気を保っているのかもしれなかった。
「……このぉおお根暗野郎ぅううー! なにもかもぉーおまえのぉーせいだからなぁー!!」
喉を震わせ空気を震わせ、タツヒコだったモノは吼えた。
そして、じり、じり、と僕に向かってコンクリートの地面を這うようにしてにじりよる。
(コイツ相手にまともな行動が通じるのか……? そもそも僕は喧嘩なんてできない……!)
閑散とした屋上には、身を隠すところはない。もちろん、武器になりそうなものや身を守るものなんてない。あるのは、今出てきたドアと、僕のうしろの方にあるもうひとつの――。
その時だ。
――ミーミーミー!
ブレザーの内ポケットに忍ばせていた銀色の缶ペンケースからブザーが鳴り響いたのだ。
『古ノ森リーダー! ご無事ですか!? こちらハカセです!』
「ハカセ! とりあえず今のところは、ってところだね――!」
僕は外側から缶ペンケースを押さえるようにしてこたえた。それにしても、ハンズフリー機能だなんて、よく思いついたもんだ。これならポケットにしまったままでも通信ができる。
が、僕が話している間に向こうでなにやらもめていたらしい。ごそごそ――としばらくノイズが聴こえたかと思うと、さっきとは違う人物がどこかのんびりとした口調で語りかけてきた。
『古ノ森君? そこから理科室まで「彼」を誘導できますか? いや、やってくれますか?』
「その声は……? もしかして、荻島センセイですね!?」
『――ですよ。……ああ、そうでした。同時通話はできないんでしたねえ。はい、私ですよ』
トランシーバ―の弱点は、発信者と受信者が同時に話すことができないことだ。ただし、トランシーバーならではの長所もある。荻島センセイは続けて歌うように高らかにこう告げた。
『聴こえていますね、「電算研」のみなさん? 古ノ森君のために道を作ってあげましょう!』
「は……ははは。そいつはまだちょっとばかり気が早いと思うけどね」
じくり、と僕の背中に冷えた汗がふき出している。
目の前にいる奇怪な『モノ』は、たしかに見覚えのある少年の面影を残してはいたものの、元々そうであったかのように四肢を、ぺたり、とコンクリート敷きの地面につけたその姿形は、あまりに獣じみているように思えた。
ばかりか、以前に見かけた特攻服の白ズボン以外なにも身につけておらず、代わりに露出した肌を埋め尽くすようにどす赤い染料で奇妙な文様がびっちりと描かれていた。そのひと筆ひと筆ごとのストロークも、絵具ではなくそのまま指で描いたように思える粗野なタッチだ。
その、前衛アートのごとき姿をしたタツヒコだったモノが三日月型に口を開いてこう言った。
「おおおおれはえらえらえらばれたんだ、だだだ『代行者』として! うひひひひひっ――!」
「ひとつ、聞かせてくれ。お前は一体、誰の『代行者』なんだ?」
「――うひ――うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!」
僕の問いを耳にしたタツヒコだったモノは、さもおかしそうに文字どおり笑い転げてみせた。
「――うひ――ばかだおまえええ! うひひひひひ! 『代行者』は『代行者』だよおおお!」
「……馬鹿に馬鹿呼ばわりされるのがこんなに不愉快だとはね」
はぁ、と溜息をついた僕は、しきりに首を右へ左へと傾げ続く言葉を待っているモノに言う。
「いいかい? 君が一体何に騙されたか化かされたかは知らない。……けどね?」
「――うひ?」
「君はただの使いっ走りだ。使い潰されるだけの道具だ。僕は、君のうしろにいるヤツに用がある。残念だけれど、正直に言って君にはもう興味がないんだ。邪魔しないでくれ、頼むよ」
ぎゅうっ――とたん、タツヒコだったモノの表情が醜く歪んだ。少なくとも、僕になめられている、ということだけはわかったらしい。案外正気を保っているのかもしれなかった。
「……このぉおお根暗野郎ぅううー! なにもかもぉーおまえのぉーせいだからなぁー!!」
喉を震わせ空気を震わせ、タツヒコだったモノは吼えた。
そして、じり、じり、と僕に向かってコンクリートの地面を這うようにしてにじりよる。
(コイツ相手にまともな行動が通じるのか……? そもそも僕は喧嘩なんてできない……!)
閑散とした屋上には、身を隠すところはない。もちろん、武器になりそうなものや身を守るものなんてない。あるのは、今出てきたドアと、僕のうしろの方にあるもうひとつの――。
その時だ。
――ミーミーミー!
ブレザーの内ポケットに忍ばせていた銀色の缶ペンケースからブザーが鳴り響いたのだ。
『古ノ森リーダー! ご無事ですか!? こちらハカセです!』
「ハカセ! とりあえず今のところは、ってところだね――!」
僕は外側から缶ペンケースを押さえるようにしてこたえた。それにしても、ハンズフリー機能だなんて、よく思いついたもんだ。これならポケットにしまったままでも通信ができる。
が、僕が話している間に向こうでなにやらもめていたらしい。ごそごそ――としばらくノイズが聴こえたかと思うと、さっきとは違う人物がどこかのんびりとした口調で語りかけてきた。
『古ノ森君? そこから理科室まで「彼」を誘導できますか? いや、やってくれますか?』
「その声は……? もしかして、荻島センセイですね!?」
『――ですよ。……ああ、そうでした。同時通話はできないんでしたねえ。はい、私ですよ』
トランシーバ―の弱点は、発信者と受信者が同時に話すことができないことだ。ただし、トランシーバーならではの長所もある。荻島センセイは続けて歌うように高らかにこう告げた。
『聴こえていますね、「電算研」のみなさん? 古ノ森君のために道を作ってあげましょう!』
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる