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第463話 エンドレス・バレンタイン(5) at 1996/2/14

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「こぉーのぉーもぉーりぃー! つうううかまえええたああー! うひひひひひっ――!!」

「は……ははは。そいつはまだちょっとばかり気が早いと思うけどね」


 じくり、と僕の背中に冷えた汗がふき出している。


 目の前にいる奇怪な『モノ』は、たしかに見覚えのある少年の面影おもかげを残してはいたものの、元々そうであったかのように四肢ししを、ぺたり、とコンクリート敷きの地面につけたその姿形すがたかたちは、あまりに獣じみているように思えた。

 ばかりか、以前に見かけた特攻服の白ズボン以外なにも身につけておらず、代わりに露出した肌を埋め尽くすようにどす赤い染料で奇妙な文様もんようがびっちりと描かれていた。そのひと筆ひと筆ごとのストロークも、絵具ではなくそのまま指で描いたように思える粗野なタッチだ。


 その、前衛アートのごとき姿をしたタツヒコだったモノが三日月型に口を開いてこう言った。


「おおおおれはえらえらえらばれたんだ、だだだ『』として! うひひひひひっ――!」

「ひとつ、聞かせてくれ。お前は一体、誰の『』なんだ?」

「――うひ――うひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっ!!」


 僕の問いを耳にしたタツヒコだったモノは、さもおかしそうに文字どおり笑い転げてみせた。


「――うひ――ばかだおまえええ! うひひひひひ! 『代行者』は『代行者』だよおおお!」

「……馬鹿に馬鹿呼ばわりされるのがこんなに不愉快だとはね」


 はぁ、と溜息をついた僕は、しきりに首を右へ左へとかしげ続く言葉を待っているモノに言う。


「いいかい? 君が一体何にだまされたかかされたかは知らない。……けどね?」

「――うひ?」

「君はただの使いっ走りだ。使い潰されるだけの道具だ。僕は、君のうしろにいるヤツに用がある。残念だけれど、正直に言って君にはもう興味がないんだ。邪魔しないでくれ、頼むよ」


 ぎゅうっ――とたん、タツヒコだったモノの表情がみにくゆがんだ。少なくとも、僕になめられている、ということだけはわかったらしい。案外正気を保っているのかもしれなかった。


「……このぉおお根暗野郎ぅううー! なにもかもぉーおまえのぉーせいだからなぁー!!」


 喉を震わせ空気を震わせ、タツヒコだったモノは吼えた。
 そして、じり、じり、と僕に向かってコンクリートの地面を這うようにしてにじりよる。


(コイツ相手にまともな行動が通じるのか……? そもそも僕は喧嘩なんてできない……!)


 閑散とした屋上には、身を隠すところはない。もちろん、武器になりそうなものや身を守るものなんてない。あるのは、今出てきたドアと、僕のうしろの方にあるもうひとつの――。





 その時だ。





 ――ミーミーミー!
 ブレザーの内ポケットに忍ばせていた銀色の缶ペンケースからブザーが鳴り響いたのだ。



『古ノ森リーダー! ご無事ですか!? こちらハカセです!』

「ハカセ! とりあえず今のところは、ってところだね――!」


 僕は外側から缶ペンケースを押さえるようにしてこたえた。それにしても、ハンズフリー機能だなんて、よく思いついたもんだ。これならポケットにしまったままでも通信ができる。

 が、僕が話している間に向こうでなにやらもめていたらしい。ごそごそ――としばらくノイズが聴こえたかと思うと、さっきとは違う人物がどこかのんびりとした口調で語りかけてきた。


『古ノ森君? そこから理科室まで「」を誘導できますか? いや、やってくれますか?』

「その声は……? もしかして、荻島センセイですね!?」

『――ですよ。……ああ、そうでした。同時通話はできないんでしたねえ。はい、私ですよ』


 トランシーバ―の弱点は、発信者と受信者が同時に話すことができないことだ。ただし、トランシーバーならではの長所もある。荻島センセイは続けて歌うように高らかにこう告げた。


『聴こえていますね、「電算研」のみなさん? 古ノ森君のために道を作ってあげましょう!』


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