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第454話 サニー・デイ・ホリデイ(3) at 1996/2/12
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「うーん、何回乗っても楽しいなぁー」
「あははは。スミちゃんがそんなに電車好きとは知らなかったよ」
「江ノ電だけだよ。この子はトクベツな・の」
事前にフリーパスを買っておいた僕らは再び江ノ電に乗り込み、『鎌倉駅』から二つ先の『由比ヶ浜駅』に降り立っていた。僕らの次なる目的地は『鎌倉文学館』だ。
今降りたばかりの車両を見送り、踏切を渡って山側の方へまっすぐ歩いていく。ときおり大きな蔵のあるお屋敷なんかもあるけれど、このあたりは閑静な住宅街といったカンジだ。そして由比ヶ浜大通りを渡って、さらに山側へ。ゆるやかな坂道を進んで行くと――あった。
「元々ここって、侯爵家の別荘だったんだって」
「それでこんなに庭が広いんだなぁ。ほら、バラ園もあるみたいだよ? ……って、今は冬か」
「キレイなんだろうなぁ! ケンタ君、咲いている時期に、また来ようね! ……ふたりで」
「……だね」
そうこたえながらも、僕はわずかばかりの後ろめたさを感じていた。その時、純美子の隣にいるのは、僕であっても、この『僕』ではないのだから。今の純美子を、いつまでも見ていたい、その時そこにいるはずの僕自身に、この『僕』が嫉妬するのはおかしなハナシだろうか。
古くから鎌倉は文学の町としても知られ、邸内では鎌倉にゆかりある文学者たちにまつわる品々が展示されていた。川端康成、夏目漱石、芥川龍之介、ひとりひとり名を挙げていけばキリがない。そんな彼らの実際の当時の原稿や、手紙、愛用品などを前に、当時を想像してみる。
(彼らが過去じゃなくて、この現代にやってきたとしたら、相当驚くんだろうなぁ、ふふふ)
あなたの作品、映画化されてますよ、とか、今や動物が主人公の漫画やアニメがたくさんありますよ、とか、手首から蜘蛛の糸を出せて自由自在に飛び回るヒーローがいますよ、なんて。
僕らの『リトライ』だって、出版したら大反響を得られるんじゃないだろうか。
戻った時に、このことをすべて覚えていたら、のハナシだけれど。
(まもなく僕は元の時間軸に戻る……その時、僕はこの幸せな日々を忘れてしまうんだろうか)
失くしたくはない。
『電算研』の仲間たち。
小山田や吉川、室生、桃月。せっかく絆を取り戻したのに。
そして――そしてなにより、誰よりも愛しいちょっぴり内気なかわいい女の子。
ぎゅっ――そう思ったら無性に純美子のことを抱きしめたくなってしまった。
「……なあに、ケンタ君?」
「ううん。なんでもないよ」
「もー、甘えん坊さんだなぁ、今日のケンタ君は。いつもの学校の時とは正反対なんだから」
そう言いながら、純美子は胸元でクロスしている僕の腕を解いて振り返ると、正面から僕に抱きついてきた。僕は一度、ふわり、と宙を漂っていた両腕で、もう一度純美子を抱きしめた。
「スキだよ、ケンタ君」
「……僕もさ、ずっと」
どれだけ言葉を尽くしても、この想いは伝わらないのかもしれない。
二十六年――変わることなく、色褪せることのなかったこの想いは。
どこからか、こほん、と軽い咳払いの声が聴こえて、僕らは惜しむように身を引き剥がした。
「……」「……」
でも、指先は離れない。
つないだその手は離れなかった。
僕らはその絆を途切れさせないよう、展示室をあとに、ゆっくりと階段を降りていく。次なる目的地は、高徳院――鎌倉のシンボル、大仏様だったはずだけれど。
「スミちゃん、海、行ってみないか?」
「あははは。スミちゃんがそんなに電車好きとは知らなかったよ」
「江ノ電だけだよ。この子はトクベツな・の」
事前にフリーパスを買っておいた僕らは再び江ノ電に乗り込み、『鎌倉駅』から二つ先の『由比ヶ浜駅』に降り立っていた。僕らの次なる目的地は『鎌倉文学館』だ。
今降りたばかりの車両を見送り、踏切を渡って山側の方へまっすぐ歩いていく。ときおり大きな蔵のあるお屋敷なんかもあるけれど、このあたりは閑静な住宅街といったカンジだ。そして由比ヶ浜大通りを渡って、さらに山側へ。ゆるやかな坂道を進んで行くと――あった。
「元々ここって、侯爵家の別荘だったんだって」
「それでこんなに庭が広いんだなぁ。ほら、バラ園もあるみたいだよ? ……って、今は冬か」
「キレイなんだろうなぁ! ケンタ君、咲いている時期に、また来ようね! ……ふたりで」
「……だね」
そうこたえながらも、僕はわずかばかりの後ろめたさを感じていた。その時、純美子の隣にいるのは、僕であっても、この『僕』ではないのだから。今の純美子を、いつまでも見ていたい、その時そこにいるはずの僕自身に、この『僕』が嫉妬するのはおかしなハナシだろうか。
古くから鎌倉は文学の町としても知られ、邸内では鎌倉にゆかりある文学者たちにまつわる品々が展示されていた。川端康成、夏目漱石、芥川龍之介、ひとりひとり名を挙げていけばキリがない。そんな彼らの実際の当時の原稿や、手紙、愛用品などを前に、当時を想像してみる。
(彼らが過去じゃなくて、この現代にやってきたとしたら、相当驚くんだろうなぁ、ふふふ)
あなたの作品、映画化されてますよ、とか、今や動物が主人公の漫画やアニメがたくさんありますよ、とか、手首から蜘蛛の糸を出せて自由自在に飛び回るヒーローがいますよ、なんて。
僕らの『リトライ』だって、出版したら大反響を得られるんじゃないだろうか。
戻った時に、このことをすべて覚えていたら、のハナシだけれど。
(まもなく僕は元の時間軸に戻る……その時、僕はこの幸せな日々を忘れてしまうんだろうか)
失くしたくはない。
『電算研』の仲間たち。
小山田や吉川、室生、桃月。せっかく絆を取り戻したのに。
そして――そしてなにより、誰よりも愛しいちょっぴり内気なかわいい女の子。
ぎゅっ――そう思ったら無性に純美子のことを抱きしめたくなってしまった。
「……なあに、ケンタ君?」
「ううん。なんでもないよ」
「もー、甘えん坊さんだなぁ、今日のケンタ君は。いつもの学校の時とは正反対なんだから」
そう言いながら、純美子は胸元でクロスしている僕の腕を解いて振り返ると、正面から僕に抱きついてきた。僕は一度、ふわり、と宙を漂っていた両腕で、もう一度純美子を抱きしめた。
「スキだよ、ケンタ君」
「……僕もさ、ずっと」
どれだけ言葉を尽くしても、この想いは伝わらないのかもしれない。
二十六年――変わることなく、色褪せることのなかったこの想いは。
どこからか、こほん、と軽い咳払いの声が聴こえて、僕らは惜しむように身を引き剥がした。
「……」「……」
でも、指先は離れない。
つないだその手は離れなかった。
僕らはその絆を途切れさせないよう、展示室をあとに、ゆっくりと階段を降りていく。次なる目的地は、高徳院――鎌倉のシンボル、大仏様だったはずだけれど。
「スミちゃん、海、行ってみないか?」
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