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第453話 サニー・デイ・ホリデイ(2) at 1996/2/12

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「……まーた、難しい顔してる」


 むにゅり――純美子の人さし指が僕の右の頬にやさしくねじこまれる。


「さてさて、頑張り屋さんで、みんなのヒーローのケンタ君のお悩みごとはなにカナー?」

「ご――ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてただけだって」

「………………大スキなカノジョとのデート中にですかー?」

「うっ……すみません」


 ぷぅ、と子どもっぽい仕草で両手を腰に当てた純美子がふくれてみせる。僕は平謝りするしかない。今は二周目の中学時代のアオハル真っ最中で、後悔を取り戻すための『リトライ中』だってのに。なんでこう、昔のことばっかり思い出して、センチメンタルに浸ってるんだ。


「う・そ。スミ、ちっとも怒ってないからね」


 よほど僕の顔はしょんぼりしているように見えたのだろう。
 純美子の人さし指が、僕のくちびるの端っこを強引に、ぐいっ、と引き上げる。


「そんなことでいちいち怒ってたら、ケンタ君のカノジョやってられないもーん。でしょ?」

「ありがと……っていうか、もっと申し訳ない気持ちになってきたんですが」

「い・ま・さ・ら、だよ? そんなケンタ君だからスキになったんだもーん」


 なんだか今日はやけにスキスキ連発してくる純美子さんである。

 しかしだ。今僕らがいる『鶴岡つるがおか八幡宮はちまんぐう』は、武家社会のまもり神として広く崇敬されてきた。なかでも勝負運・仕事運・出世運ご利益ありと信じられており、時期的に受験生らしき参拝者が多いようだ。

 そんななかで僕らはイチャコラしているわけで。
 ヘイト値の上昇がハンパない。

 今すぐ賽銭箱の前からどくか爆発しろ! という無言の圧力に屈した僕は純美子の手を引く。


「ちょ――ちょーっと場所移動しよっか、スミちゃん?」

「えー? 場所を変えてー……それから何をする気なのカナー?」

「ぶっ! い、いやいやいや! 行こう、うん行こう! 天気がいい鎌倉はサイコーだなー!」


 ダメだ、今すぐ移動しないと境内にいる参拝客全員が暴徒化する……!

 不思議そうな顔つきの純美子と、こそこそと人目を避けるように顔を伏せる僕。ざり、ざり、とたま砂利じゃりを踏み鳴らして次なる目的地へと急ぐ。すっかり葉を散らした大イチョウをくぐり、階段を降りたところで、ふと、僕は気になっていたことを尋ねてみることにした。


「そういえばさ、なんで鎌倉がよかったの、スミちゃん?」


 純美子は、あっ、と小さく声をあげたと思ったら、頬を赤らめて黙り込んだ。
 それから囁く。


「ま、前に来た時にはね? ロコちゃんと……半分こだったでしょ?」

「……ん? うん」

「今日はスミが、ケンタ君を……ひとりじめしたかった……から……」

「………………う、うん、そっか」


 なにこのかわいい生き物。
 萌え死ぬぅううう。

 おかげでふたりしてぽかぽか。真っ赤になった顔も、つないだ手のぬくもりも。あっつい。


 参道の先にある太鼓橋を渡り、道なりに右に折れると、佐倉君が見たがっていた『鎌倉十井じゅっせい』のひとつ、『鉄の井』がある。その角を曲がると『小町通り』だ。鎌倉らしい町並みにカフェやレストランが立ち並んでいて、そこかしこからいい匂いが漂ってきた。


「ね? ね? クレープ! ちょっと食べたくない?」

「いいね。行こう」


 立ち寄った緑色のお店は、なんともレトロなフンイキが満載だった。しかし、メニューの書かれた黒板みたいなのはあるけれど、サンプルも写真も見当たらない。仕方ないので、券売機の前でボタンに書かれた文字とにらめっこして悩む僕たち。

 うーんと……これだ!


「あたしは抹茶シュガーにしてみたよ! ケンタ君は?」

「僕は、イチオシっぽいレモンシュガーさ。ほら、目の前で焼いてくれるみたいだよ?」


 はい、どうぞ――あっという間にできあがりだ。

 受け取ったほかほかもちもちのクレープをかじりながら歩き出すと、僕のコートのポケットに隣に並んだ純美子の手が潜りこんできて、やさしく指をからませた――ぎゅっ。


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