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第431話 勝利の条件 at 1996/1/15
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「なんか……ちょっと元気ないね、ケンタ君?」
「……ええっ!? そ、そうかな……あははは」
僕と純美子は、もうすっかりお馴染みになった『珈琲舎ロッセ』でランチ中だった。突然、僕の浮かない表情を敏感に察知して純美子が言うと、僕はあわててそれをごまかすと、次第に不機嫌そうなへの字に垂れ下がってしまう口元を白いコーヒーカップで隠してしまった。
(スミちゃんに相談したところで何も解決しない……。どころか、決定的に巻き込んでしまう)
ただでさえ今の僕は、僕と、僕のまわりにいる人に対して危険を招くかもしれない疫病神だ。
『――おまえのすべてをめちゃくちゃにしてやる――おまえのたいせつなものすべてを――!』
(そんなことは絶対にさせない! させてたまるか! もしもそんなことになったなら――!)
僕は一体どうするだろう。
最愛の人や、かけがえのない友人たちの目の前に、アイツ――今や『代行者』と名乗るかつての『無敵の悪』、赤川龍彦――タツヒコが現れて、彼ら彼女らに危害を加えたとしたら。
たぶんそうなった時の僕は――きっと僕ではなくなってしまう。
そんな怖ろしいことは夢想すらしたことはなかったが、たとえば部員の誰かがタツヒコの凶刃のもとに倒れるようなことがあったとしたら、僕はすべての法と秩序を捨てて、自らの手で復讐することを神仏に、いいや、たとえそれが悪魔であろうとも僕は喜んで誓うだろう。望むだろう。その時、僕を僕らしくみせている倫理観や道徳なんてシロモノは瞬時に消え失せ、耐えがたく永劫に続く多大なる苦痛を与えることで、その完璧なまでに救いようのない復讐を遂げることだろう。
だが、そうなってしまった時、この『リトライ』はきっと僕の敗北で終わるに違いない。
誰も報われず、誰も救われない、無慈悲で残酷で、無感情なエンドロールが流れるのみだ。
でも、それではダメだ。
ダメなんだ。
ロコの言葉を借りるなら、僕らの『リトライ』は、これ以上ないほど最高で、幸福で、誰もが拍手喝采で迎えられる『ハッピーエンド』で終わらなければいけないのだから。
(そう……だよな。うん)
僕はコーヒーカップの裏側で、決意を秘めた笑みを浮かべてから、純美子にこう告げた。
「僕は――元気だよ。だって、スミちゃんがそばにいてくれるんだからね」
「また! すぐそんなこというんだから! もう!」
あきれたように大袈裟に目を回してみせながらも、純美子はふわっと優しく微笑んだ。
「ね? ところで、今日はこれからどうするの? ケンタ君?」
「映画を観にいこうと思ってるんだけど――」
「わぁ! いいな、いいな! どんな映画?」
「うっかり見忘れてた映画でさ……絶対にスクリーンで観たいんだ――もう一度」
「え………………もう一度?」
「あ……い、いやいやいや! 『君と』って言ったの、『スミちゃんと』って。あははは……」
「ふーん……。で? なんて言う映画なの?」
「『スタンド・バイ・ミー』さ。きっとスミちゃんも気に入ると思うから」
「……うん! じゃあ、観にいこ!」
そういうと純美子は僕の腕をとって立ち上がった。僕は慌ててデイパックと伝票を引っ掴むと、今日も厳めしい顔をしたマスターに目で合図を送って会計を済ませてから晴天を見上げる。
「よーし!」
きっと君は。
もっとオトナになってから、このタイトルの意味を知るんだろう。
『スタンド・バイ・ミー』――僕の、そばに、いて。
「……ええっ!? そ、そうかな……あははは」
僕と純美子は、もうすっかりお馴染みになった『珈琲舎ロッセ』でランチ中だった。突然、僕の浮かない表情を敏感に察知して純美子が言うと、僕はあわててそれをごまかすと、次第に不機嫌そうなへの字に垂れ下がってしまう口元を白いコーヒーカップで隠してしまった。
(スミちゃんに相談したところで何も解決しない……。どころか、決定的に巻き込んでしまう)
ただでさえ今の僕は、僕と、僕のまわりにいる人に対して危険を招くかもしれない疫病神だ。
『――おまえのすべてをめちゃくちゃにしてやる――おまえのたいせつなものすべてを――!』
(そんなことは絶対にさせない! させてたまるか! もしもそんなことになったなら――!)
僕は一体どうするだろう。
最愛の人や、かけがえのない友人たちの目の前に、アイツ――今や『代行者』と名乗るかつての『無敵の悪』、赤川龍彦――タツヒコが現れて、彼ら彼女らに危害を加えたとしたら。
たぶんそうなった時の僕は――きっと僕ではなくなってしまう。
そんな怖ろしいことは夢想すらしたことはなかったが、たとえば部員の誰かがタツヒコの凶刃のもとに倒れるようなことがあったとしたら、僕はすべての法と秩序を捨てて、自らの手で復讐することを神仏に、いいや、たとえそれが悪魔であろうとも僕は喜んで誓うだろう。望むだろう。その時、僕を僕らしくみせている倫理観や道徳なんてシロモノは瞬時に消え失せ、耐えがたく永劫に続く多大なる苦痛を与えることで、その完璧なまでに救いようのない復讐を遂げることだろう。
だが、そうなってしまった時、この『リトライ』はきっと僕の敗北で終わるに違いない。
誰も報われず、誰も救われない、無慈悲で残酷で、無感情なエンドロールが流れるのみだ。
でも、それではダメだ。
ダメなんだ。
ロコの言葉を借りるなら、僕らの『リトライ』は、これ以上ないほど最高で、幸福で、誰もが拍手喝采で迎えられる『ハッピーエンド』で終わらなければいけないのだから。
(そう……だよな。うん)
僕はコーヒーカップの裏側で、決意を秘めた笑みを浮かべてから、純美子にこう告げた。
「僕は――元気だよ。だって、スミちゃんがそばにいてくれるんだからね」
「また! すぐそんなこというんだから! もう!」
あきれたように大袈裟に目を回してみせながらも、純美子はふわっと優しく微笑んだ。
「ね? ところで、今日はこれからどうするの? ケンタ君?」
「映画を観にいこうと思ってるんだけど――」
「わぁ! いいな、いいな! どんな映画?」
「うっかり見忘れてた映画でさ……絶対にスクリーンで観たいんだ――もう一度」
「え………………もう一度?」
「あ……い、いやいやいや! 『君と』って言ったの、『スミちゃんと』って。あははは……」
「ふーん……。で? なんて言う映画なの?」
「『スタンド・バイ・ミー』さ。きっとスミちゃんも気に入ると思うから」
「……うん! じゃあ、観にいこ!」
そういうと純美子は僕の腕をとって立ち上がった。僕は慌ててデイパックと伝票を引っ掴むと、今日も厳めしい顔をしたマスターに目で合図を送って会計を済ませてから晴天を見上げる。
「よーし!」
きっと君は。
もっとオトナになってから、このタイトルの意味を知るんだろう。
『スタンド・バイ・ミー』――僕の、そばに、いて。
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