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第418話 リトライ世界のゆがみ at 1996/1/1
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「ああ、こんなことって……。ダ、ダメ、手の震えが止まんない……! 助けてよ、ケンタ!」
「お、おい! 落ち着けって、ロコ!」
すっかりチカラも気力も失って、僕の左腕にそれこそぶらさがるようにしてロコはしがみついていた。顔面は蒼白で、ただでさえ陶磁器のようななめらかですべやかな肌は怖いくらいに真っ白で、赤いリップだけが血のように生々しく見える。
僕はロコの両肩をつかんで見つめた。
「一体何があったってんだよ! ムロはどこだ? くそっ、アイツに何か――されたのか!?」
「ち、違う……そうじゃなくって……違うんだよ……! ム、ムロは……はぐれちゃって……」
「そうじゃ……ない? じゃあ一体――!?」
「アイツが、いたんだ……」
それまで眩しいばかりに輝いていた青白い光――『魔法少女プリティ☆ぷりん』の髪飾りは一瞬にして曇り、濁ってよどんだような闇をたたえた。え――僕の疑問をよそにロコは続ける。
「ア、アイツがこんなところにいるはずがないのに! だって……だって……おかしいよ……」
「ロコ、お願いだから、まずは落ち着いてくれ。ここにいるのが嫌なら、移動してから話そう」
おびえて胸元で祈るようなカタチで震えているロコの手をとり、ひとけの少ない社殿の裏手へと強引に連れて行く。一瞬、ロコは逆らいふりほどくような仕草をしたが、じき手を握った。
「ここなら大丈夫だろう。……何があった?」
「言ったでしょ! アイツが、いたのよ!」
「だから、それだけじゃわかんないって! その『アイツ』って誰のことなんだよ!?」
「お、大月……大輔。あたしの……別れた元旦那」
「え………………っ!?」
そんな――馬鹿な!
まだロコと、そのなんとかってストーカー野郎が出会うには、あまりに早すぎるはずだ!
「ア、アイツの実家、横浜なのに……! こんなところになんているはずがないんだよ……!」
「な――何か、されたか?」
「ううん。あたしが先に気づいたから……」
それでもロコは、その想像をしただけで、ぶるり、とカラダを震わせる。
「それに……向こうはまだあたしのことなんて知りもしないはずだし。でも……目が合ったの」
わなわなとロコの口元が震えて言葉がうまく出てこなくなる。
「も――もちろん、出会った時より若かった。で――でも、でもね? あの、とっても優しい笑顔、忘れない。忘れたくても、忘れられないんだよ……! あたしを見て、笑ってた……!」
「お、おい……!」
「笑うとね、目が細くなるんだ。きゅっ、と一本の糸みたいになって。でも……でもね……?」
「……もういい、ロコ。思い出さなくって」
うわごとのように今しがた遭遇してしまった未来の夫の姿を語り続けるロコのカラダを両腕で包んで、優しく抱きしめてやる。しばらくは何やらつぶやいていたが、やがて静かになった。
「大丈夫だって。そんな未来なんてもう来ないんだ。ロコには幸せになる権利があるんだから。だってそうだろ? 『このロコちゃんの物語は、いつだってハッピーエンド!』なんだからさ」
「うっ、うっ……」
静かにすすり泣くロコのカラダを優しく、とん、とん、とあやすように一定のリズムで叩きながら、僕はひとり推測する。
もしかして――と、
もしかして――歴史が、僕らの本来あるべき『未来』に、無慈悲な『現実』に戻そうとしているのかもしれない、と。今日のこの出来事は、ただのはじまりなのかもしれない、と。
『わずかな変化やズレ、それそのものは大きな変動を生まないかもしれないが、そのゆがみとひずみは着実に蓄積しているのだ。それが一定値まで達すれば――ぽーん、と一気に跳ね返る』
そう言っていたコトセのセリフが、いよいよ現実のものとなってきたのかもしれない。そんなタイミングだった。
「………………おい。そこで何してるんだ、モリケン? ロコに……触るな!」
「お、おい! 落ち着けって、ロコ!」
すっかりチカラも気力も失って、僕の左腕にそれこそぶらさがるようにしてロコはしがみついていた。顔面は蒼白で、ただでさえ陶磁器のようななめらかですべやかな肌は怖いくらいに真っ白で、赤いリップだけが血のように生々しく見える。
僕はロコの両肩をつかんで見つめた。
「一体何があったってんだよ! ムロはどこだ? くそっ、アイツに何か――されたのか!?」
「ち、違う……そうじゃなくって……違うんだよ……! ム、ムロは……はぐれちゃって……」
「そうじゃ……ない? じゃあ一体――!?」
「アイツが、いたんだ……」
それまで眩しいばかりに輝いていた青白い光――『魔法少女プリティ☆ぷりん』の髪飾りは一瞬にして曇り、濁ってよどんだような闇をたたえた。え――僕の疑問をよそにロコは続ける。
「ア、アイツがこんなところにいるはずがないのに! だって……だって……おかしいよ……」
「ロコ、お願いだから、まずは落ち着いてくれ。ここにいるのが嫌なら、移動してから話そう」
おびえて胸元で祈るようなカタチで震えているロコの手をとり、ひとけの少ない社殿の裏手へと強引に連れて行く。一瞬、ロコは逆らいふりほどくような仕草をしたが、じき手を握った。
「ここなら大丈夫だろう。……何があった?」
「言ったでしょ! アイツが、いたのよ!」
「だから、それだけじゃわかんないって! その『アイツ』って誰のことなんだよ!?」
「お、大月……大輔。あたしの……別れた元旦那」
「え………………っ!?」
そんな――馬鹿な!
まだロコと、そのなんとかってストーカー野郎が出会うには、あまりに早すぎるはずだ!
「ア、アイツの実家、横浜なのに……! こんなところになんているはずがないんだよ……!」
「な――何か、されたか?」
「ううん。あたしが先に気づいたから……」
それでもロコは、その想像をしただけで、ぶるり、とカラダを震わせる。
「それに……向こうはまだあたしのことなんて知りもしないはずだし。でも……目が合ったの」
わなわなとロコの口元が震えて言葉がうまく出てこなくなる。
「も――もちろん、出会った時より若かった。で――でも、でもね? あの、とっても優しい笑顔、忘れない。忘れたくても、忘れられないんだよ……! あたしを見て、笑ってた……!」
「お、おい……!」
「笑うとね、目が細くなるんだ。きゅっ、と一本の糸みたいになって。でも……でもね……?」
「……もういい、ロコ。思い出さなくって」
うわごとのように今しがた遭遇してしまった未来の夫の姿を語り続けるロコのカラダを両腕で包んで、優しく抱きしめてやる。しばらくは何やらつぶやいていたが、やがて静かになった。
「大丈夫だって。そんな未来なんてもう来ないんだ。ロコには幸せになる権利があるんだから。だってそうだろ? 『このロコちゃんの物語は、いつだってハッピーエンド!』なんだからさ」
「うっ、うっ……」
静かにすすり泣くロコのカラダを優しく、とん、とん、とあやすように一定のリズムで叩きながら、僕はひとり推測する。
もしかして――と、
もしかして――歴史が、僕らの本来あるべき『未来』に、無慈悲な『現実』に戻そうとしているのかもしれない、と。今日のこの出来事は、ただのはじまりなのかもしれない、と。
『わずかな変化やズレ、それそのものは大きな変動を生まないかもしれないが、そのゆがみとひずみは着実に蓄積しているのだ。それが一定値まで達すれば――ぽーん、と一気に跳ね返る』
そう言っていたコトセのセリフが、いよいよ現実のものとなってきたのかもしれない。そんなタイミングだった。
「………………おい。そこで何してるんだ、モリケン? ロコに……触るな!」
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