377 / 539
第375話 汚れ役は底辺男子に適した職業(4) at 1995/12/15
しおりを挟む
「あの子――上ノ原広子は、室生秀一が好きなんです。それに、室生君も広子のことが――」
かすかなつぶやきを繰り返し、耳をふさいで嫌々をするように首を振り続ける桃月。
「――でも、ホントはあんな子なのに……何も知らない室生君が可哀想……そう思いませんか? まあ、細かい言い回しは多少間違っているかもしれないけれど、そんなような囁きだ」
「そんなこと……!」
「――先生たちの前ではいい子をよそおって優等生ぶっちゃってますけど、それは自分に有利になるからです。そのためならチクリや密告も平気でするんです。昔からの友だちでさえも」
「違う……あたしは……!」
「そうそう、広子が更衣室で何かを見つけたみたいですよ? こんなものが学校中に広まったら、あの人、さぞかし困るでしょうね。いい気味――広子が笑っていた、そんなことも交えて」
「そんなの……嘘よ……嘘……!」
僕のセリフは、ほとんどハッタリだ。
だが、おおむねこんな筋書きでもなければ、あの『品行方正』で通っている境屋センパイが、進んでロコの悪名を広めるようなウワサなんて流すはずがない、そう推理したのだ。内容は、広まっているウワサから逆算すれば、きっとこんなことを言ったに違いない、そう考えたのだ。
そして残念ながら――僕のセリフは、そう外れたモノではなかったらしい。
桃月は自らの行いを悔いるように、何度も何度も首を振って、過去の行いを否定し続ける。
「副部長の境屋センパイが……ロコに少しだけ、意地悪になってくれるだけでよかったのに!」
「……さっきも言ったとおりだよ、桃月。あの人は追い詰められていたんだ」
でも、桃月が否定しているのは、きっと計算外の事態が起きてしまったことであって、自分のあやまちを戒めるところまでは至っていない。それが余計に僕をいらだたせていた。
「それにあの人は、自分の愛する誰かを救うためなら、一切の手段を選ばないだろう。正義の裁きは必ず行われるはず……そういう信念の持ち主だ。部活の仲間、親友、そして想い人……」
役職付きの自分たちが抜けた後の体操部の後輩たちの身を案じ、親友である大河内センパイのあとを継ぐにふさわしいリーダーを選び抜き、たとえ自分の恋が実らずとも想い人にはせめて幸せになって欲しいと切に願う。そのためなら刺し違えようとも戦い続ける、そんな志だ。
「まさか、あれほどのイキオイでロコの悪いウワサが学校中に広まるだなんて、夢にも思っていなかったんだろうな、桃月は。同情するよ。……ああ、でも『西中まつり』での仕返しができて、少しうれしかったんじゃないか? せっかくのセンターでの舞台だったんだもんな?」
「――っ」
「………………そう、だったの?」
僕の言葉に、思わず苦いものを噛み潰してしまったかのような渋い顔を浮かべた桃月に、はじめてロコが言葉を発して問いかけた。だが、桃月はそれにこたえることができない。
そこにとまどいの表情を隠せないロコが、言い訳のように言葉をつないだ。
「だって……あれは山崎センセイの意向で――」
「知ってるわよ、それくらいっ!」
桃月は、悲痛な叫びを上げた。
「あたしだって! そんなこと、わかってるわよ! わかってた!」
ぐじ、と目元を乱暴にこすって溢れ出る涙をぬぐいながら、少し抑えたトーンで言葉を継ぐ。
「――わかってた……はずだったのに……! ロコが悪いんじゃない、そんなことわかってるはずだったのに……! でもっ! あたしにとっては大事な舞台だったの! なのに――!」
「モモ……」
「ロコ、全っ然うれしくなさそうなんだもの! あたし、どんなにうれしかったかわかる!? いつも『二番目』で、誰かの『一番目』になれない子の気持ちなんて、わからないでしょ!?」
「………………ごめん」
とたん、桃月の表情が鬼女のごとく険しく激しく怒りをはらんだ。
「謝らないで! 謝るな! まるでロコの方がはるかに上みたいじゃん! あたしより――!」
かすかなつぶやきを繰り返し、耳をふさいで嫌々をするように首を振り続ける桃月。
「――でも、ホントはあんな子なのに……何も知らない室生君が可哀想……そう思いませんか? まあ、細かい言い回しは多少間違っているかもしれないけれど、そんなような囁きだ」
「そんなこと……!」
「――先生たちの前ではいい子をよそおって優等生ぶっちゃってますけど、それは自分に有利になるからです。そのためならチクリや密告も平気でするんです。昔からの友だちでさえも」
「違う……あたしは……!」
「そうそう、広子が更衣室で何かを見つけたみたいですよ? こんなものが学校中に広まったら、あの人、さぞかし困るでしょうね。いい気味――広子が笑っていた、そんなことも交えて」
「そんなの……嘘よ……嘘……!」
僕のセリフは、ほとんどハッタリだ。
だが、おおむねこんな筋書きでもなければ、あの『品行方正』で通っている境屋センパイが、進んでロコの悪名を広めるようなウワサなんて流すはずがない、そう推理したのだ。内容は、広まっているウワサから逆算すれば、きっとこんなことを言ったに違いない、そう考えたのだ。
そして残念ながら――僕のセリフは、そう外れたモノではなかったらしい。
桃月は自らの行いを悔いるように、何度も何度も首を振って、過去の行いを否定し続ける。
「副部長の境屋センパイが……ロコに少しだけ、意地悪になってくれるだけでよかったのに!」
「……さっきも言ったとおりだよ、桃月。あの人は追い詰められていたんだ」
でも、桃月が否定しているのは、きっと計算外の事態が起きてしまったことであって、自分のあやまちを戒めるところまでは至っていない。それが余計に僕をいらだたせていた。
「それにあの人は、自分の愛する誰かを救うためなら、一切の手段を選ばないだろう。正義の裁きは必ず行われるはず……そういう信念の持ち主だ。部活の仲間、親友、そして想い人……」
役職付きの自分たちが抜けた後の体操部の後輩たちの身を案じ、親友である大河内センパイのあとを継ぐにふさわしいリーダーを選び抜き、たとえ自分の恋が実らずとも想い人にはせめて幸せになって欲しいと切に願う。そのためなら刺し違えようとも戦い続ける、そんな志だ。
「まさか、あれほどのイキオイでロコの悪いウワサが学校中に広まるだなんて、夢にも思っていなかったんだろうな、桃月は。同情するよ。……ああ、でも『西中まつり』での仕返しができて、少しうれしかったんじゃないか? せっかくのセンターでの舞台だったんだもんな?」
「――っ」
「………………そう、だったの?」
僕の言葉に、思わず苦いものを噛み潰してしまったかのような渋い顔を浮かべた桃月に、はじめてロコが言葉を発して問いかけた。だが、桃月はそれにこたえることができない。
そこにとまどいの表情を隠せないロコが、言い訳のように言葉をつないだ。
「だって……あれは山崎センセイの意向で――」
「知ってるわよ、それくらいっ!」
桃月は、悲痛な叫びを上げた。
「あたしだって! そんなこと、わかってるわよ! わかってた!」
ぐじ、と目元を乱暴にこすって溢れ出る涙をぬぐいながら、少し抑えたトーンで言葉を継ぐ。
「――わかってた……はずだったのに……! ロコが悪いんじゃない、そんなことわかってるはずだったのに……! でもっ! あたしにとっては大事な舞台だったの! なのに――!」
「モモ……」
「ロコ、全っ然うれしくなさそうなんだもの! あたし、どんなにうれしかったかわかる!? いつも『二番目』で、誰かの『一番目』になれない子の気持ちなんて、わからないでしょ!?」
「………………ごめん」
とたん、桃月の表情が鬼女のごとく険しく激しく怒りをはらんだ。
「謝らないで! 謝るな! まるでロコの方がはるかに上みたいじゃん! あたしより――!」
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる