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第323話 球技大会・三日目(9) at 1995/11/10
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「え……いじめとか、マジサイテーじゃん……」
「うわー……引くわー……主謀者ってヤツー?」
「ひっでー。やっぱクソ野郎じゃん……ウケる」
教室のそこかしこから潜められた声で、しかし肝心な目標には確実に届く声量で、うつむく小山田への非難めいた声が注がれた。だが、小山田はとまどうように視線を床に這わせるだけで、いつものように暴力と激しい言葉でそれを一掃することはなかった。
代わりにこう言う。
「……なんとでも言ってくれ。俺様はそれについて、なんの言い訳も、なんの弁護もできねえんだからよ。俺様がやったことはクソだった。それだけは疑いようのない事実なんだからな」
でも、僕は思ったのだ。
もし、それがカノジョのことで。
今は当たり前のように一緒にいるってことは、と。
「でも、ダッチは、それが間違っているって気づいたんじゃないのかな?」
はっ、とする。
「……そうだ。ぜんぜん自分のチカラじゃなかったがな」
「?」
「ある時、俺様がいない時に、アイツが他の連中と楽しそうに喋ってるのを盗み聞きしちまったんだ。ああ、あいつは馬鹿で騙しやすい、ってな? まさか、ホントに自分を好きになってくれた女の子をいじめてるだなんて、夢にも思ってもいないだろうぜ、とよ。それで俺は――」
うなだれた様子の小山田は、だらりと下げた自分の両手を、じっ、と見つめる。
「今の俺様なら、問答無用に殴りかかってただろうな。徹底的にボコボコにするまで。けど、その頃の俺様は今よりもっと小さくて、もっと意気地がなかった。気も小せぇし、自分に自信がなかった。だから、こんなのダメだ、ってわかってるのに、どうしてもやめられらなかった」
「それで……どうしたんだい?」
「俺様は……強くなることにした」
「?」
「誰も馬鹿にできないくらい強くて、逆らえない奴になってやると決めたんだ。それから毎日のように、他校でイキがってる連中を相手に喧嘩をした。でもよ? やり方がわからねえ。喧嘩なんてしたこともなかったんだからな。毎日やった分以上にやられて帰ってきた。かあちゃんはそりゃあ心配してたよ。親父もあきれてた。そんな俺様を見て、アイツらは大笑いしてた」
「……それから?」
「それを年中繰り返してるうちに、だんだんとやられた傷よりやりかえした数の方が多くなっていったのさ。強くなった――いや、違ぇな、手加減がわからなくなってきちまったのさ。手を抜けばいつか仕返しにあうかもしれねぇ。だから、やるんなら徹底的にぶちのめしてやった」
子どもは本来、加減を知らない生き物だ。どこをどうしたら怪我をするといった経験値が圧倒的に不足しているからだ。少しずつ成長していくうちに、ああ、こうやったら怪我をする、こうしてしまったら怪我をさせてしまう、そういう風に学習して知識を獲得していく。
だが、この小山田徹という少年は、逆の道を辿ったのだろう。
どうすれば効率的に怪我をさせられるか、どうやったら相手のココロを折れるのか。屈服させ、従わせるためにはどこまでやればいいのか。そういう風に学習して知識を獲得したのだ。
「……長かったなぁ。そんなことに俺様は、一年もかかっちまった。そうして春が来て、六年生になったその日、俺様はアイツを呼び出して、もうお前の言うとおりにはしない、二度と騙されたりしない、って言ってやったんだ。くくく……その時のアイツの顔と来たらよ――!」
小山田は身を折るようにして笑いたてる。
しかし、その姿がどこか哀しげに感じたのは僕だけだったのだろうか。
「もちろん、アイツだって乱暴者で通ってたからな。あっけにとられてたのはほんの数秒だけだった。真っ赤になって喰ってかかってきたさ。そりゃそうだよな、今まで一度だって、アイツに逆らおうなんて奴はいなかったんだからよ。アイツだけのアイツのための王国だったんだ」
その言葉が。
あまりに皮肉めいていることに、小山田は気づいているのだろうか。
「物語のラストシーンは、思った以上にあっけなかった。アイツはみんなのココロがそうさせているだけで、ぜんぜん大したことのない奴だったのさ。それで、俺様は新たな王様になった――」
「うわー……引くわー……主謀者ってヤツー?」
「ひっでー。やっぱクソ野郎じゃん……ウケる」
教室のそこかしこから潜められた声で、しかし肝心な目標には確実に届く声量で、うつむく小山田への非難めいた声が注がれた。だが、小山田はとまどうように視線を床に這わせるだけで、いつものように暴力と激しい言葉でそれを一掃することはなかった。
代わりにこう言う。
「……なんとでも言ってくれ。俺様はそれについて、なんの言い訳も、なんの弁護もできねえんだからよ。俺様がやったことはクソだった。それだけは疑いようのない事実なんだからな」
でも、僕は思ったのだ。
もし、それがカノジョのことで。
今は当たり前のように一緒にいるってことは、と。
「でも、ダッチは、それが間違っているって気づいたんじゃないのかな?」
はっ、とする。
「……そうだ。ぜんぜん自分のチカラじゃなかったがな」
「?」
「ある時、俺様がいない時に、アイツが他の連中と楽しそうに喋ってるのを盗み聞きしちまったんだ。ああ、あいつは馬鹿で騙しやすい、ってな? まさか、ホントに自分を好きになってくれた女の子をいじめてるだなんて、夢にも思ってもいないだろうぜ、とよ。それで俺は――」
うなだれた様子の小山田は、だらりと下げた自分の両手を、じっ、と見つめる。
「今の俺様なら、問答無用に殴りかかってただろうな。徹底的にボコボコにするまで。けど、その頃の俺様は今よりもっと小さくて、もっと意気地がなかった。気も小せぇし、自分に自信がなかった。だから、こんなのダメだ、ってわかってるのに、どうしてもやめられらなかった」
「それで……どうしたんだい?」
「俺様は……強くなることにした」
「?」
「誰も馬鹿にできないくらい強くて、逆らえない奴になってやると決めたんだ。それから毎日のように、他校でイキがってる連中を相手に喧嘩をした。でもよ? やり方がわからねえ。喧嘩なんてしたこともなかったんだからな。毎日やった分以上にやられて帰ってきた。かあちゃんはそりゃあ心配してたよ。親父もあきれてた。そんな俺様を見て、アイツらは大笑いしてた」
「……それから?」
「それを年中繰り返してるうちに、だんだんとやられた傷よりやりかえした数の方が多くなっていったのさ。強くなった――いや、違ぇな、手加減がわからなくなってきちまったのさ。手を抜けばいつか仕返しにあうかもしれねぇ。だから、やるんなら徹底的にぶちのめしてやった」
子どもは本来、加減を知らない生き物だ。どこをどうしたら怪我をするといった経験値が圧倒的に不足しているからだ。少しずつ成長していくうちに、ああ、こうやったら怪我をする、こうしてしまったら怪我をさせてしまう、そういう風に学習して知識を獲得していく。
だが、この小山田徹という少年は、逆の道を辿ったのだろう。
どうすれば効率的に怪我をさせられるか、どうやったら相手のココロを折れるのか。屈服させ、従わせるためにはどこまでやればいいのか。そういう風に学習して知識を獲得したのだ。
「……長かったなぁ。そんなことに俺様は、一年もかかっちまった。そうして春が来て、六年生になったその日、俺様はアイツを呼び出して、もうお前の言うとおりにはしない、二度と騙されたりしない、って言ってやったんだ。くくく……その時のアイツの顔と来たらよ――!」
小山田は身を折るようにして笑いたてる。
しかし、その姿がどこか哀しげに感じたのは僕だけだったのだろうか。
「もちろん、アイツだって乱暴者で通ってたからな。あっけにとられてたのはほんの数秒だけだった。真っ赤になって喰ってかかってきたさ。そりゃそうだよな、今まで一度だって、アイツに逆らおうなんて奴はいなかったんだからよ。アイツだけのアイツのための王国だったんだ」
その言葉が。
あまりに皮肉めいていることに、小山田は気づいているのだろうか。
「物語のラストシーンは、思った以上にあっけなかった。アイツはみんなのココロがそうさせているだけで、ぜんぜん大したことのない奴だったのさ。それで、俺様は新たな王様になった――」
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