311 / 539
第310話 未来の恩恵 at 1995/11/7
しおりを挟む
いよいよ明日から『西中球技大会』がはじまる――。
学校でも、今日はその話題ばかりだった。
やれ、誰がどの競技に出るかだとか、どのクラスのどのチームが手強そうだとか、アイツが要注意だとか。たいていは、競技経験者が多いクラスが話題のトップに上がる。そういう意味では我が二年十一組もそうで、なにしろサッカー部のキャプテンと副キャプテンである小山田と吉川がいるわけで、否が応にも注目の的となっていた。偵察に来る生徒までいたくらいだ。
僕らの『電算論理研究部』はというと。
誰もサッカー経験者はいないわけで、集まって練習しようにも輪になってのパス練習(ワンバウンド以内で交代で拾いあうアレ)くらいしかできないねぇ、というハナシになり、いまさら付け焼刃でどうこうしても、明日からの体力が削られるだけ、ということで早めに解散した。
でも、実は、である。
「まさか、こんなところで役に立つとはなぁ……。下手くそなりに練習に出ててよかった……」
僕は夕食を早めに済ませると、学校指定のジャージに着替えて、町田市立木曽根咲山公園、通称『中央公園』に来ていた。みんなで夏祭りに来たあの公園だ。そして僕と純美子の――。
「……さて、と。ウォームアップついでに、感触を思い出してくれるといいんだけどなぁ」
僕の足元には古びたサッカーボールが転がっている。
二十一時近い満月に照らされた夜の公園には、僕だけしかいない。ひょっとすると、同じようなことを考えたウチの生徒と出くわすんじゃ……と内心ヒヤヒヤしていたのだけれど、歩道より一本奥に入った場所にあることもあって、通りがかるオトナの影すら見えなかった。
ぼん――んぱん――とっとん。
ぼん――んぱん――とっとん。
早速僕は、公園をぐるりと一周する遊歩道沿いに建てられた花壇の壁目がけてボールを蹴り出し、バウンドしてイキオイよく戻ってくるそれをていねいにトラップする。花壇といっても無雑作にツツジが植えられているだけの目隠しが主目的のそれで、土台自体が僕の腰くらいまでの高さがあった。なので、一人で練習するにはもってこいの壁なのだ。
無論、もっと近所の小さな公園でもサッカーの練習はできるのだろうけれど、ドミノのように几帳面に整列している団地棟の間でやろうものなら、それこそ祭りの太鼓より、どん、どん、と景気よく響いてしまい、たちまち四方から怒鳴り声が鳴り響くのだった。
この『中央公園』であればほどよく団地棟から離れているので、その心配がない。まあ、それでも、うるさい!と怒鳴り散らしてくるナイーブでデリケートで厄介な住民はいるのだが。
「でも、結構サイズが違うんだな……。跳ね具合も勝手が違うから、早めに慣れちゃわないと」
また一つ戻ってきたボールをソフトタッチで受け止め、足を乗せて、ぐりぐりと押してみる。
僕がまだまともでフツーに会社に通っていた頃、場所柄渋谷に近いということもあって『ホリィグレイル』の代表・仁藤さんをはじめとした若手社員が、フットサルサークルを結成した。
仁藤さんは、社員同士の交流やコミュニケーションづくりに熱心な人だった。他にもいくつかのサークル――カラオケや登山、スキーだったような気がする――が、会社から部費を出してもらって活動していたのだけれど、そのフットサルサークルに僕が誘われたのだった。
『モリケンさん、町田出身でしょ? だったら、サッカー得意なんじゃない?』
『い、いやいやいや! サッカーはニガテで……そのう……』
『へぇー! 町田に住んでて、サッカー不得意な人なんているのー!?』
経理部で、マネージャーの光村さんは黄色い声で大袈裟すぎるほど驚いてみせた。サッカーが大好きで、J1所属のひいきのチームの試合はスポーツバーで観戦するという光村さんだけに、町田出身のプロサッカー選手が多いなんてことは当然ご存知らしい。
『仁藤さんにも言われたんだよー? モリケンさん誘っといて、って』
『えええ……困ったな……。わ、わかった、わかりましたよぅ。やります』
美人で読者モデルも副業でやっているという光村さんに、至近距離からウインク攻撃されたら、そうカンタンに断れる奴なんていない。おまけに、仁藤さんの名前を出されちゃアウトだ。
そんなこともあって、あの頃とは違い、そこそこサッカーの腕前は上達している、というわけだ。
「ルールの違いもあるけど……フットサルのルールがおぼろげだから、比較になんないか……」
ぼん――んぱん――とっ――。
返ってこないボールを不思議に思い、視線を上げるとそこには――。
学校でも、今日はその話題ばかりだった。
やれ、誰がどの競技に出るかだとか、どのクラスのどのチームが手強そうだとか、アイツが要注意だとか。たいていは、競技経験者が多いクラスが話題のトップに上がる。そういう意味では我が二年十一組もそうで、なにしろサッカー部のキャプテンと副キャプテンである小山田と吉川がいるわけで、否が応にも注目の的となっていた。偵察に来る生徒までいたくらいだ。
僕らの『電算論理研究部』はというと。
誰もサッカー経験者はいないわけで、集まって練習しようにも輪になってのパス練習(ワンバウンド以内で交代で拾いあうアレ)くらいしかできないねぇ、というハナシになり、いまさら付け焼刃でどうこうしても、明日からの体力が削られるだけ、ということで早めに解散した。
でも、実は、である。
「まさか、こんなところで役に立つとはなぁ……。下手くそなりに練習に出ててよかった……」
僕は夕食を早めに済ませると、学校指定のジャージに着替えて、町田市立木曽根咲山公園、通称『中央公園』に来ていた。みんなで夏祭りに来たあの公園だ。そして僕と純美子の――。
「……さて、と。ウォームアップついでに、感触を思い出してくれるといいんだけどなぁ」
僕の足元には古びたサッカーボールが転がっている。
二十一時近い満月に照らされた夜の公園には、僕だけしかいない。ひょっとすると、同じようなことを考えたウチの生徒と出くわすんじゃ……と内心ヒヤヒヤしていたのだけれど、歩道より一本奥に入った場所にあることもあって、通りがかるオトナの影すら見えなかった。
ぼん――んぱん――とっとん。
ぼん――んぱん――とっとん。
早速僕は、公園をぐるりと一周する遊歩道沿いに建てられた花壇の壁目がけてボールを蹴り出し、バウンドしてイキオイよく戻ってくるそれをていねいにトラップする。花壇といっても無雑作にツツジが植えられているだけの目隠しが主目的のそれで、土台自体が僕の腰くらいまでの高さがあった。なので、一人で練習するにはもってこいの壁なのだ。
無論、もっと近所の小さな公園でもサッカーの練習はできるのだろうけれど、ドミノのように几帳面に整列している団地棟の間でやろうものなら、それこそ祭りの太鼓より、どん、どん、と景気よく響いてしまい、たちまち四方から怒鳴り声が鳴り響くのだった。
この『中央公園』であればほどよく団地棟から離れているので、その心配がない。まあ、それでも、うるさい!と怒鳴り散らしてくるナイーブでデリケートで厄介な住民はいるのだが。
「でも、結構サイズが違うんだな……。跳ね具合も勝手が違うから、早めに慣れちゃわないと」
また一つ戻ってきたボールをソフトタッチで受け止め、足を乗せて、ぐりぐりと押してみる。
僕がまだまともでフツーに会社に通っていた頃、場所柄渋谷に近いということもあって『ホリィグレイル』の代表・仁藤さんをはじめとした若手社員が、フットサルサークルを結成した。
仁藤さんは、社員同士の交流やコミュニケーションづくりに熱心な人だった。他にもいくつかのサークル――カラオケや登山、スキーだったような気がする――が、会社から部費を出してもらって活動していたのだけれど、そのフットサルサークルに僕が誘われたのだった。
『モリケンさん、町田出身でしょ? だったら、サッカー得意なんじゃない?』
『い、いやいやいや! サッカーはニガテで……そのう……』
『へぇー! 町田に住んでて、サッカー不得意な人なんているのー!?』
経理部で、マネージャーの光村さんは黄色い声で大袈裟すぎるほど驚いてみせた。サッカーが大好きで、J1所属のひいきのチームの試合はスポーツバーで観戦するという光村さんだけに、町田出身のプロサッカー選手が多いなんてことは当然ご存知らしい。
『仁藤さんにも言われたんだよー? モリケンさん誘っといて、って』
『えええ……困ったな……。わ、わかった、わかりましたよぅ。やります』
美人で読者モデルも副業でやっているという光村さんに、至近距離からウインク攻撃されたら、そうカンタンに断れる奴なんていない。おまけに、仁藤さんの名前を出されちゃアウトだ。
そんなこともあって、あの頃とは違い、そこそこサッカーの腕前は上達している、というわけだ。
「ルールの違いもあるけど……フットサルのルールがおぼろげだから、比較になんないか……」
ぼん――んぱん――とっ――。
返ってこないボールを不思議に思い、視線を上げるとそこには――。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる