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第308話 現実との乖離 at 1995/11/4
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一日経ち、二日経っても、僕のココロは深く沈んだままだった。
【――ごめん。今週はナシにして】
毎週土曜日の『リトライ者』定例会議を前に、僕の家のポストにはロコの字でそれだけが書かれた封のされていない手紙が投函されていた。木曜のやりとりがまだ記憶に新しかった僕にとって、その申し出はありがたくもあったが――妙にざわざわとココロが落ち着かなかった。
『なんだね、ケンタ? ロコと喧嘩でもしたのかね?』
「喧嘩って……まあ、うん。似たようなものかも」
時巫女・セツナ=コトセと二人きりの定例会議で、あっさりとそう指摘されてしまった僕は、どう説明したら良いものか悩みつつも、結局すべてを話して聞かせることにしたのだった。
『なるほどな……。だが、ロコの考えにも一理あるだろうよ』
「僕には……ちょっとそうは思えなくって……」
『らしくない――そう言いたいのかね?』
「………………うん」
僕はか細い声でようやっとその答えを絞り出すと、ぽつぽつと言葉を並べはじめた。
「ロコは……アイツはこの前まで、この『リトライ』を楽しんでいたはずだったんだ。少なくとも、この僕にはそう見えたし、ココロの底からそう思えたんだ。なのに、なんで急に……」
『……なあ、ケンタ? 一年は長いようで短いぞ?』
時巫女・セツナ=コトセは、まるで小さな子どもに言って聞かせるように優しく告げる。
『その上、そこでできることなんて、幾度となく繰り返される「歴史」の中ではほんのわずかだ。どうせなら、思いきり楽しみたい、という気持ちだってわからなくはないだろう? ん?』
「それは……そうなんだけどさ」
『思うがままに、好き勝手に生きることだって悪くはない。それを、私たちは知ったからな』
「…うん」
何度も繰り返される『リトライ』を経験している水無月さんたちだからこそ、自然と出てくる言葉なのだろう。だがしかし、時巫女・セツナ=コトセは突然難しい顔をしはじめた。
『なぜ急に、で少し思い出したことがあるのだが……聞くかね、ケンタ?』
「もちろん。……なんだい?」
『私の思い違いかもしれないのだが――』
時巫女・セツナ=コトセは、あいまいな物言いを恥じるように、少し遠慮がちに続けた。
『かつてのロコと、あの……なんと言ったか。やたらと性的に偏った女子生徒がいるだろう?』
「ぷっ! それってもしかして、桃月のことかい? 桃月天音?」
『ああ、そうだった。桃月――モモだな。かつての二人の仲は、良かったのではないのかね?』
「………………ちょっと待て。それは……どういう意味だ?」
なぜだか急に、ぞくり、と背筋に寒気が走った。
『あの二人……妙だぞ? 感じるんだよ、私には。長年他人の顔色ばかり窺っていた私にはな』
そんな馬鹿な――そう笑い飛ばそうとしたが、僕の舌は凍りついていた。
はじまりは、初夏の校外学習――鎌倉への遠足からだった。
それから、ロコが僕らの『電算論理研究部』に兼部というカタチで入部した時もそうだ。そして違和感が決定的になったのは、秋の『西中まつり』だ。あの時、ステージで舞台発表を終えたロコの様子は明らかにおかしかった。運動会の時だって、ひとことも口をきいていない。
なぜ僕は見落としていたのだろう。
それは明白すぎる『現実との乖離』だった。
『充分に用心するといい。はじまってしまってからでは、元に戻すことは困難なのだから』
だが――その時の僕は、いよいよ来週に迫った球技大会のことで頭がいっぱいだったのだ。
【――ごめん。今週はナシにして】
毎週土曜日の『リトライ者』定例会議を前に、僕の家のポストにはロコの字でそれだけが書かれた封のされていない手紙が投函されていた。木曜のやりとりがまだ記憶に新しかった僕にとって、その申し出はありがたくもあったが――妙にざわざわとココロが落ち着かなかった。
『なんだね、ケンタ? ロコと喧嘩でもしたのかね?』
「喧嘩って……まあ、うん。似たようなものかも」
時巫女・セツナ=コトセと二人きりの定例会議で、あっさりとそう指摘されてしまった僕は、どう説明したら良いものか悩みつつも、結局すべてを話して聞かせることにしたのだった。
『なるほどな……。だが、ロコの考えにも一理あるだろうよ』
「僕には……ちょっとそうは思えなくって……」
『らしくない――そう言いたいのかね?』
「………………うん」
僕はか細い声でようやっとその答えを絞り出すと、ぽつぽつと言葉を並べはじめた。
「ロコは……アイツはこの前まで、この『リトライ』を楽しんでいたはずだったんだ。少なくとも、この僕にはそう見えたし、ココロの底からそう思えたんだ。なのに、なんで急に……」
『……なあ、ケンタ? 一年は長いようで短いぞ?』
時巫女・セツナ=コトセは、まるで小さな子どもに言って聞かせるように優しく告げる。
『その上、そこでできることなんて、幾度となく繰り返される「歴史」の中ではほんのわずかだ。どうせなら、思いきり楽しみたい、という気持ちだってわからなくはないだろう? ん?』
「それは……そうなんだけどさ」
『思うがままに、好き勝手に生きることだって悪くはない。それを、私たちは知ったからな』
「…うん」
何度も繰り返される『リトライ』を経験している水無月さんたちだからこそ、自然と出てくる言葉なのだろう。だがしかし、時巫女・セツナ=コトセは突然難しい顔をしはじめた。
『なぜ急に、で少し思い出したことがあるのだが……聞くかね、ケンタ?』
「もちろん。……なんだい?」
『私の思い違いかもしれないのだが――』
時巫女・セツナ=コトセは、あいまいな物言いを恥じるように、少し遠慮がちに続けた。
『かつてのロコと、あの……なんと言ったか。やたらと性的に偏った女子生徒がいるだろう?』
「ぷっ! それってもしかして、桃月のことかい? 桃月天音?」
『ああ、そうだった。桃月――モモだな。かつての二人の仲は、良かったのではないのかね?』
「………………ちょっと待て。それは……どういう意味だ?」
なぜだか急に、ぞくり、と背筋に寒気が走った。
『あの二人……妙だぞ? 感じるんだよ、私には。長年他人の顔色ばかり窺っていた私にはな』
そんな馬鹿な――そう笑い飛ばそうとしたが、僕の舌は凍りついていた。
はじまりは、初夏の校外学習――鎌倉への遠足からだった。
それから、ロコが僕らの『電算論理研究部』に兼部というカタチで入部した時もそうだ。そして違和感が決定的になったのは、秋の『西中まつり』だ。あの時、ステージで舞台発表を終えたロコの様子は明らかにおかしかった。運動会の時だって、ひとことも口をきいていない。
なぜ僕は見落としていたのだろう。
それは明白すぎる『現実との乖離』だった。
『充分に用心するといい。はじまってしまってからでは、元に戻すことは困難なのだから』
だが――その時の僕は、いよいよ来週に迫った球技大会のことで頭がいっぱいだったのだ。
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