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第285話 黒より赫く混沌の at 1995/10/16
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「おはよう、スミちゃん」
「おはよう、ケンタ君。あ、あのね……?」
また新しい週がはじまった。
のだが、どうも様子がおかしい。
まだ人影まばらな教室内を見回すと――。
「おぉういぃ。ダッチはまだこねぇのかよぉ。暇すぎて死にそうなんだけどぉ」
え……?
タツヒコ――一組の赤川龍彦がなんでウチの教室にいるんだ!?
見れば、小山田の椅子にだらしなくもたれ、両足を机の上に放り投げて座っているタツヒコの姿があった。メンツが潰されると思ったのか、吉川は早速近づくとぶっきら棒に話しかけた。
「……なんか用スか、タツヒコ? ダッチならまだしばらく学校には来な――」
「おぅ、カエルじゃねえかよぉ。ビニ本とかエロ本持ってきてねえのかよぉ。早く出せよぉ」
「は、はぁ!? な、ないッスよ。そんなの学校に持ってくるワケないじゃないッスか……」
「なんだよぉ。梅田のおっさんが怖えのかよぉ。だらしねえなぁ」
あの学年主任の梅田センセイを『おっさん』呼ばわりするのはタツヒコくらいのものだろう。
恐いもの知らず、と言いたいところだが、相当な回数にわたり担任の梅田センセイはタツヒコと文字どおりカラダとカラダでぶつかり合い、彼の傍若無人な行動を収めようと尽力してきた。それが悪い意味で彼――タツヒコの自信につながってしまっているのも、また事実だった。
一九九〇年代以降は教員による体罰報告数も減り、世論も体罰許すまじ、という風潮となっていた。元を辿れば、一九四七年に制定された『学校教育法』中の『学校教育法第十一条』で『体罰を禁ずる』旨の規定がある。『懲戒』は良いが『体罰』はダメと明確に書かれている。
ただし、その『赦し』にも限度があると、僕は思う。
特にこのタツヒコは、そういう風潮や社会的模範、新常識を悪用するのがうまかった少年だ。教員から生徒に対して理不尽な暴力や不快感を与えるべからず、という法を都合よく解釈して、何をやろうが教員に法で保護された自分を止めることはできないだろう、と好き勝手に振舞っていた。彼の両親もまた、息子の横暴に辟易し、自分たちに矛先が向くよりは好きなようにやらせて、都合が悪くなれば何もかも教員のせいにすればよい、と考えるようになっていた。
タツヒコは、この中学において、止められる者などいない無敵の『悪』だったのだ。
それでも吉川は、タツヒコのそんな振る舞いに寛容に対応できるほどオトナではなかった。
「うるっせえな……。それになんか文句でもあんのかよ!?」
「べぇつにぃ」
タツヒコは、吉川のぎらついた目を嘲るように、にやにやいやらしい笑いを浮かべてみせる。
「たかがセンコーごときにビビッてんの、って思っただけだぜぇ。チンケな野郎だなってよぉ」
「て、てめぇ!?」
「……おい、やめとけ、カエル。そんな阿呆相手にマジになんな。放っておけ」
吉川が――いや、教室にいた生徒全員が見ると、ちょうど登校してきた小山田の姿があった。小山田は自分の机を我が物顔で占領しているタツヒコを一瞥すると、まるで無視して鞄を置く。
「ひひっ、阿呆だってよぉ。言うじゃねえか、ダッチィ。俺のどこが阿呆だってんだよぉ?」
「まわりの連中の呆れた目も気にしねえで、ひとり好き勝手やらかしてるところが、だろうが」
「中学生なら何やったって赦されるんだぜぇ。だったら、やらない方が阿呆だろうがよぉ」
小山田はタツヒコのセリフに動きを止め、醒めた視線を座ったままのタツヒコに注いだ。タツヒコはなおも続けて言う。
「お前だって、さんざん好き勝手やってきただろうがよぉ。それとも……ひひっ、あの尻軽女に色仕掛けでお願いでもされたのかよぉ? なー、ダッチ? もうセックスしたのかよぉ?」
次の瞬間――。
小山田はタツヒコの胸倉を荒々しく掴み上げ一気に押し倒すと、馬乗りになって何度も何度も殴りつけた。
「おはよう、ケンタ君。あ、あのね……?」
また新しい週がはじまった。
のだが、どうも様子がおかしい。
まだ人影まばらな教室内を見回すと――。
「おぉういぃ。ダッチはまだこねぇのかよぉ。暇すぎて死にそうなんだけどぉ」
え……?
タツヒコ――一組の赤川龍彦がなんでウチの教室にいるんだ!?
見れば、小山田の椅子にだらしなくもたれ、両足を机の上に放り投げて座っているタツヒコの姿があった。メンツが潰されると思ったのか、吉川は早速近づくとぶっきら棒に話しかけた。
「……なんか用スか、タツヒコ? ダッチならまだしばらく学校には来な――」
「おぅ、カエルじゃねえかよぉ。ビニ本とかエロ本持ってきてねえのかよぉ。早く出せよぉ」
「は、はぁ!? な、ないッスよ。そんなの学校に持ってくるワケないじゃないッスか……」
「なんだよぉ。梅田のおっさんが怖えのかよぉ。だらしねえなぁ」
あの学年主任の梅田センセイを『おっさん』呼ばわりするのはタツヒコくらいのものだろう。
恐いもの知らず、と言いたいところだが、相当な回数にわたり担任の梅田センセイはタツヒコと文字どおりカラダとカラダでぶつかり合い、彼の傍若無人な行動を収めようと尽力してきた。それが悪い意味で彼――タツヒコの自信につながってしまっているのも、また事実だった。
一九九〇年代以降は教員による体罰報告数も減り、世論も体罰許すまじ、という風潮となっていた。元を辿れば、一九四七年に制定された『学校教育法』中の『学校教育法第十一条』で『体罰を禁ずる』旨の規定がある。『懲戒』は良いが『体罰』はダメと明確に書かれている。
ただし、その『赦し』にも限度があると、僕は思う。
特にこのタツヒコは、そういう風潮や社会的模範、新常識を悪用するのがうまかった少年だ。教員から生徒に対して理不尽な暴力や不快感を与えるべからず、という法を都合よく解釈して、何をやろうが教員に法で保護された自分を止めることはできないだろう、と好き勝手に振舞っていた。彼の両親もまた、息子の横暴に辟易し、自分たちに矛先が向くよりは好きなようにやらせて、都合が悪くなれば何もかも教員のせいにすればよい、と考えるようになっていた。
タツヒコは、この中学において、止められる者などいない無敵の『悪』だったのだ。
それでも吉川は、タツヒコのそんな振る舞いに寛容に対応できるほどオトナではなかった。
「うるっせえな……。それになんか文句でもあんのかよ!?」
「べぇつにぃ」
タツヒコは、吉川のぎらついた目を嘲るように、にやにやいやらしい笑いを浮かべてみせる。
「たかがセンコーごときにビビッてんの、って思っただけだぜぇ。チンケな野郎だなってよぉ」
「て、てめぇ!?」
「……おい、やめとけ、カエル。そんな阿呆相手にマジになんな。放っておけ」
吉川が――いや、教室にいた生徒全員が見ると、ちょうど登校してきた小山田の姿があった。小山田は自分の机を我が物顔で占領しているタツヒコを一瞥すると、まるで無視して鞄を置く。
「ひひっ、阿呆だってよぉ。言うじゃねえか、ダッチィ。俺のどこが阿呆だってんだよぉ?」
「まわりの連中の呆れた目も気にしねえで、ひとり好き勝手やらかしてるところが、だろうが」
「中学生なら何やったって赦されるんだぜぇ。だったら、やらない方が阿呆だろうがよぉ」
小山田はタツヒコのセリフに動きを止め、醒めた視線を座ったままのタツヒコに注いだ。タツヒコはなおも続けて言う。
「お前だって、さんざん好き勝手やってきただろうがよぉ。それとも……ひひっ、あの尻軽女に色仕掛けでお願いでもされたのかよぉ? なー、ダッチ? もうセックスしたのかよぉ?」
次の瞬間――。
小山田はタツヒコの胸倉を荒々しく掴み上げ一気に押し倒すと、馬乗りになって何度も何度も殴りつけた。
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