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第282話 月夜の邂逅(5) at 1995/10/14
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「この私――コトセが生まれたのは、この『リトライ』がはじまってすぐのことだった――」
まだショックを隠し切れない僕らだったが、今はコトセの語る物語に耳を傾けることにした。
「やがて死に至る病……琴世はそのことをすでに知っている。パパがいくらうまく隠しおおせたつもりになっていても、琴世は知っていたのだ。近い将来、自分が死ぬ運命だということを」
「そう……だったの……か」
「……そして、自暴自棄になっていた」
コトセは静かに言葉を紡ぐ。
「理不尽ないじめと偏見。いつも明るくふるまうパパの姿。日を追うごとに襲う苦痛を伴う症状。どうして、私だけが……? なんで私には未来がないの……? そう嘆き塞ぎ込んでいた」
そのつらさは、経験した者でなければきっと理解できないのだろう。
「……その時だった。ひたすら耐え忍ぶだけの琴世の中に、ありとあらゆる理不尽に抗うちっぽけな反逆の意思が芽生えたのだ。許せない、認めない、足掻いて足掻いて、みっともなく足掻きまくってやる、とな? その黒い感情のカタマリこそが私、コトセの原型になったのだよ」
「黒い……感情のカタマリ……か」
「なんだ? 納得だ、とでも言いたいのかね?」
「そっ! そんなんじゃないって! ただ……さ……」
僕のココロの奥底を見透かしたかのごとくコトセは揶揄したが、真っ赤になって慌ててその誤解を否定しながらも、水無月さんは強いな、そう思っていたのだ。
水無月さんほど致命的でも深刻でもないのだろうが、四〇歳になった僕も、周囲からの姿なき偏見と誹謗中傷の幻影に悩まされ、外面だけは今までどおり何も変わらないフリを続け、精神的な面の低下が引き起こす体調不良と不眠に苦しんでいた。
だが僕は、それに抗おうという気持ちも、流れに逆らい足掻く気迫も、何ひとつ持ち合わせてはいなかった。コトセの言った『黒い感情のカタマリ』のカケラなぞ、ただのひとつも持ち合わせてはいなかったのだ。
なるようになれだ――そう思ってはいたものの、言うなればそれは、ただの『あきらめ』に過ぎなかった。
しかし水無月さんは、ココロの奥底では、どうしてもあきらめたくはなかったのだろう。それが無意識下で『コトセ』というもう一人の人格を生み出した。そして生まれた『コトセ』はくじけそうになる水無月さんのココロを支え、鼓舞し、叱咤激励しながら、何度も何度も『終わらないエンディング・ルート』の攻略を目指して『リトライ』を繰り返してきたのだろう。
僕はあらためてコトセの目をまっすぐに見つめ、頭を下げた。
「たださ……? もし君という存在が生まれなければ、水無月さんの『リトライ』もはじまらなかったんだな、と思ったからさ。だから、言いたいんだ。ありがとう、って」
「はぁ……ハナシを聞いてなかったのか? 私が生まれるより先に『リトライ』があって――」
「それでも、だよ! でしょ、ケンタ?」
「うん。ロコ、そうだ」
ふてくされて仏頂面をしているコトセの非難めいたセリフを押し留め、僕とロコは言った。
「もし君が『リトライ』とともに生まれなかったら、きっとツッキーは一度目で挫折していた」
「そうだよ。それじゃ『リトライ』がはじまっても、たった一回で終わっていたはずでしょ?」
「そ、それでもだな? 私ひとりのチカラでは、琴世を止めることまではできなくって――!」
――ぽた――ぽたた。
「あ、あれ? なぜだ? どうしてだ? なぜ私はこんなところで泣いている?」
丸めた拳で、ぐじぐじ、と目元をこするが、溢れる涙は止まらなかった。それでもなお、くしゃくしゃに顔を歪めながら泣くコトセの両隣から、僕とロコは細いカラダを抱きしめた。
「……今までひとりきりで、よくがんばったね、コトセ。あたしたちがいれば、もう大丈夫!」
「そうだ。もう君はひとりじゃない。僕らがいる。三人でこの『リトライ』を終わらせよう!」
まだショックを隠し切れない僕らだったが、今はコトセの語る物語に耳を傾けることにした。
「やがて死に至る病……琴世はそのことをすでに知っている。パパがいくらうまく隠しおおせたつもりになっていても、琴世は知っていたのだ。近い将来、自分が死ぬ運命だということを」
「そう……だったの……か」
「……そして、自暴自棄になっていた」
コトセは静かに言葉を紡ぐ。
「理不尽ないじめと偏見。いつも明るくふるまうパパの姿。日を追うごとに襲う苦痛を伴う症状。どうして、私だけが……? なんで私には未来がないの……? そう嘆き塞ぎ込んでいた」
そのつらさは、経験した者でなければきっと理解できないのだろう。
「……その時だった。ひたすら耐え忍ぶだけの琴世の中に、ありとあらゆる理不尽に抗うちっぽけな反逆の意思が芽生えたのだ。許せない、認めない、足掻いて足掻いて、みっともなく足掻きまくってやる、とな? その黒い感情のカタマリこそが私、コトセの原型になったのだよ」
「黒い……感情のカタマリ……か」
「なんだ? 納得だ、とでも言いたいのかね?」
「そっ! そんなんじゃないって! ただ……さ……」
僕のココロの奥底を見透かしたかのごとくコトセは揶揄したが、真っ赤になって慌ててその誤解を否定しながらも、水無月さんは強いな、そう思っていたのだ。
水無月さんほど致命的でも深刻でもないのだろうが、四〇歳になった僕も、周囲からの姿なき偏見と誹謗中傷の幻影に悩まされ、外面だけは今までどおり何も変わらないフリを続け、精神的な面の低下が引き起こす体調不良と不眠に苦しんでいた。
だが僕は、それに抗おうという気持ちも、流れに逆らい足掻く気迫も、何ひとつ持ち合わせてはいなかった。コトセの言った『黒い感情のカタマリ』のカケラなぞ、ただのひとつも持ち合わせてはいなかったのだ。
なるようになれだ――そう思ってはいたものの、言うなればそれは、ただの『あきらめ』に過ぎなかった。
しかし水無月さんは、ココロの奥底では、どうしてもあきらめたくはなかったのだろう。それが無意識下で『コトセ』というもう一人の人格を生み出した。そして生まれた『コトセ』はくじけそうになる水無月さんのココロを支え、鼓舞し、叱咤激励しながら、何度も何度も『終わらないエンディング・ルート』の攻略を目指して『リトライ』を繰り返してきたのだろう。
僕はあらためてコトセの目をまっすぐに見つめ、頭を下げた。
「たださ……? もし君という存在が生まれなければ、水無月さんの『リトライ』もはじまらなかったんだな、と思ったからさ。だから、言いたいんだ。ありがとう、って」
「はぁ……ハナシを聞いてなかったのか? 私が生まれるより先に『リトライ』があって――」
「それでも、だよ! でしょ、ケンタ?」
「うん。ロコ、そうだ」
ふてくされて仏頂面をしているコトセの非難めいたセリフを押し留め、僕とロコは言った。
「もし君が『リトライ』とともに生まれなかったら、きっとツッキーは一度目で挫折していた」
「そうだよ。それじゃ『リトライ』がはじまっても、たった一回で終わっていたはずでしょ?」
「そ、それでもだな? 私ひとりのチカラでは、琴世を止めることまではできなくって――!」
――ぽた――ぽたた。
「あ、あれ? なぜだ? どうしてだ? なぜ私はこんなところで泣いている?」
丸めた拳で、ぐじぐじ、と目元をこするが、溢れる涙は止まらなかった。それでもなお、くしゃくしゃに顔を歪めながら泣くコトセの両隣から、僕とロコは細いカラダを抱きしめた。
「……今までひとりきりで、よくがんばったね、コトセ。あたしたちがいれば、もう大丈夫!」
「そうだ。もう君はひとりじゃない。僕らがいる。三人でこの『リトライ』を終わらせよう!」
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