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第264話 波乱ぶくみの運動会(10) at 1995/10/10
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『これから――二年生代表による――借り物競争が――はじまります――』
(くっそ……結局、なんにも対策立てられないまま呼ばれちゃったなぁ……)
「がんばってー! ケンタくーん! ハカセー!」
「………………え!?」
「はい。ともにベストを尽くしましょう、古ノ森リーダー」
女子部員たちの黄色い声援に思わず驚いて隣を見ると、いつのまにやら五十嵐君が飄然とした表情で当たり前のように立っているではないか。
っていうか、早く言って欲しかったなぁ。
「あ、あのさ、この競技、ウチの中学の運動会の中でも、一、二を争う難易度って知ってる?」
「ええ。当然です。ただ、出場するのははじめてでしたが」
「もしかして……勝算はあるの、ハカセ?」
「無論可能です」
「ホントかなぁ……」
さすがにこれに関しては、さすがハカセだ! と手放しで納得できないってば。
なにしろ、出題している連中の頭のネジがいくつかふっとんでいるのである。物理的にとか論理的にとか、とにかく正論でなんとかなるお題だと考えていたら大間違いなのである。
しかも、とにかくフィールドが広い。
フツーにコース上にお題の紙を置いてくれたらいいものを、校庭の対角線上に設けられた入場門と退場門、ほぼそのそれぞれの位置にスタートとゴールがあるだけで、白線で描かれたトラックの内側に大量のお題らしきフリップが伏せられて配置されていた。五〇個近くはあるだろうか。
「さて、今年の審判役は……うわ、まさかの雑賀センセイじゃんか……これは手強いな……!」
社会科担当の雑賀一郎センセイ。
梅センの次に怖いと評判(?)で、年齢は六〇歳あたりの冗談の通じないカタブツ、まさに頑固オヤジを絵に描いたような厳めしい顔を常にしている強敵である。
それを知ってか知らずか、隣にちょこんと立ち、にこにこ笑顔を浮かべているのは音楽の柴山由美子センセイだ。この学校が初勤務地となった若い柴山センセイに、ある意味名物となっているこの競技の審判役を任せたのは、いいチョイスかもしれない。うん。
「特段不都合はないと思いますが?」
苦々しい顔でゴールで待つ審判役二人を見つめる僕に、五十嵐君はこともなげに言い放った。
「雑賀先生、柴山先生のお二方が納得されるような品をお持ちすればよいだけのことですから」
「……って、カンタンに言ってくれちゃってるけど、雑賀センセイ攻略は難しいんじゃない?」
「はぁ。そうでしょうか?」
「いやいや。あの雑賀センセイだよ? クラスのお調子者がギャグやってもくすりともしない」
「結構お笑い番組などがお好きで、ご覧になっているはずですけどね」
「へーそうなんだー……って! なんでそんなこと知ってるのさ!?」
「はい。一度、あまりにも気になって、直接おうかがいしたことがありますから」
「逆に、ストレートに聞いちゃうハカセが怖いよ、僕……」
五十嵐君の、未知への探求心には計り知れないところがあるなぁ。
っていうか、よく怒られなかったよね……。
「いえいえ。むしろ、ノリツッコミで返してくれましたよ。さすがに僕も笑ってしまいました」
「え、えー……。それが真実だとしても、仕掛ける勇気が湧かないんだけど……」
あの、ブルドックか鬼瓦かってくらい厳めしい表情を常に崩さない雑賀センセイが? 嘘だよね? 嘘って言って!
まだギャップが埋められなくて僕の頭は混乱しっぱなしだったが、まもなくスタートだ。構えながら隣に言う。
「じゃあ、お互い協力してがんばろうぜ!」
「……いいえ。そうは参りません。今回ばかりは」
「………………え?」
まさかの答えを返す五十嵐君の視線の先には――一生懸命に声援を送る水無月さんが。
「僕だって、ヒーローになる権利くらいあると信じていますから。今日は負けられません」
「ははっ、そりゃそうだ! 僕も、一度でいいからハカセと真剣勝負がしてみたかったんだ!」
(くっそ……結局、なんにも対策立てられないまま呼ばれちゃったなぁ……)
「がんばってー! ケンタくーん! ハカセー!」
「………………え!?」
「はい。ともにベストを尽くしましょう、古ノ森リーダー」
女子部員たちの黄色い声援に思わず驚いて隣を見ると、いつのまにやら五十嵐君が飄然とした表情で当たり前のように立っているではないか。
っていうか、早く言って欲しかったなぁ。
「あ、あのさ、この競技、ウチの中学の運動会の中でも、一、二を争う難易度って知ってる?」
「ええ。当然です。ただ、出場するのははじめてでしたが」
「もしかして……勝算はあるの、ハカセ?」
「無論可能です」
「ホントかなぁ……」
さすがにこれに関しては、さすがハカセだ! と手放しで納得できないってば。
なにしろ、出題している連中の頭のネジがいくつかふっとんでいるのである。物理的にとか論理的にとか、とにかく正論でなんとかなるお題だと考えていたら大間違いなのである。
しかも、とにかくフィールドが広い。
フツーにコース上にお題の紙を置いてくれたらいいものを、校庭の対角線上に設けられた入場門と退場門、ほぼそのそれぞれの位置にスタートとゴールがあるだけで、白線で描かれたトラックの内側に大量のお題らしきフリップが伏せられて配置されていた。五〇個近くはあるだろうか。
「さて、今年の審判役は……うわ、まさかの雑賀センセイじゃんか……これは手強いな……!」
社会科担当の雑賀一郎センセイ。
梅センの次に怖いと評判(?)で、年齢は六〇歳あたりの冗談の通じないカタブツ、まさに頑固オヤジを絵に描いたような厳めしい顔を常にしている強敵である。
それを知ってか知らずか、隣にちょこんと立ち、にこにこ笑顔を浮かべているのは音楽の柴山由美子センセイだ。この学校が初勤務地となった若い柴山センセイに、ある意味名物となっているこの競技の審判役を任せたのは、いいチョイスかもしれない。うん。
「特段不都合はないと思いますが?」
苦々しい顔でゴールで待つ審判役二人を見つめる僕に、五十嵐君はこともなげに言い放った。
「雑賀先生、柴山先生のお二方が納得されるような品をお持ちすればよいだけのことですから」
「……って、カンタンに言ってくれちゃってるけど、雑賀センセイ攻略は難しいんじゃない?」
「はぁ。そうでしょうか?」
「いやいや。あの雑賀センセイだよ? クラスのお調子者がギャグやってもくすりともしない」
「結構お笑い番組などがお好きで、ご覧になっているはずですけどね」
「へーそうなんだー……って! なんでそんなこと知ってるのさ!?」
「はい。一度、あまりにも気になって、直接おうかがいしたことがありますから」
「逆に、ストレートに聞いちゃうハカセが怖いよ、僕……」
五十嵐君の、未知への探求心には計り知れないところがあるなぁ。
っていうか、よく怒られなかったよね……。
「いえいえ。むしろ、ノリツッコミで返してくれましたよ。さすがに僕も笑ってしまいました」
「え、えー……。それが真実だとしても、仕掛ける勇気が湧かないんだけど……」
あの、ブルドックか鬼瓦かってくらい厳めしい表情を常に崩さない雑賀センセイが? 嘘だよね? 嘘って言って!
まだギャップが埋められなくて僕の頭は混乱しっぱなしだったが、まもなくスタートだ。構えながら隣に言う。
「じゃあ、お互い協力してがんばろうぜ!」
「……いいえ。そうは参りません。今回ばかりは」
「………………え?」
まさかの答えを返す五十嵐君の視線の先には――一生懸命に声援を送る水無月さんが。
「僕だって、ヒーローになる権利くらいあると信じていますから。今日は負けられません」
「ははっ、そりゃそうだ! 僕も、一度でいいからハカセと真剣勝負がしてみたかったんだ!」
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