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第237話 そして――サヨナラの代わりに at 1995/9/18
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ちょうど帰ろうとしていた僕らは、ツッキーパパがわざわざ呼び止めた理由がわからないまま、さっきまでいた洋室とは反対側にあるこじんまりとした和室へと通された。
「琴ちゃんの『仲間』である君たちには、きちんとお話ししておかないと、と思ってね――」
そう僕らに語りかけたツッキーパパ――水無月笙さんは、あいかわらず笑みの形を崩してはいなかったが、その唇から紡がれる溜息のように虚ろで重苦しい言葉は不吉な予感をさせた。
「琴ちゃんは、生まれた時からカラダが弱くてね。まあそれはつづみさん――あ、いや、琴ちゃんのお母さん譲りなんだろうけれど……。みんなにも、いろいろ迷惑をかけてしまったかな」
「い、いえ、僕らは――迷惑だなんて思ったことは一度もありません」
僕が言葉を区切ったのは、まわりに座っている仲間たちと視線を合わせておのおのの気持ちを確認したからだ。だからこそ僕は、確固たる自信をもってそうこたえることができたのだ。
「むしろ、ツッキー――あ、いや、水無月さんと友だちになれたことが、僕らはとても嬉しいんです。じゃなかったら、心配になって大勢でおしかけて、ご迷惑かけたりはしませんから」
「ははっ。そりゃそうかもね。……ありがとう、本当に――」
よかった。
大した話じゃなさそうだ。
ツッキーパパは心配だっただけなんだ。
嫌な予感なんていつもいつも当たるはずがない――。
「――でもね? だからこそ、君たちには話しておかないといけないんだ。琴ちゃんのことを」
当るはずが――。
「琴ちゃんのカラダが弱いのには、ちゃんとした理由があるんだ。けれど……琴ちゃんには教えていないこともある。それは……琴ちゃんを傷つけたくない、っていう卑怯な僕の弱さだよ」
「どういう……意味なんです……それ……?」
「僕は……琴ちゃんを哀しませたくない……琴ちゃんの未来を僕の手で消すのは嫌なんだ……」
「あたしたちにもわかるように教えてよ、ツッキーパパ!」
重苦しいツッキーパパの告白に耐え切れずロコが叫ぶと、彼はそのまっすぐな視線を避けた。
そして、血を吐くように囁いた。
「琴ちゃんの病名は……慢性白血病というんだ。君たちと一緒に、オトナにはなれない……」
なん……だって……!?
(あの少女、水無月琴世は、中学二年生でその短い生涯を終えるということなのさ――)
時巫女・セツナが言っていた水無月さんの運命を握るモノの正体は、とてつもない強敵だった。白血病といえば、いわば血液のがんだ。以前テレビで特集番組をちらりと見たが、正常な血液が減少するため現れる症状として、息切れ、動悸、倦怠感、あざ、出血斑、鼻血、貧血、発熱などがあるらしい。そう言われてみれば、水無月さんにもいくつかあてはまるものがある。
いや!
でも、たしか――。
その時、僕のココロの隅にかろうじて残っていた記憶を鮮明にしてくれたのはロコだった。
「それは違うよ、ツッキーパパ! 白血病は治る、治せるもん! あきらめちゃダメだよ!!」
「ありがとうね、ロコちゃん。でもね? がんばればなんとかなるって病気じゃなくって……」
「治るんだよ! 治るの! 嘘じゃない、ホント嘘じゃないんだって! だって、あたし――」
「……やめろ、ロコ」
僕は涙をぽろぽろとこぼしながら必死で訴えるロコのカラダを抱きかかえた。そうでもしなければ、ツッキーパパのココロは耐え切れなかっただろう。きっとすがってしまっただろう。
――まだこの時代には存在していない希望に。
「ようやくこの僕にも、お父様がお嬢さんを題材にした絵を描かれている理由がわかりました」
今まで一言も口を開かず、じっと黙っていた五十嵐君は静かにそう告げた。
「お嬢さんの……ツッキーの生きた証を、ひとつでも多くこの世界に残すため、なのですね?」
「琴ちゃんの『仲間』である君たちには、きちんとお話ししておかないと、と思ってね――」
そう僕らに語りかけたツッキーパパ――水無月笙さんは、あいかわらず笑みの形を崩してはいなかったが、その唇から紡がれる溜息のように虚ろで重苦しい言葉は不吉な予感をさせた。
「琴ちゃんは、生まれた時からカラダが弱くてね。まあそれはつづみさん――あ、いや、琴ちゃんのお母さん譲りなんだろうけれど……。みんなにも、いろいろ迷惑をかけてしまったかな」
「い、いえ、僕らは――迷惑だなんて思ったことは一度もありません」
僕が言葉を区切ったのは、まわりに座っている仲間たちと視線を合わせておのおのの気持ちを確認したからだ。だからこそ僕は、確固たる自信をもってそうこたえることができたのだ。
「むしろ、ツッキー――あ、いや、水無月さんと友だちになれたことが、僕らはとても嬉しいんです。じゃなかったら、心配になって大勢でおしかけて、ご迷惑かけたりはしませんから」
「ははっ。そりゃそうかもね。……ありがとう、本当に――」
よかった。
大した話じゃなさそうだ。
ツッキーパパは心配だっただけなんだ。
嫌な予感なんていつもいつも当たるはずがない――。
「――でもね? だからこそ、君たちには話しておかないといけないんだ。琴ちゃんのことを」
当るはずが――。
「琴ちゃんのカラダが弱いのには、ちゃんとした理由があるんだ。けれど……琴ちゃんには教えていないこともある。それは……琴ちゃんを傷つけたくない、っていう卑怯な僕の弱さだよ」
「どういう……意味なんです……それ……?」
「僕は……琴ちゃんを哀しませたくない……琴ちゃんの未来を僕の手で消すのは嫌なんだ……」
「あたしたちにもわかるように教えてよ、ツッキーパパ!」
重苦しいツッキーパパの告白に耐え切れずロコが叫ぶと、彼はそのまっすぐな視線を避けた。
そして、血を吐くように囁いた。
「琴ちゃんの病名は……慢性白血病というんだ。君たちと一緒に、オトナにはなれない……」
なん……だって……!?
(あの少女、水無月琴世は、中学二年生でその短い生涯を終えるということなのさ――)
時巫女・セツナが言っていた水無月さんの運命を握るモノの正体は、とてつもない強敵だった。白血病といえば、いわば血液のがんだ。以前テレビで特集番組をちらりと見たが、正常な血液が減少するため現れる症状として、息切れ、動悸、倦怠感、あざ、出血斑、鼻血、貧血、発熱などがあるらしい。そう言われてみれば、水無月さんにもいくつかあてはまるものがある。
いや!
でも、たしか――。
その時、僕のココロの隅にかろうじて残っていた記憶を鮮明にしてくれたのはロコだった。
「それは違うよ、ツッキーパパ! 白血病は治る、治せるもん! あきらめちゃダメだよ!!」
「ありがとうね、ロコちゃん。でもね? がんばればなんとかなるって病気じゃなくって……」
「治るんだよ! 治るの! 嘘じゃない、ホント嘘じゃないんだって! だって、あたし――」
「……やめろ、ロコ」
僕は涙をぽろぽろとこぼしながら必死で訴えるロコのカラダを抱きかかえた。そうでもしなければ、ツッキーパパのココロは耐え切れなかっただろう。きっとすがってしまっただろう。
――まだこの時代には存在していない希望に。
「ようやくこの僕にも、お父様がお嬢さんを題材にした絵を描かれている理由がわかりました」
今まで一言も口を開かず、じっと黙っていた五十嵐君は静かにそう告げた。
「お嬢さんの……ツッキーの生きた証を、ひとつでも多くこの世界に残すため、なのですね?」
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