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第236話 ようやく会えたね at 1995/9/18
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「やあ! ようこそ、いらっしゃい! 君たちが、琴ちゃんの言ってた『仲間』たちだね!?」
「こ、こんにちは、おじさん。みんなで押し掛けちゃってスミマセン……」
「そして、君がロコちゃん、だね? いや、むしろ大歓迎だよ! ほら、上がって上がって!」
水無月さんの家は、咲山団地の3-3号棟にあった。女子三人に続いて恐縮しまくりの陰キャ男子四人がぺこぺことしきりに頭を下げながら靴を脱いで出されたスリッパに足を通す。
木曽根と違って、咲山団地の室内は3DKとひと回り広めだ。その一番奥、ベランダ側の洋室のほとんどを占領するベッドの上で、水無月さんは僕らに恥ずかしそうな笑顔を見せた。
「す、すみません……! な、なんかパパが無理矢理誘ってしまったみたいで……もう……!」
「だってさー。みんなに会ってみたい! ってパパがいくら頼んでも会わせてくれなかったし」
「い、いじわるしてたわけじゃないんだよ!? ほ、ほら……どう誘ったらいいかなとか……」
「まったく。琴ちゃんは恥ずかしがり屋さんだからなぁ」
見たところ、ツッキーパパはかなり若そうな印象だ。たぶん『未来』の『俺』よりもはるかに歳若いのだろう。ゆるくウェーブのかかった肩までの髪は濃い栗色で、着ている服も小洒落て垢ぬけていた。その割に、軽薄そうな雰囲気はひとつもない。むしろ実直そうな好青年だ。
「ああ、自己紹介がまだだったね――」
ツッキーパパは、ぽん、と手を打ち、ベッドを囲むように並べられた椅子に腰かけた僕らにていねいに頭を下げてから言った。
「僕の名前はね、水無月笙って言います。いちおう、絵描き――画家ってことになるのかな?」
最後の問いかけは、ベッドの上のツッキーに向けられたものだ。
たちまち僕らは動転し、とりわけ驚きまくった渋田がすっとんきょうな叫びを漏らした。
「が、画家ぁ!? す、凄いですねー!」
「ちょ、ちょっと! あんたって奴は!」
「あはははは……凄くは……ないかもね。特に有名なわけではないし、好きで書いてるだけさ」
「どのようなものを、絵の題材にしているのでしょう?」
通された家の中にはそれらしきものは見当たらなかった。それに気づいた五十嵐君が尋ねると、ツッキーパパはもう一度ベッドの上のツッキーを見てから、恥ずかしそうにこう告げた。
「僕の絵はね、琴ちゃんがモデルなんだ。琴ちゃんの人生の一部分を切り取って描き残すんだ」
「うわぁ! 見たいっ! あたし、ぜひ見てみたいですっ!」
ロコは期待に胸ふくらませてたちまち喰いついたが――ツッキーパパはさらにもう一度、ツッキーと視線を交わし、浮かべている笑顔はそのままだったけれど、済まなそうにこたえた。
「ロコちゃん、僕の絵は人様に見せられるような立派なものではないよ。それに、琴ちゃんのキレイな面だけを描いているわけじゃない。哀しい時も、苦しい時も、すべてを描いてるんだ」
「あ――ご、ごめんなさい……」
「いやいやいや。謝ることなんてないからね。じゃあ、ちょっとみんなにお茶とお菓子を持ってこようかな? 甘いのは嫌いじゃないよね? ちょうどさっき、クッキーを焼いてみたんだ」
ツッキーパパは最後まで笑顔を絶やすことなく洋室の戸を開けてキッチンに向かった。その背中を見送ってから、水無月さんは顔を真っ赤にしてあわあわと何度も僕たちに頭を下げた
「あ、あの……す、すみません、お見舞いだなんて……」
「ううん。で、大丈夫、ツッキー? 明日から学校来れるの?」
「あ、明日はまだ無理かもですけど……だ、大丈夫です! い、いつものことなんですよ……」
「そっかー。……ね? ツッキーパパって、想像してたよりも、ずっと若くてカッコイイね!」
「も、もう……! か、勝手にロコちゃん家にお電話して……おうちに呼んじゃうなんて……」
そして僕らは、ツッキーパパがオシャレなトレイに載せて運んできてくれた紅茶とクッキーを楽しみながら、文化祭のこと、後夜祭のこと、今日学校であったことなんかをおしゃべりして楽しく過ごした。ツッキーパパの淹れてくれた紅茶は、摘みたての花のような爽やかな香りがして、焼きたてのクッキーはバターの風味がふわりと漂い、とても手作りとは思えなかった。
夕暮れが訪れ、さすがにそろそろおいとましようという段になって、ツッキーパパが言った。
「琴ちゃんは眠っちゃったみたいだ。疲れたんだろう。……で、少しだけ時間もらえるかな?」
「こ、こんにちは、おじさん。みんなで押し掛けちゃってスミマセン……」
「そして、君がロコちゃん、だね? いや、むしろ大歓迎だよ! ほら、上がって上がって!」
水無月さんの家は、咲山団地の3-3号棟にあった。女子三人に続いて恐縮しまくりの陰キャ男子四人がぺこぺことしきりに頭を下げながら靴を脱いで出されたスリッパに足を通す。
木曽根と違って、咲山団地の室内は3DKとひと回り広めだ。その一番奥、ベランダ側の洋室のほとんどを占領するベッドの上で、水無月さんは僕らに恥ずかしそうな笑顔を見せた。
「す、すみません……! な、なんかパパが無理矢理誘ってしまったみたいで……もう……!」
「だってさー。みんなに会ってみたい! ってパパがいくら頼んでも会わせてくれなかったし」
「い、いじわるしてたわけじゃないんだよ!? ほ、ほら……どう誘ったらいいかなとか……」
「まったく。琴ちゃんは恥ずかしがり屋さんだからなぁ」
見たところ、ツッキーパパはかなり若そうな印象だ。たぶん『未来』の『俺』よりもはるかに歳若いのだろう。ゆるくウェーブのかかった肩までの髪は濃い栗色で、着ている服も小洒落て垢ぬけていた。その割に、軽薄そうな雰囲気はひとつもない。むしろ実直そうな好青年だ。
「ああ、自己紹介がまだだったね――」
ツッキーパパは、ぽん、と手を打ち、ベッドを囲むように並べられた椅子に腰かけた僕らにていねいに頭を下げてから言った。
「僕の名前はね、水無月笙って言います。いちおう、絵描き――画家ってことになるのかな?」
最後の問いかけは、ベッドの上のツッキーに向けられたものだ。
たちまち僕らは動転し、とりわけ驚きまくった渋田がすっとんきょうな叫びを漏らした。
「が、画家ぁ!? す、凄いですねー!」
「ちょ、ちょっと! あんたって奴は!」
「あはははは……凄くは……ないかもね。特に有名なわけではないし、好きで書いてるだけさ」
「どのようなものを、絵の題材にしているのでしょう?」
通された家の中にはそれらしきものは見当たらなかった。それに気づいた五十嵐君が尋ねると、ツッキーパパはもう一度ベッドの上のツッキーを見てから、恥ずかしそうにこう告げた。
「僕の絵はね、琴ちゃんがモデルなんだ。琴ちゃんの人生の一部分を切り取って描き残すんだ」
「うわぁ! 見たいっ! あたし、ぜひ見てみたいですっ!」
ロコは期待に胸ふくらませてたちまち喰いついたが――ツッキーパパはさらにもう一度、ツッキーと視線を交わし、浮かべている笑顔はそのままだったけれど、済まなそうにこたえた。
「ロコちゃん、僕の絵は人様に見せられるような立派なものではないよ。それに、琴ちゃんのキレイな面だけを描いているわけじゃない。哀しい時も、苦しい時も、すべてを描いてるんだ」
「あ――ご、ごめんなさい……」
「いやいやいや。謝ることなんてないからね。じゃあ、ちょっとみんなにお茶とお菓子を持ってこようかな? 甘いのは嫌いじゃないよね? ちょうどさっき、クッキーを焼いてみたんだ」
ツッキーパパは最後まで笑顔を絶やすことなく洋室の戸を開けてキッチンに向かった。その背中を見送ってから、水無月さんは顔を真っ赤にしてあわあわと何度も僕たちに頭を下げた
「あ、あの……す、すみません、お見舞いだなんて……」
「ううん。で、大丈夫、ツッキー? 明日から学校来れるの?」
「あ、明日はまだ無理かもですけど……だ、大丈夫です! い、いつものことなんですよ……」
「そっかー。……ね? ツッキーパパって、想像してたよりも、ずっと若くてカッコイイね!」
「も、もう……! か、勝手にロコちゃん家にお電話して……おうちに呼んじゃうなんて……」
そして僕らは、ツッキーパパがオシャレなトレイに載せて運んできてくれた紅茶とクッキーを楽しみながら、文化祭のこと、後夜祭のこと、今日学校であったことなんかをおしゃべりして楽しく過ごした。ツッキーパパの淹れてくれた紅茶は、摘みたての花のような爽やかな香りがして、焼きたてのクッキーはバターの風味がふわりと漂い、とても手作りとは思えなかった。
夕暮れが訪れ、さすがにそろそろおいとましようという段になって、ツッキーパパが言った。
「琴ちゃんは眠っちゃったみたいだ。疲れたんだろう。……で、少しだけ時間もらえるかな?」
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