204 / 539
第203話 おしごとはじめ at 1995/9/5
しおりを挟む
二学期最初の今週は、生徒たちの――もしかすると先生たちも含むのかもしれないが――休みボケ対策なのか軒並み授業時間が削られていて、その分、別のことに時間を費やす週らしい。
西町田中学校文化祭、通称『西中まつり』は、毎年『敬老の日』、一日限りで開催される。
普段から娯楽に乏しい団地住民たち、特に小さい子どもを持つ家庭にとっては、期待に胸ふくらませて寝れずに待つほどではないにしろ、そこそこ楽しめるイベントとして親しまれていた。
なにしろ、タダ、なのである。
まあ、当たり前なんだけど。
なかでも、体育系・文科系問わず、各部活動が主催するさまざまな出し物が人気だ。ウチの中学は、やむを得ない理由がない限り、必ずいずれかの部活動に所属しなければならない、という暗黙のルールがある。きっちり校則で定められているわけではなかったが、実態はそうだ。
その反動からなのか、逆にクラスごとの出し物は、主に学習成果や課外活動の展示レベルに留まっていた。なんとも味気ないが、こちらはこちらで普段忙しくて目にする機会が少ない我が子の成長を見られる場として、共働き家庭が多い団地族の親たちにはウケがよろしいらしい。
「さて、と――」
昨日はほぼHRのみで帰宅となったので、実質今日が授業再開初日だったわけだ。ややくたびれたようにも見える部員たちの顔を一通り眺め終えた僕は、ひと呼吸おいてこう切り出した。
「いよいよ来週が本番だ。……けど、はじめに残念なお知らせをしておく」
わざともったいぶった言い方をしてみせたものの、予想に反してリアクションが薄い。
「ええと……僕たちが使う予定の視聴覚室だけれど、ギリギリの前日まで授業で使うみたいだ」
「ということは……そこまで待たないと準備にとりかかれない、ってことだよね。うーん……」
「一応、最後の授業が前の日の二時間目らしいから、長休みからは自由にしていいってことだ」
「長休みから、ったって……十五分ぽっちじゃなーんにもできないんじゃない?」
「いやいや、サトチン。その『ぽっち』の時間も有効に使うさ。資材搬入くらいはできるから」
「我々は人的数量で、他の部より劣っていますからね。僕も古ノ森リーダーの意見に賛成です」
「ぜ、全員同じクラスで良かったですよね。集まる手間がないんですもん」
「そ、そこだけは……有利なのかも。で、でも……男子四人だけだから……あ、あたしたちも……」
「いや、それはダメだ、ツッキー。特にツッキーには無理させたくない」
僕が言うと、水無月さんは不満そうに頬をふくらませたが、残る四人は皆うなずいた。その様子を順番に見つめる水無月さんの眉根は険しかったが、咲都子になだめられて溜息をついた。
「ツッキーの気持ちはうれしーけどさ。無理はダメだって。力仕事は男どもにお任せしましょ」
「あれ……? でも、サトチンは運ぶ係じゃないの?」
「あぁん!? なんでよ?」
「いやだってほら。ひ弱な僕らよりよっぽど男らし――ぐふっ!」
だらん、と咲都子の拳の先で脱力した渋田にはさして目もくれず、皆は僕に視線を戻した。
「なんか些細なアクシデントがあった気がするけど……さておき、段取りを再確認しておこう」
怖い怖い。まだぐんにゃりしたままの渋田の容態もさることながら、次第に慣れっこになってきた他の連中もどうかしてる。あと咲都子。お前の相方、百舌鳥の早贄みたいになってるぞ。
「来週の水曜までは、視聴覚室に一時的に入ることはできてもそのまま置いてくることはできないから、基本的には今までどおり部室で準備作業を続けることになる。完成した物も作業途中の物も、ここか荻島センセイに許可をもらった理科準備室に置くことになるから。いいね?」
「どちらに何を置くかは決めていますか、古ノ森リーダー?」
「うーん……そこまで厳密に考えてはいなかったけれど……」
僕は五十嵐君の質問にしばし考えてからこう答えた。
「理科準備室の方は、あくまで仮の置き場所だ、って考えよっか。フツーに授業で使うから」
「こ、壊されでもしたらマズいですもんね……」
「いやいや。さすがにそれはないっしょ、かえでちゃん。そんなの、超ヤバい奴じゃんかー」
そう――この時の僕らは、そんな『超ヤバい奴』がいるだなんて想像すらしてなかったのだ。
西町田中学校文化祭、通称『西中まつり』は、毎年『敬老の日』、一日限りで開催される。
普段から娯楽に乏しい団地住民たち、特に小さい子どもを持つ家庭にとっては、期待に胸ふくらませて寝れずに待つほどではないにしろ、そこそこ楽しめるイベントとして親しまれていた。
なにしろ、タダ、なのである。
まあ、当たり前なんだけど。
なかでも、体育系・文科系問わず、各部活動が主催するさまざまな出し物が人気だ。ウチの中学は、やむを得ない理由がない限り、必ずいずれかの部活動に所属しなければならない、という暗黙のルールがある。きっちり校則で定められているわけではなかったが、実態はそうだ。
その反動からなのか、逆にクラスごとの出し物は、主に学習成果や課外活動の展示レベルに留まっていた。なんとも味気ないが、こちらはこちらで普段忙しくて目にする機会が少ない我が子の成長を見られる場として、共働き家庭が多い団地族の親たちにはウケがよろしいらしい。
「さて、と――」
昨日はほぼHRのみで帰宅となったので、実質今日が授業再開初日だったわけだ。ややくたびれたようにも見える部員たちの顔を一通り眺め終えた僕は、ひと呼吸おいてこう切り出した。
「いよいよ来週が本番だ。……けど、はじめに残念なお知らせをしておく」
わざともったいぶった言い方をしてみせたものの、予想に反してリアクションが薄い。
「ええと……僕たちが使う予定の視聴覚室だけれど、ギリギリの前日まで授業で使うみたいだ」
「ということは……そこまで待たないと準備にとりかかれない、ってことだよね。うーん……」
「一応、最後の授業が前の日の二時間目らしいから、長休みからは自由にしていいってことだ」
「長休みから、ったって……十五分ぽっちじゃなーんにもできないんじゃない?」
「いやいや、サトチン。その『ぽっち』の時間も有効に使うさ。資材搬入くらいはできるから」
「我々は人的数量で、他の部より劣っていますからね。僕も古ノ森リーダーの意見に賛成です」
「ぜ、全員同じクラスで良かったですよね。集まる手間がないんですもん」
「そ、そこだけは……有利なのかも。で、でも……男子四人だけだから……あ、あたしたちも……」
「いや、それはダメだ、ツッキー。特にツッキーには無理させたくない」
僕が言うと、水無月さんは不満そうに頬をふくらませたが、残る四人は皆うなずいた。その様子を順番に見つめる水無月さんの眉根は険しかったが、咲都子になだめられて溜息をついた。
「ツッキーの気持ちはうれしーけどさ。無理はダメだって。力仕事は男どもにお任せしましょ」
「あれ……? でも、サトチンは運ぶ係じゃないの?」
「あぁん!? なんでよ?」
「いやだってほら。ひ弱な僕らよりよっぽど男らし――ぐふっ!」
だらん、と咲都子の拳の先で脱力した渋田にはさして目もくれず、皆は僕に視線を戻した。
「なんか些細なアクシデントがあった気がするけど……さておき、段取りを再確認しておこう」
怖い怖い。まだぐんにゃりしたままの渋田の容態もさることながら、次第に慣れっこになってきた他の連中もどうかしてる。あと咲都子。お前の相方、百舌鳥の早贄みたいになってるぞ。
「来週の水曜までは、視聴覚室に一時的に入ることはできてもそのまま置いてくることはできないから、基本的には今までどおり部室で準備作業を続けることになる。完成した物も作業途中の物も、ここか荻島センセイに許可をもらった理科準備室に置くことになるから。いいね?」
「どちらに何を置くかは決めていますか、古ノ森リーダー?」
「うーん……そこまで厳密に考えてはいなかったけれど……」
僕は五十嵐君の質問にしばし考えてからこう答えた。
「理科準備室の方は、あくまで仮の置き場所だ、って考えよっか。フツーに授業で使うから」
「こ、壊されでもしたらマズいですもんね……」
「いやいや。さすがにそれはないっしょ、かえでちゃん。そんなの、超ヤバい奴じゃんかー」
そう――この時の僕らは、そんな『超ヤバい奴』がいるだなんて想像すらしてなかったのだ。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる