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第169話 されど道のりは遠く(1) at 1995/8/4
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あれからもう三日経った。
「うーん……なんというか……これじゃないっていうか……」
あとは手を動かすだけ! 楽勝! と大見得切ったまではよかったのだが、僕は一人、ちゃぶ台の上に置かれた原稿用紙を前にあぐらをかいた姿勢で腕を組み、うーん、とうなっていた。
「シナリオ、って言っても、物語を書くわけじゃないんだよなぁ……脚本、みたいなカンジ?」
またもぶつぶつとこぼすが、それに返事をするものはいない。
というより、正確には、そんな余裕がある者がいない、そんなところである。
ふと顔をあげて見れば――。
「ほら! そっちちゃんと押さえててよ! マチ針で止められないじゃんか! ズレてる!」
「ち、ちゃんとやってるってば……。採寸、失敗してるんじゃないの? 足りないんだって」
物資手配・調達担当の咲都子と渋田は、手足も首もない、いわゆる裁縫用のトルソーを相手に苦戦していた。この前咲都子が提案してきた、アトラクションのキャスト用の衣装を作ろうとしているらしいのだが、なにぶん今までやったこともないので、要領が悪く、手間もかかる。
「あ、あのさ、シブチンに咲都子? ところで、肝心な段ボールの手配って……大丈夫なの?」
「あー。それは『三徳』でパートやってる、お友達のお母さんにお願い済み」
咲都子はこちらに顔を向けもせず、面倒そうな口調でそっけなく答えた。
「来週、お盆休み前の最後の仕入れがあるから、それをもらえるように取り付けてある。で?」
「な、なら、大丈夫か……。邪魔してごめんな」
ホントは段ボール以外に必要な物資の買い出し状況とかも知りたかったんだけれど……。今はやめておこう。
そのまま左に視線を移すと――。
「……なんでしょうか、古ノ森リーダー?」
またも僕の視線をいち早く察知した五十嵐君に、ぎろり、と鋭い視線を向けられた。
「あの……進行状況ってどうかなーっと……」
「ご覧のとおりですが、なにか?」
それで見てわかるようなら聞いてないんだよぁ。
五十嵐君の前には例の青図面が広げられており、その隣には工作用紙の切れ端とスティックのりとボンドが雑多に放置されていて、中心には組み立て途中――いや、建設途中らしき視聴覚室の模型が、ぽつん、と置かれている。なかなか緻密で精巧にできているようなのだけれど。
「再現性が低い……せめてもの救いは、寸法に狂いがない、ということだけでしょうか……」
「えーと、縮尺と寸法が合ってるなら、特に問題ないんじゃあ……」
「何をおっしゃってるんです? 問題大アリです!」
半分感心し、半分呆れながら僕が言うと、きっ! と五十嵐君は睨み返しながら声を荒げた。
「見てください! ここ、ここです! ここには、本来コンセントがあってしかるべきです!」
五十嵐君は途中段階の模型を掴み上げ、僕に向けて、ここです、と指をさした。
どこだよ……。
「そ、そんなところまで再現しなくってもいいんじゃあ……?」
「いいえ、必要です。二宮尊徳曰く、小を積めば、即ち大と為る。つまりは『積小為大』です」
「お、おう」
これはダメだ……。引用された故事成句の意味すらわからない僕に、なんといって彼を止めればよいというのだろう? 確かに、スピーカーやらコンピューターやらで電源位置は大事だけど。
「……まだ何か?」
「な――ないない! ナイデス! そのまま続けてくれ、ハカセに任せてあるからさ……!」
「うーん……なんというか……これじゃないっていうか……」
あとは手を動かすだけ! 楽勝! と大見得切ったまではよかったのだが、僕は一人、ちゃぶ台の上に置かれた原稿用紙を前にあぐらをかいた姿勢で腕を組み、うーん、とうなっていた。
「シナリオ、って言っても、物語を書くわけじゃないんだよなぁ……脚本、みたいなカンジ?」
またもぶつぶつとこぼすが、それに返事をするものはいない。
というより、正確には、そんな余裕がある者がいない、そんなところである。
ふと顔をあげて見れば――。
「ほら! そっちちゃんと押さえててよ! マチ針で止められないじゃんか! ズレてる!」
「ち、ちゃんとやってるってば……。採寸、失敗してるんじゃないの? 足りないんだって」
物資手配・調達担当の咲都子と渋田は、手足も首もない、いわゆる裁縫用のトルソーを相手に苦戦していた。この前咲都子が提案してきた、アトラクションのキャスト用の衣装を作ろうとしているらしいのだが、なにぶん今までやったこともないので、要領が悪く、手間もかかる。
「あ、あのさ、シブチンに咲都子? ところで、肝心な段ボールの手配って……大丈夫なの?」
「あー。それは『三徳』でパートやってる、お友達のお母さんにお願い済み」
咲都子はこちらに顔を向けもせず、面倒そうな口調でそっけなく答えた。
「来週、お盆休み前の最後の仕入れがあるから、それをもらえるように取り付けてある。で?」
「な、なら、大丈夫か……。邪魔してごめんな」
ホントは段ボール以外に必要な物資の買い出し状況とかも知りたかったんだけれど……。今はやめておこう。
そのまま左に視線を移すと――。
「……なんでしょうか、古ノ森リーダー?」
またも僕の視線をいち早く察知した五十嵐君に、ぎろり、と鋭い視線を向けられた。
「あの……進行状況ってどうかなーっと……」
「ご覧のとおりですが、なにか?」
それで見てわかるようなら聞いてないんだよぁ。
五十嵐君の前には例の青図面が広げられており、その隣には工作用紙の切れ端とスティックのりとボンドが雑多に放置されていて、中心には組み立て途中――いや、建設途中らしき視聴覚室の模型が、ぽつん、と置かれている。なかなか緻密で精巧にできているようなのだけれど。
「再現性が低い……せめてもの救いは、寸法に狂いがない、ということだけでしょうか……」
「えーと、縮尺と寸法が合ってるなら、特に問題ないんじゃあ……」
「何をおっしゃってるんです? 問題大アリです!」
半分感心し、半分呆れながら僕が言うと、きっ! と五十嵐君は睨み返しながら声を荒げた。
「見てください! ここ、ここです! ここには、本来コンセントがあってしかるべきです!」
五十嵐君は途中段階の模型を掴み上げ、僕に向けて、ここです、と指をさした。
どこだよ……。
「そ、そんなところまで再現しなくってもいいんじゃあ……?」
「いいえ、必要です。二宮尊徳曰く、小を積めば、即ち大と為る。つまりは『積小為大』です」
「お、おう」
これはダメだ……。引用された故事成句の意味すらわからない僕に、なんといって彼を止めればよいというのだろう? 確かに、スピーカーやらコンピューターやらで電源位置は大事だけど。
「……まだ何か?」
「な――ないない! ナイデス! そのまま続けてくれ、ハカセに任せてあるからさ……!」
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