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第89話 その11「好きな子と一緒に観劇して感激しよう」(3) at 1995/6/16
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『おぅいガンバぁー、ひとつだけ訊きてぇことがあんだ! おめぇ、どうしてノロイ島に行く気になったんだぁー!?』
『んなことオレにもわかんねぇ! ただよぉ、ただ、海へ出ろ! ノロイ島へ行け! って尻尾がうずくんだよぉ!』
『!? ……尻尾が……尻尾がうずく、か。……へへっ』
僕は劇の序盤から、さまざまな風景に移り変わる舞台の上で、かろやかに、ときにはユーモラスに動き回り、笑い、声を張り上げる登場人物たちの虜になっていた。あれほどまでに猜疑心と警戒心に囚われ、むっつりと不機嫌そうに眼をすがめて斜に構えていたというのにだ。
どうやらこの舞台も、原作ではなく、シンプルにまとめられたアニメ版をベースにしているらしい。それもプラスに働いたのかもしれなかった。
上演中、僕は何度か手元のパンフレットと舞台上の演者とを見比べた。物語に釘付けになっていたにも関わらずそうせざるを得なかったのは、とてもとても同じ人物、白黒の写真でそこに収まっているくたびれた役者なのだとはどうしても信じられなかったからだ。
「凄い……!」
「うん、凄いね!」
なにげなく漏れ出た感嘆の声に、寄り添うように身体を近づけて純美子は囁いた。純美子の大きくてくりりとした瞳には舞台照明の色鮮やかな光が映っていて、まるで銀河のようだ。
「正直、ちょっとナメてた。こんなじいさんばあさんばっかの劇団で何ができるんだ、って」
「うん」
「でも、役者って、俳優って凄いんだなー! どんな人にもなれる。どんな世界にもいける」
「うん」
「ナレーションの人も凄いよね。声だけで感情を伝えて、風景までがらりと変えちゃうんだ」
「うん」
きっと純美子だって、伝えたいこと、話したいことがあったに違いない。けれど彼女は優しく微笑むばかりで、僕が熱に浮かされたように発する言葉ひとつひとつにうなずいている。
そして、心が揺さぶられてもう言葉も出なくなった僕に、純美子は短くこう囁いたのだった。
「うん、じゃああたし、決めた」
「………………え? 決め、た?」
「なーんでもないっ!」
純美子は小鳩のようにくすくすと笑うと、呆気にとられている僕の頬を人差し指でくりくりと押しやって視線を無理矢理舞台へと戻してしまった。僕は反射的に頬に手を置きながら、純美子の発したセリフの奥に隠された意味を考えていたのだが――やがて忘れてしまった。
やがて幕は静かに下りる――。
終演時間が夕方になってしまった今日に限っては部活動禁止ということで、観劇後はそのまま現地解散となった。こうして学校外で同学年が一箇所に揃うことはめったにないこともあって、解散後もだらだらと残っている生徒が多い。そして案の定、渋田は知り合いであるという中年の女性に咲都子とセットで捕まってしまったようで、ぺこぺこと愛想を振りまいていた。
そこで僕は純美子の手を握り、こっそりと誰にも気づかれずにその場を抜け出すことにした。
「誰にも気づかれてないよな……うんうん、うまくいったみたいだぞ!」
「なんだかこういうの……ドキドキしちゃうよね……」
ちょっぴりスリリングでイケナイことをしているようで、背徳感というかなんというか、悪戯心が刺激される。道路を渡った少し先の角から様子を窺っていると、僕の下でしゃがみ込んで同じようにこっそり顔を出している純美子と目が合った。思わず二人して噴き出してしまう。
「うふふ……意外とケンタ君ってダイタン……だよね? あたし、びっくりしちゃった」
「だ、大胆って……。で、でもっ! スミちゃんだって悲鳴一つあげなかったじゃん?」
「そ、それは……! なんとなく、ケンタ君が何をする気なのかわかった……から……」
ちょっぴりドギマギしている僕から視線をそらすようにして立ち上がった純美子は、ほんのり頬を赤らめたままスカートについたホコリをぽんぽんと払うと、ぎゅっと僕の右手を握った。
『んなことオレにもわかんねぇ! ただよぉ、ただ、海へ出ろ! ノロイ島へ行け! って尻尾がうずくんだよぉ!』
『!? ……尻尾が……尻尾がうずく、か。……へへっ』
僕は劇の序盤から、さまざまな風景に移り変わる舞台の上で、かろやかに、ときにはユーモラスに動き回り、笑い、声を張り上げる登場人物たちの虜になっていた。あれほどまでに猜疑心と警戒心に囚われ、むっつりと不機嫌そうに眼をすがめて斜に構えていたというのにだ。
どうやらこの舞台も、原作ではなく、シンプルにまとめられたアニメ版をベースにしているらしい。それもプラスに働いたのかもしれなかった。
上演中、僕は何度か手元のパンフレットと舞台上の演者とを見比べた。物語に釘付けになっていたにも関わらずそうせざるを得なかったのは、とてもとても同じ人物、白黒の写真でそこに収まっているくたびれた役者なのだとはどうしても信じられなかったからだ。
「凄い……!」
「うん、凄いね!」
なにげなく漏れ出た感嘆の声に、寄り添うように身体を近づけて純美子は囁いた。純美子の大きくてくりりとした瞳には舞台照明の色鮮やかな光が映っていて、まるで銀河のようだ。
「正直、ちょっとナメてた。こんなじいさんばあさんばっかの劇団で何ができるんだ、って」
「うん」
「でも、役者って、俳優って凄いんだなー! どんな人にもなれる。どんな世界にもいける」
「うん」
「ナレーションの人も凄いよね。声だけで感情を伝えて、風景までがらりと変えちゃうんだ」
「うん」
きっと純美子だって、伝えたいこと、話したいことがあったに違いない。けれど彼女は優しく微笑むばかりで、僕が熱に浮かされたように発する言葉ひとつひとつにうなずいている。
そして、心が揺さぶられてもう言葉も出なくなった僕に、純美子は短くこう囁いたのだった。
「うん、じゃああたし、決めた」
「………………え? 決め、た?」
「なーんでもないっ!」
純美子は小鳩のようにくすくすと笑うと、呆気にとられている僕の頬を人差し指でくりくりと押しやって視線を無理矢理舞台へと戻してしまった。僕は反射的に頬に手を置きながら、純美子の発したセリフの奥に隠された意味を考えていたのだが――やがて忘れてしまった。
やがて幕は静かに下りる――。
終演時間が夕方になってしまった今日に限っては部活動禁止ということで、観劇後はそのまま現地解散となった。こうして学校外で同学年が一箇所に揃うことはめったにないこともあって、解散後もだらだらと残っている生徒が多い。そして案の定、渋田は知り合いであるという中年の女性に咲都子とセットで捕まってしまったようで、ぺこぺこと愛想を振りまいていた。
そこで僕は純美子の手を握り、こっそりと誰にも気づかれずにその場を抜け出すことにした。
「誰にも気づかれてないよな……うんうん、うまくいったみたいだぞ!」
「なんだかこういうの……ドキドキしちゃうよね……」
ちょっぴりスリリングでイケナイことをしているようで、背徳感というかなんというか、悪戯心が刺激される。道路を渡った少し先の角から様子を窺っていると、僕の下でしゃがみ込んで同じようにこっそり顔を出している純美子と目が合った。思わず二人して噴き出してしまう。
「うふふ……意外とケンタ君ってダイタン……だよね? あたし、びっくりしちゃった」
「だ、大胆って……。で、でもっ! スミちゃんだって悲鳴一つあげなかったじゃん?」
「そ、それは……! なんとなく、ケンタ君が何をする気なのかわかった……から……」
ちょっぴりドギマギしている僕から視線をそらすようにして立ち上がった純美子は、ほんのり頬を赤らめたままスカートについたホコリをぽんぽんと払うと、ぎゅっと僕の右手を握った。
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