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第86話 リーダーの素質 at 1995/6/12
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「なるほど……あと一人、ですか」
そう言って、ふむ、と細くつるりとした顎を撫でたのは、ハカセこと五十嵐君だ。けれども、いくら頭脳明晰で知識の豊富な五十嵐君であろうと、すぐに答えは返らなかった。無理もない。
「そ、それも、できるかぎりウチのクラスからってことですよね? ちょっとそれは……」
見るからに不安げな面持ちで尋ねたのは佐倉君だ。こちらはこちらでいささか大袈裟すぎるほど悲しそうな表情で、長い睫毛に縁どられたくるりとした瞳は潤んでいた。守ってあげたい。
「せっかく二人にも入部してもらったんだから、このままでなくならせはしない、絶対に」
「そ、それは僕だって同じ気持ちだけどさ、モリケン? 実際問題として可能性がないと――」
その時、ずっと考えに耽っていた五十嵐君が、静かに口を開いた。
「可能性は、あります。ゼロではない」
「え!? ホント!」
「ただしかし……夏休みに入るまで、という期限に間に合うかどうかは、神のみぞ知るです」
「それは、誰のこと? やっぱり引き抜くつもり?」
「渋田サブリーダー、それはまだお話ししない方が良いかと」
『サブリーダー』という耳慣れない肩書と、あまりにも謎めいた回答に、渋田の頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。そういえば僕も気になっていたんだ。
「そ、そういえばさ、五十嵐君は僕のこと『古ノ森リーダー』って呼ぶけれど、どうして?」
「深い意味はありません。僕が『ハカセ』と呼ばれているのと同じようなものです。ですが――」
「ですが?」
「古ノ森君は『リーダー』と呼ぶにふさわしい、と思わなければ、そうは呼ばないでしょう」
「『リーダー』、ね……」
僕は、五十嵐君のお眼鏡にかなったことで嬉しく思う反面、まだまともに会社勤めしていた頃を思い出してしまい、つい苦々しく舌触りの悪い記憶を呼び起こして噛み締めていた。
『モリケンさんには、人を惹き付けるリーダーとして大切なチカラがあるんです』――そう言ったのは、『ホリィグレイル』の代表取締役社長・仁藤さんだった。
実は、学生時代にフリーランスとして僕が受注した案件を通じて知り合った仲でもある。当時彼は、僕より一つ年下ながらも大手代理店に勤務しており、バリバリの腕利きコンサルタントとして同じ案件に関わっていた。けれど、まだ最新のIT技術に関しては若干知見の及ばないところがあった。その時の僕はただただ必死で、がむしゃらにプロジェクトを遂行しようとしていただけだったのだけれど、彼曰く『あの時はいろいろ助けてもらって本当に助かりました』と、とても恩義を感じてくれているらしかった。
その仁藤さんとの『ホリィグレイル』での再会は、僕にとって驚きでしかなかった。
元々有能であり、スマートであり、全ての物事を俯瞰視できる客観性と、旧来のやり方に囚われず決断ができる主観性を備え持った稀有な人物で、こういう人が将来出世するんだろうな、とはじめて会った時から感じていたのだけれど、まさかこんなに早く『一国の主』となっているとまでは想像していなかったのだ。と同時に、他人事ながらとっても嬉しかったのである。
しかし、効率主義で、悪習の源たる縁故採用などは徹底的に嫌う彼のことだ、採用されるかどうかは別物――そう覚悟を決めていた僕に、最初に投げかけられた言葉が『あなたには人を惹き付けるチカラがある』だったのだ。
蘇った記憶が苦々しく舌触りが悪かったのは、彼の期待に応えられなかったせいでもある。
そして同じ評価を別々の二人から下されたら、僕はもうそれを否定できないからでもあった。
(ははは。参ったな、こりゃ……)
内心照れ臭い想いでぽりぽりと頭を掻きながら、僕は五十嵐君の浮かべているいつもの穏やかなアルカイックスマイルを真っ直ぐに見つめて、しっかりとうなずいた。
「そう呼ばれるにふさわしい人間になれるよう、僕が道を踏み外しそうになったら教えてくれ」
「ええ。承知しました、古ノ森リーダー」
そう言って、ふむ、と細くつるりとした顎を撫でたのは、ハカセこと五十嵐君だ。けれども、いくら頭脳明晰で知識の豊富な五十嵐君であろうと、すぐに答えは返らなかった。無理もない。
「そ、それも、できるかぎりウチのクラスからってことですよね? ちょっとそれは……」
見るからに不安げな面持ちで尋ねたのは佐倉君だ。こちらはこちらでいささか大袈裟すぎるほど悲しそうな表情で、長い睫毛に縁どられたくるりとした瞳は潤んでいた。守ってあげたい。
「せっかく二人にも入部してもらったんだから、このままでなくならせはしない、絶対に」
「そ、それは僕だって同じ気持ちだけどさ、モリケン? 実際問題として可能性がないと――」
その時、ずっと考えに耽っていた五十嵐君が、静かに口を開いた。
「可能性は、あります。ゼロではない」
「え!? ホント!」
「ただしかし……夏休みに入るまで、という期限に間に合うかどうかは、神のみぞ知るです」
「それは、誰のこと? やっぱり引き抜くつもり?」
「渋田サブリーダー、それはまだお話ししない方が良いかと」
『サブリーダー』という耳慣れない肩書と、あまりにも謎めいた回答に、渋田の頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。そういえば僕も気になっていたんだ。
「そ、そういえばさ、五十嵐君は僕のこと『古ノ森リーダー』って呼ぶけれど、どうして?」
「深い意味はありません。僕が『ハカセ』と呼ばれているのと同じようなものです。ですが――」
「ですが?」
「古ノ森君は『リーダー』と呼ぶにふさわしい、と思わなければ、そうは呼ばないでしょう」
「『リーダー』、ね……」
僕は、五十嵐君のお眼鏡にかなったことで嬉しく思う反面、まだまともに会社勤めしていた頃を思い出してしまい、つい苦々しく舌触りの悪い記憶を呼び起こして噛み締めていた。
『モリケンさんには、人を惹き付けるリーダーとして大切なチカラがあるんです』――そう言ったのは、『ホリィグレイル』の代表取締役社長・仁藤さんだった。
実は、学生時代にフリーランスとして僕が受注した案件を通じて知り合った仲でもある。当時彼は、僕より一つ年下ながらも大手代理店に勤務しており、バリバリの腕利きコンサルタントとして同じ案件に関わっていた。けれど、まだ最新のIT技術に関しては若干知見の及ばないところがあった。その時の僕はただただ必死で、がむしゃらにプロジェクトを遂行しようとしていただけだったのだけれど、彼曰く『あの時はいろいろ助けてもらって本当に助かりました』と、とても恩義を感じてくれているらしかった。
その仁藤さんとの『ホリィグレイル』での再会は、僕にとって驚きでしかなかった。
元々有能であり、スマートであり、全ての物事を俯瞰視できる客観性と、旧来のやり方に囚われず決断ができる主観性を備え持った稀有な人物で、こういう人が将来出世するんだろうな、とはじめて会った時から感じていたのだけれど、まさかこんなに早く『一国の主』となっているとまでは想像していなかったのだ。と同時に、他人事ながらとっても嬉しかったのである。
しかし、効率主義で、悪習の源たる縁故採用などは徹底的に嫌う彼のことだ、採用されるかどうかは別物――そう覚悟を決めていた僕に、最初に投げかけられた言葉が『あなたには人を惹き付けるチカラがある』だったのだ。
蘇った記憶が苦々しく舌触りが悪かったのは、彼の期待に応えられなかったせいでもある。
そして同じ評価を別々の二人から下されたら、僕はもうそれを否定できないからでもあった。
(ははは。参ったな、こりゃ……)
内心照れ臭い想いでぽりぽりと頭を掻きながら、僕は五十嵐君の浮かべているいつもの穏やかなアルカイックスマイルを真っ直ぐに見つめて、しっかりとうなずいた。
「そう呼ばれるにふさわしい人間になれるよう、僕が道を踏み外しそうになったら教えてくれ」
「ええ。承知しました、古ノ森リーダー」
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