5 / 539
第5話 負け犬のレッテルは剥がれない at 2021/03/30
しおりを挟む
恵比寿から新宿へ。新宿から小田急で町田へ。さらにそこから神奈川中央交通バスに乗って咲山団地センター前へ。合計一時間半もの時間をかけて実家に辿り着いた俺を待っていたのは、事前に聞いていたとおりの同窓会の案内状だった。懐から取り出したそれの裏に書かれた地図を見る。
「へえ。ホテルラポール千寿閣か……まだあったんだな」
当時、町田で定番のボーリング場といえばここだった。だが、今はもう『ラウンドワン』が全盛らしい。
駅前の繁華街はすっかり様変わりしてしまったようで、俺が知っている『町田』の風景とはかなり変わっていた。迷ってしまわないかと少し心配だったが、渋田が一緒なら大丈夫だろう。渋田は昔からマメな奴だった。今でも実家には家族を連れて頻繁に帰っているらしい。
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
「……もしもし?」
「古ノ森? 今どこ?」
「もうすぐ着く。ちゃんと来たから安心しろって」
「よかった。あの調子だと、もしかして来てくれないんじゃないかって思ってたからさ――」
先日の電話ではじめて同窓会のことを知った俺は、頑なに『俺はいかない』と首を振った。正直今でも行きたくないと思っている。しかし、最終的には渋田に説得されてしまったのだ。
『ほら、ウチの奥さんも会いたがってるからさ。結婚式以来、ずっと会ってないでしょ?』
「そ、そりゃまあ、人妻になった訳だしな」
『ははっ! なにそれ、ジョーク? 人妻になる前だって、一対一で会ったことないじゃんか』
実をいうと、直接会わないにしろ、結構同じイベント会場で顔合わせたりしてるんだけどな。こいつは咲都子の『あっちの趣味』は知らないようだから黙っておいてやるか。
『と・に・か・く。来ないと怖いよ? 知ってるでしょ、咲都子ちゃんが不機嫌になると――』
「わかったわかった! お前たち二人からそう言われたら行くしかないだろ! まったく……」
そんな具合で断ることができなくなった俺は、溜息を一つつき、会場へと足を踏み入れた。
「……あれ? もしかして……古ノ森クン!?」
受付台にいたニコニコと笑みの絶えない人当たりの良さそうな恰幅の良いオヤジが、俺の姿を見るなり驚いたような声をあげた。事前に復習くらいはしておこうと卒業アルバムを探したものの、どうやら倉庫の奥の方にありそうだということであきらめた俺には見覚えがない。
「そう……ですけど……?」
「ははっ、俺だよ、俺! 小山田! 小山田徹!」
「え……まさか……ダッチ?」
記憶の片隅に残るあだ名を口にすると、小山田は照れたようにすっかり禿げ上がった頭までピンクに染め、俺の背中を平手で何度か叩いてきた。距離の近さはあいかわらずで変わらない。
「ダッチはやめてよ。今はしがない不動産屋のオヤジだって。今回の同窓会、幹事やってんだ」
ははは、とハンカチを取り出して額のあたりに浮いた汗を拭いながらにこにこと屈託のない笑顔を浮かべている小山田とは対照的に、俺は早くもここへ来たことを後悔し始めていた。
青く、若かった頃に染みついた序列・階層は、大人になっても、何年過ぎようとも消えない。
人生にはさまざまな選択肢があり、人それぞれの生き方や正しさ、価値観がある。誰が勝者で誰が敗者などということは他の誰にも決めることなどできない。できやしない。
だが俺は、小山田の目の前にいるだけ、ただそれだけで、もうあの頃と同じ負け犬のような気持ちになっていた。きっと小山田は何とも思っていないだろう。どころか、彼の記憶の中ではきっと、俺とはむしろ仲が良かった方だ、くらいに改竄されているのかもしれなかった。
「あー! 小山田クンじゃなーい! すっかりおじさんしちゃってるねー!」
「おー! 横山ちゃん! 来てくれたんだねー! ……古ノ森クン、悪ぃ。また後でね?」
最後にもう一度、ぱしり、と背中を叩かれた俺はその勢いで、小山田の笑顔にうまく応えられないまま、徐々に集まりつつある『懐かしき面々』の待つ会場へふらふらと歩き出す。
「へえ。ホテルラポール千寿閣か……まだあったんだな」
当時、町田で定番のボーリング場といえばここだった。だが、今はもう『ラウンドワン』が全盛らしい。
駅前の繁華街はすっかり様変わりしてしまったようで、俺が知っている『町田』の風景とはかなり変わっていた。迷ってしまわないかと少し心配だったが、渋田が一緒なら大丈夫だろう。渋田は昔からマメな奴だった。今でも実家には家族を連れて頻繁に帰っているらしい。
ヴーッ。ヴーッ。ヴーッ。
「……もしもし?」
「古ノ森? 今どこ?」
「もうすぐ着く。ちゃんと来たから安心しろって」
「よかった。あの調子だと、もしかして来てくれないんじゃないかって思ってたからさ――」
先日の電話ではじめて同窓会のことを知った俺は、頑なに『俺はいかない』と首を振った。正直今でも行きたくないと思っている。しかし、最終的には渋田に説得されてしまったのだ。
『ほら、ウチの奥さんも会いたがってるからさ。結婚式以来、ずっと会ってないでしょ?』
「そ、そりゃまあ、人妻になった訳だしな」
『ははっ! なにそれ、ジョーク? 人妻になる前だって、一対一で会ったことないじゃんか』
実をいうと、直接会わないにしろ、結構同じイベント会場で顔合わせたりしてるんだけどな。こいつは咲都子の『あっちの趣味』は知らないようだから黙っておいてやるか。
『と・に・か・く。来ないと怖いよ? 知ってるでしょ、咲都子ちゃんが不機嫌になると――』
「わかったわかった! お前たち二人からそう言われたら行くしかないだろ! まったく……」
そんな具合で断ることができなくなった俺は、溜息を一つつき、会場へと足を踏み入れた。
「……あれ? もしかして……古ノ森クン!?」
受付台にいたニコニコと笑みの絶えない人当たりの良さそうな恰幅の良いオヤジが、俺の姿を見るなり驚いたような声をあげた。事前に復習くらいはしておこうと卒業アルバムを探したものの、どうやら倉庫の奥の方にありそうだということであきらめた俺には見覚えがない。
「そう……ですけど……?」
「ははっ、俺だよ、俺! 小山田! 小山田徹!」
「え……まさか……ダッチ?」
記憶の片隅に残るあだ名を口にすると、小山田は照れたようにすっかり禿げ上がった頭までピンクに染め、俺の背中を平手で何度か叩いてきた。距離の近さはあいかわらずで変わらない。
「ダッチはやめてよ。今はしがない不動産屋のオヤジだって。今回の同窓会、幹事やってんだ」
ははは、とハンカチを取り出して額のあたりに浮いた汗を拭いながらにこにこと屈託のない笑顔を浮かべている小山田とは対照的に、俺は早くもここへ来たことを後悔し始めていた。
青く、若かった頃に染みついた序列・階層は、大人になっても、何年過ぎようとも消えない。
人生にはさまざまな選択肢があり、人それぞれの生き方や正しさ、価値観がある。誰が勝者で誰が敗者などということは他の誰にも決めることなどできない。できやしない。
だが俺は、小山田の目の前にいるだけ、ただそれだけで、もうあの頃と同じ負け犬のような気持ちになっていた。きっと小山田は何とも思っていないだろう。どころか、彼の記憶の中ではきっと、俺とはむしろ仲が良かった方だ、くらいに改竄されているのかもしれなかった。
「あー! 小山田クンじゃなーい! すっかりおじさんしちゃってるねー!」
「おー! 横山ちゃん! 来てくれたんだねー! ……古ノ森クン、悪ぃ。また後でね?」
最後にもう一度、ぱしり、と背中を叩かれた俺はその勢いで、小山田の笑顔にうまく応えられないまま、徐々に集まりつつある『懐かしき面々』の待つ会場へふらふらと歩き出す。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる