10 / 14
第10話 Toy Soldiers
しおりを挟む
「ま、真っ暗だね、マッティ……」
さすがは日本最大手の家電量販店チェーンだ。
フロアは広々としていて通路にも余裕があってとてもいい。
ただその分、店内照明を一切落としてしまうと相当薄気味悪く感じてしまうのも事実だった。
「マ――マッティ? な、なんとか言ってよ……」
「ふむ」
ようやくくまのぬいぐるみのマッティが口を開いた。先陣を切るように突き出されたあたしの右手の先から振り返って、四つん這いになってわずかに震えているあたしを見つめた。
「ここにならあるはず、そう言ったな、アオイ?」
「正確には口に出す前だったけどね」
会話を続けていないとなんだか怖いので、どうでもいいこたえを返してしまう。
「でも、どうして同じことを考えていると思ったの、マッティ?」
「アオイは優秀だ。だからだ」
「なんだかはぐらかされた気がするんですけど……ま、いいか」
はぁ、とかすかなため息をつくと、マッティが、それで? と続きを促すように首を傾げた。
「電気屋さんだもん。ビデオカメラがあるなあ、って。それも、最新式の!」
「ああ。それを使えば、彼らの動きが監視可能だとマッティは同意する」
幸い、ビデオカメラが陳列してあるコーナーは従業員入口からさほど遠くない位置にあった。
ただ、ひとつ問題がある。
「ねえ、マッティ? 聞いてもいい?」
「もちろん」
「あたしがパパから聞いた話だと『あの日』に『スフィアの巣』から発信された信号? のせいで、通信機器や電気機器は使えなくなったんだって。もしその話が本当なのだったら――」
「電磁パルスを用いた電子制圧だ、とマッティはこたえる」
「もしかして、EMPとかって言う奴のこと? でもあれって、フィクションの話じゃないの?」
「ノー」
神様(?)っぽい人にも会って、条件付きの仮の姿で蘇ったマッティと行動を共にしていてもなおあたしには、まだ目の前の出来事すべてが夢物語か作り物のように思えていたのだった。
でも、櫂君は『奴ら』に攫われた。
これは現実。紛れもなく。
「いいか、アオイ?」
マッティはしばし悩んでいたが、要点だけに絞って話すことにしたようだ。
「あの電磁パルス攻撃によって、すべての電子機器が壊れた訳ではない。効果範囲には限界がある。また、ショートしていない機器は使える可能性が高い。なにごとも保証はできないが」
「つまり……まだ使える物を探す、ってことね」
「イエス」
ミルクティー色のぬいぐるみのくまが、ビデオカメラが陳列されているショーケースの上を駆けずり回り、ターザンのように器用に下のガラス棚に飛び込んでは、ビデオカメラの状態をひとつひとつチェックしていく。
あたしもそれに加わりつつ、並行してバッテリーを探しては充電器にセットして、別の売り場から拝借してきたコンセントに次々と挿していく。十二口もあるのなんてはじめて見た。
「そうだ、マッティ! ここならオモチャ売り場もあるみたいだから、あれも使えそうだよ!」
「?」
不思議そうな顔つきのマッティを右手で攫うと、あたしはオモチャ売り場に急いだ。プラモデル――ゲーム本体とソフト――ジグソーパズル――ボードゲーム――あった、これだ!
「じゃーん! ……なんだと思う?」
そう言いながら、あたしは早速箱のうわぶたを慎重に開け――あとで返すためだ――白くてパーツに合わせた形にでこぼことしたブリスターをすっかり引っ張り出した。マッティが興味深く覗き込む中、あたしは箱の中に残っていた説明書を開き、手順どおりに組み立てていった。
男の子向けのオモチャなんだと思うけれど、櫂君がまだ小さいから、あたしが代わりに組み立てることが多かった。こんなところで役に立つなんてね――と思い出しながら、ずきり。
「はい! 完成! ……凄いでしょ? 意外とこういうの、得意なの」
「これは……小型偵察機か?」
「あははは。大袈裟だよ、マッティ。これはね、ドローンって言うオモチャ。見たことあるでしょ?」
「ああ――」
そうこたえながらマッティは、しげしげと完成したドローンを興味深げに観察していた。四つの大きなプロペラのまわりには、怪我をしないようガードが付いている。箱の説明を薄暗い緑の灯りを頼りに苦心して読むと――初心者でもスマホでカンタン操作――Wi-Fi通信でリアルタイム映像――最長飛行距離四〇メートル(障害物のない広い場所)――と書いてあった。
「最長四〇メートルか……少し近づかないと使えないみたいだね。あとスマホが必要だって」
「それならここにある」
「そっか。……ん? マッティ? 何をしているの?」
あたしが取扱説明書から目を上げると、マッティはまだ完成したドローンのそばで、触れたり、ひっくり返したりして観察しているところだった。
マッティは振り返ってあたしに尋ねる。
「これには武器が装備されていない」
「ぶ、武器!? そんな物、付いているワケないでしょ!? ここ、日本なんだよ?」
「……理解した」
「ホントに? たまにマッティってとんでもないこと言い出すよね……驚かせないでよ……」
いくら他の国だって、電気屋さんで誰でも買える殺人兵器なんてありっこない。一体、マッティの住んでいた国って、彼が置かれていた環境って、どんな感じだったのだろう。あたしとはあまりに違いすぎるように思えて、想像することすら難しい。
感情の起伏も少ないし、人間というよりはまるで兵器そのものだ。
でもそれは――あまりに残酷で、可哀想に思えて仕方なかった。
(マッティは――戦うことも、殺すこともできる)
けれど。
それ以外のことってどうなんだろう。
誰かを愛することや、慈しむこと。
誰かと笑ったり、泣いたり、怒ったり、はしゃいだりすること。
もしかしたら、マッティは知らないのかもしれない。
でもね。
あたし、知ってるんだ。
(ひ、卑怯だ、とマッティはマッティの権利を主張する!)
(断固! 断固黙秘する!)
不意を衝かれて、照れて子どもみたいに怒って拗ねていたマッティ。でも、それは本気じゃない。きっとはじめての感情で戸惑っていたんだって。だから、恥ずかしくってあんなに――。
「ふふふ――」
「なぜ笑う? アオイ?」
(あたしがマッティと出会ったのは――そういう役目を神様から授かったからなんだ、きっと)
あたしは不思議そうに身体を斜めに傾けて見つめているミルクティー色のふわふわでハンサムなくまのぬいぐるみに、くるり、と背を向けてこうこたえた。
「なんでもありませんよーだ! さあ、次の作戦、どうすればいいか教えて? マッティ?」
さすがは日本最大手の家電量販店チェーンだ。
フロアは広々としていて通路にも余裕があってとてもいい。
ただその分、店内照明を一切落としてしまうと相当薄気味悪く感じてしまうのも事実だった。
「マ――マッティ? な、なんとか言ってよ……」
「ふむ」
ようやくくまのぬいぐるみのマッティが口を開いた。先陣を切るように突き出されたあたしの右手の先から振り返って、四つん這いになってわずかに震えているあたしを見つめた。
「ここにならあるはず、そう言ったな、アオイ?」
「正確には口に出す前だったけどね」
会話を続けていないとなんだか怖いので、どうでもいいこたえを返してしまう。
「でも、どうして同じことを考えていると思ったの、マッティ?」
「アオイは優秀だ。だからだ」
「なんだかはぐらかされた気がするんですけど……ま、いいか」
はぁ、とかすかなため息をつくと、マッティが、それで? と続きを促すように首を傾げた。
「電気屋さんだもん。ビデオカメラがあるなあ、って。それも、最新式の!」
「ああ。それを使えば、彼らの動きが監視可能だとマッティは同意する」
幸い、ビデオカメラが陳列してあるコーナーは従業員入口からさほど遠くない位置にあった。
ただ、ひとつ問題がある。
「ねえ、マッティ? 聞いてもいい?」
「もちろん」
「あたしがパパから聞いた話だと『あの日』に『スフィアの巣』から発信された信号? のせいで、通信機器や電気機器は使えなくなったんだって。もしその話が本当なのだったら――」
「電磁パルスを用いた電子制圧だ、とマッティはこたえる」
「もしかして、EMPとかって言う奴のこと? でもあれって、フィクションの話じゃないの?」
「ノー」
神様(?)っぽい人にも会って、条件付きの仮の姿で蘇ったマッティと行動を共にしていてもなおあたしには、まだ目の前の出来事すべてが夢物語か作り物のように思えていたのだった。
でも、櫂君は『奴ら』に攫われた。
これは現実。紛れもなく。
「いいか、アオイ?」
マッティはしばし悩んでいたが、要点だけに絞って話すことにしたようだ。
「あの電磁パルス攻撃によって、すべての電子機器が壊れた訳ではない。効果範囲には限界がある。また、ショートしていない機器は使える可能性が高い。なにごとも保証はできないが」
「つまり……まだ使える物を探す、ってことね」
「イエス」
ミルクティー色のぬいぐるみのくまが、ビデオカメラが陳列されているショーケースの上を駆けずり回り、ターザンのように器用に下のガラス棚に飛び込んでは、ビデオカメラの状態をひとつひとつチェックしていく。
あたしもそれに加わりつつ、並行してバッテリーを探しては充電器にセットして、別の売り場から拝借してきたコンセントに次々と挿していく。十二口もあるのなんてはじめて見た。
「そうだ、マッティ! ここならオモチャ売り場もあるみたいだから、あれも使えそうだよ!」
「?」
不思議そうな顔つきのマッティを右手で攫うと、あたしはオモチャ売り場に急いだ。プラモデル――ゲーム本体とソフト――ジグソーパズル――ボードゲーム――あった、これだ!
「じゃーん! ……なんだと思う?」
そう言いながら、あたしは早速箱のうわぶたを慎重に開け――あとで返すためだ――白くてパーツに合わせた形にでこぼことしたブリスターをすっかり引っ張り出した。マッティが興味深く覗き込む中、あたしは箱の中に残っていた説明書を開き、手順どおりに組み立てていった。
男の子向けのオモチャなんだと思うけれど、櫂君がまだ小さいから、あたしが代わりに組み立てることが多かった。こんなところで役に立つなんてね――と思い出しながら、ずきり。
「はい! 完成! ……凄いでしょ? 意外とこういうの、得意なの」
「これは……小型偵察機か?」
「あははは。大袈裟だよ、マッティ。これはね、ドローンって言うオモチャ。見たことあるでしょ?」
「ああ――」
そうこたえながらマッティは、しげしげと完成したドローンを興味深げに観察していた。四つの大きなプロペラのまわりには、怪我をしないようガードが付いている。箱の説明を薄暗い緑の灯りを頼りに苦心して読むと――初心者でもスマホでカンタン操作――Wi-Fi通信でリアルタイム映像――最長飛行距離四〇メートル(障害物のない広い場所)――と書いてあった。
「最長四〇メートルか……少し近づかないと使えないみたいだね。あとスマホが必要だって」
「それならここにある」
「そっか。……ん? マッティ? 何をしているの?」
あたしが取扱説明書から目を上げると、マッティはまだ完成したドローンのそばで、触れたり、ひっくり返したりして観察しているところだった。
マッティは振り返ってあたしに尋ねる。
「これには武器が装備されていない」
「ぶ、武器!? そんな物、付いているワケないでしょ!? ここ、日本なんだよ?」
「……理解した」
「ホントに? たまにマッティってとんでもないこと言い出すよね……驚かせないでよ……」
いくら他の国だって、電気屋さんで誰でも買える殺人兵器なんてありっこない。一体、マッティの住んでいた国って、彼が置かれていた環境って、どんな感じだったのだろう。あたしとはあまりに違いすぎるように思えて、想像することすら難しい。
感情の起伏も少ないし、人間というよりはまるで兵器そのものだ。
でもそれは――あまりに残酷で、可哀想に思えて仕方なかった。
(マッティは――戦うことも、殺すこともできる)
けれど。
それ以外のことってどうなんだろう。
誰かを愛することや、慈しむこと。
誰かと笑ったり、泣いたり、怒ったり、はしゃいだりすること。
もしかしたら、マッティは知らないのかもしれない。
でもね。
あたし、知ってるんだ。
(ひ、卑怯だ、とマッティはマッティの権利を主張する!)
(断固! 断固黙秘する!)
不意を衝かれて、照れて子どもみたいに怒って拗ねていたマッティ。でも、それは本気じゃない。きっとはじめての感情で戸惑っていたんだって。だから、恥ずかしくってあんなに――。
「ふふふ――」
「なぜ笑う? アオイ?」
(あたしがマッティと出会ったのは――そういう役目を神様から授かったからなんだ、きっと)
あたしは不思議そうに身体を斜めに傾けて見つめているミルクティー色のふわふわでハンサムなくまのぬいぐるみに、くるり、と背を向けてこうこたえた。
「なんでもありませんよーだ! さあ、次の作戦、どうすればいいか教えて? マッティ?」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
もうダメだ。俺の人生詰んでいる。
静馬⭐︎GTR
SF
『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。
(アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる