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第4話 Tea at the Gangster's Hideout
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「……よう。お嬢ちゃん、お目覚めか? 気分はどうだね?」
(え……?)
あたしはしばらく考えてから、遠慮がちに振り返ってみる。左後方にひとり、右後方にもひとり。どちらもばっちりスーツで決めて、耳元には白いイヤホン、目元は暗い照明の中で見えるのか心配になるくらい真っ黒な大振りなサングラスで隠されていた。惚れ惚れするほどマッチョでタフな用心棒って雰囲気。
「そっちじゃない。話しているのは俺様だ」
でも、そのふたりですら子どもに見えるくらいの隆々としたチョコレート色の艶やかで凶暴性を内に秘めた体躯の男が、言い聞かせるようにあたしにそっと囁いた。日本語が流暢で丁寧。
「……そう聴こえてるんならそうなんだろうな、だが、俺様は普通にクイーンズ・イングリッシュで話しかけてるんだぜ、お嬢ちゃん? まあ、クイーンズと言っても、NYCの方だがな」
「あ、あの……ここはどこですか?」
男が軽く肩をすくめる。
けれど、サングラスの下の感情までは読み取れない。
「ここがどこかって? そんなことはもういまさら関係ないのさ。それより、ここに来たことそのものに意味がある。分かるか、世間知らずで信仰心を失わない、敬虔な信徒のお嬢ちゃん?」
「ここに来たことに意味がある……ですか? ちょっと意味が――?」
ここがどこかより、ここにいることに意味がある?
それに、信仰心って?
男はまるでそれを直接聞いたかのように顎をしゃくってあたしの胸元を指した――そこにあるのはロザリオ。
――そうだった!!
「あ、あの! すみませんけれど、あたし、すぐに行かないといけないんです! 櫂君が、あたしの弟がきっと、ひとりで、ひとりぼっちで、寂しくて泣いているかもしれなくって――!」
「お前は死んだ――おっ死んじまったんだよ」
その短い台詞の衝撃で、言葉が出てこなくなった。何を言っているの? だって、あたし、今こうして――。口はわなわなと震えるだけで、魔法をかけられたみたいに何も出てこない。
いまさらながらにまわりを見回す。
ここは一体どこ? この人たちは一体誰なの? 少なくともあたしの家ではない。薄暗くって、空気が淀んでいる気がして、秘密の部屋って雰囲気が漂っている。その割に、嫌な臭いひとつ感じられなかった。こういう人たちって、やたら煙草を吸ったり、違法な物を扱ったりするものじゃないのかしら? そんなこと、映画やドラマでしか知らないけれど――。
「やれやれ――」
スキンヘッドのいかつい巨漢は、座り心地の悪そうな椅子の上で大きくため息をつくと、いやいやをするように何度か首を横に振った。それからあたしを睨みつけた――視線を感じる。
「お前さん、何か勘違いをしているようだな? 俺様はギャングのボスでも薬の売人でもねぇ」
「じゃ、じゃあ、一体あなたは誰なんですか?」
「それよりも、だ」
どうやらまたこたえてはくれないみたい。
「今、お前の身に何が起こっているのか分かるかね?」
「わかりません。……あの、ここはどこなんですか?」
目の前の巨漢はお手上げだと言わんばかりに、お道化た仕草で助けを求めるように両手を天に挙げる。仕方ないので、あたしは後ろに立っているふたりに順番に視線を向けた――右、否定――左、否定。そして、いいから前を向け――はいはい、分かりました分かりましたってば。
「いいかね、お嬢ちゃん。あんたは死んだ。……だが、終わりじゃない」
ほんの少しだけ、彼の言葉に興味が湧いてきた。
無言でうなずき返す。彼は続けた。
「俺のお袋はな? お嬢ちゃんみたいな連中がくるたび、いつも決まってこう言ってたもんさ――お前にチャンスをあげましょう、と! だから俺様もそう言うのさ、チャンスをやる、と」
チャンス?
「どうして? あたしが? なんで?」
「お前さんが最期にとった行動で、『意識の扉』が開いちまった。リンクしたんだ。で、『彼』がその扉を閉めた。そして――お嬢ちゃんを守ってる」
「え? え?」
分からないことだらけだ。
『意識の扉』? 『彼』? 『守ってる』?
あたしは三度後ろを振り返った。右――即座に否定。左――渋々否定。けれど、今度は前だとも言われなかった。じゃあ、その『彼』っていうのは一体どこにいるってい――。
――ずきん。
不意に、さっき自分自身の手でロザリオを突き刺した右耳が疼いた。
そして、
「――その『彼』というのは、私のことだろうと思う」
『彼』の声が聴こえた。
低く、落ち着き払った、知性を感じさせる声音だ。
けれど、その姿はどこにも見えない。
「――ここだ。今、君が左手で握りしめている先でぶら下がって揺れている」
「? ?」
左手?
いつからそうしていたのか分からない。けれど、あたしの左手はもうひとつの小さな左手をしっかりと握っていた。櫂君の大切なお友だち。ふわふわでミルクティー色のハンサムでキュートなクマさん。そっと引き上げて抱きしめると、懐かしくて暖かい櫂君の匂いがして――。
「すまない……他に方法がなかった。この人形に特別な感情を抱いていることは理解している」
「あなたは誰なの? どうしてこうなったの?」
「その問いにこたえるには、少し時間が必要だ」
そこであたしは、一段高みから見物を決め込んでいるらしい巨漢のサングラスに隠された瞳をきっと睨みつけた。またもや、俺じゃない、というジェスチャー。それでもあたしは言った。
「どうしてこんなことをしたの!? 一体なんの権利があって――!」
「おいおい、よせよせ! やったのは、お嬢ちゃん、お前自身だぞ?」
「あたしが!? そんなチカラも方法も知らないのに!? 訳分かんない!」
「手段も理由もこの際クソ喰らえだ。肝心なのはな――?」
思わず耳を塞ぎたくなる汚らわしい言葉に、顔をしかめて耳を覆ったあたしを見て、お愛想程度に巨漢の男が素早く胸元で十字を切ってみせる。それからこう続けた。
「――『彼』は確かにそこにいるし、そこで『彼』はお前さんを守っている、ということだ。『彼』は『ヤツら』のことを知っているし、『ヤツら』と戦うことも、殺すことだってできる」
「『ヤツら』って……もしかして……!」
「あのな? この俺様は、そっちは専門外だ。『彼』に聞けばいい。それより、時間がない」
「時間?」
「そうだ」
そこではじめて男が立ち上がった。二メートルはあるんじゃないかしら。威圧感のある厚み。腕も足も太い。ミリタリーテイストのベストの中は白いタンクトップ。ブーツを履いている。
「この俺様は、お前さんを元の場所に帰してやることができる。お前さんがそう望めば、だが」
「まるで神様ね」
「神なら死んださ。ついでにお袋もだ」
「ニーチェにでもなったつもりなの?」
「笑えないジョークだな、そいつは」
言葉どおりにくすりとも笑わずに、褐色の肌をした巨漢は丸太のごとく太く、大蛇をより合わせたような筋肉質の両手を前に突き出し、手のひらを上に向けた。そこにはふたつの鍵が。
「右のひとつは、お前さんの後ろにある扉の鍵だ。開ければ苦痛のない世界へと行ける。そして、左のひとつは、俺の後ろにある扉の鍵だ。開ければ苦しみと悲しみに満ちた、クソったれの――失礼――元の世界に戻ることができる。さて……どちらを選ぶかね、お嬢ちゃん?」
なぜかその時あたしの足は。
疑問や質問を口に出すより先に、一歩前へと踏み出すことを選んでいた。
そして、鍵を選ぼうとして、こう呟いた。
「あたし……いつまでも家族四人で幸せに、一緒に暮らせると思っていたんです。みんなでドライブに出かけて、途中で寄り道して、見たことのない風景を見て、ああ、キレイね、ってうっとりして。美味しいご飯を食べて、櫂君と一緒にバックシートで居眠りして。朝焼けを見て」
こみ上げる感情が言葉を詰まらせた。
それでも震える声で続ける。
「学校生活にも慣れて、お友だちも増えて。みんな最初は戸惑うんです。あたしの目、フィンランド人のひいおじいちゃんの血のおかげでグレーだから怖がられちゃって。先生がたにもよく注意されたりしました。カラコンだろって。面倒なんですよね、今はすっかり慣れましたけど」
あはは、と虚しい愛想笑いが宙に浮いている。
「ステキな彼氏が欲しい、最近憧れるんです。恋したい年頃っていうのかな。お早うってメッセージ送って、学校帰りに待ち合わせして。スタバでお茶して他愛もないお喋りなんかして。また明日ねってバイバイして、パパやママに内緒でベッドに潜り込んでお休みってメッセして」
遂にため息が零れ出た。
「でも……もうそんな日は来ない。そうなんですよね?」
「だが、ひとつだけなら守ることができるかもしれない」
「いまさら――!」
「……お前さんの大事な弟は、まだ救えるかもしれない」
――そうだ。
あたしはもう迷わなかった。
目の前に差し出された左手の中の鍵を握り締める。
苦しみと悲しみに満ちた、クソったれの元の世界に戻るための鍵を。
「ハレルヤ!! ……あとは『彼』に教えてもらえ。汝の道を『彼』に任せよ、って奴だ!」
役目を終えたこの部屋の主は、あたしと『彼』を残し、手の中に残っていた鍵で扉を開け放った。その先には光あふれる世界が広がり、楽しそうな笑い声と暖かな陽の光が降り注いでいた。
そして、男の両脇に並んだ用心棒たちの背中からうっすらとした純白の翼が、ぶわり、と生え出た。そして、中央に立つ男の姿が徐々に光を集め、眩いばかりに輝きはじめた。あたしは言葉を失う。
「あなたは……! もしかして……!?」
「神なら死んだと言ったろう? この俺様は、ただの代理さ」
そして、目を焼かんばかりの光の奔流に、思わずあたしは目を閉じる――。
(え……?)
あたしはしばらく考えてから、遠慮がちに振り返ってみる。左後方にひとり、右後方にもひとり。どちらもばっちりスーツで決めて、耳元には白いイヤホン、目元は暗い照明の中で見えるのか心配になるくらい真っ黒な大振りなサングラスで隠されていた。惚れ惚れするほどマッチョでタフな用心棒って雰囲気。
「そっちじゃない。話しているのは俺様だ」
でも、そのふたりですら子どもに見えるくらいの隆々としたチョコレート色の艶やかで凶暴性を内に秘めた体躯の男が、言い聞かせるようにあたしにそっと囁いた。日本語が流暢で丁寧。
「……そう聴こえてるんならそうなんだろうな、だが、俺様は普通にクイーンズ・イングリッシュで話しかけてるんだぜ、お嬢ちゃん? まあ、クイーンズと言っても、NYCの方だがな」
「あ、あの……ここはどこですか?」
男が軽く肩をすくめる。
けれど、サングラスの下の感情までは読み取れない。
「ここがどこかって? そんなことはもういまさら関係ないのさ。それより、ここに来たことそのものに意味がある。分かるか、世間知らずで信仰心を失わない、敬虔な信徒のお嬢ちゃん?」
「ここに来たことに意味がある……ですか? ちょっと意味が――?」
ここがどこかより、ここにいることに意味がある?
それに、信仰心って?
男はまるでそれを直接聞いたかのように顎をしゃくってあたしの胸元を指した――そこにあるのはロザリオ。
――そうだった!!
「あ、あの! すみませんけれど、あたし、すぐに行かないといけないんです! 櫂君が、あたしの弟がきっと、ひとりで、ひとりぼっちで、寂しくて泣いているかもしれなくって――!」
「お前は死んだ――おっ死んじまったんだよ」
その短い台詞の衝撃で、言葉が出てこなくなった。何を言っているの? だって、あたし、今こうして――。口はわなわなと震えるだけで、魔法をかけられたみたいに何も出てこない。
いまさらながらにまわりを見回す。
ここは一体どこ? この人たちは一体誰なの? 少なくともあたしの家ではない。薄暗くって、空気が淀んでいる気がして、秘密の部屋って雰囲気が漂っている。その割に、嫌な臭いひとつ感じられなかった。こういう人たちって、やたら煙草を吸ったり、違法な物を扱ったりするものじゃないのかしら? そんなこと、映画やドラマでしか知らないけれど――。
「やれやれ――」
スキンヘッドのいかつい巨漢は、座り心地の悪そうな椅子の上で大きくため息をつくと、いやいやをするように何度か首を横に振った。それからあたしを睨みつけた――視線を感じる。
「お前さん、何か勘違いをしているようだな? 俺様はギャングのボスでも薬の売人でもねぇ」
「じゃ、じゃあ、一体あなたは誰なんですか?」
「それよりも、だ」
どうやらまたこたえてはくれないみたい。
「今、お前の身に何が起こっているのか分かるかね?」
「わかりません。……あの、ここはどこなんですか?」
目の前の巨漢はお手上げだと言わんばかりに、お道化た仕草で助けを求めるように両手を天に挙げる。仕方ないので、あたしは後ろに立っているふたりに順番に視線を向けた――右、否定――左、否定。そして、いいから前を向け――はいはい、分かりました分かりましたってば。
「いいかね、お嬢ちゃん。あんたは死んだ。……だが、終わりじゃない」
ほんの少しだけ、彼の言葉に興味が湧いてきた。
無言でうなずき返す。彼は続けた。
「俺のお袋はな? お嬢ちゃんみたいな連中がくるたび、いつも決まってこう言ってたもんさ――お前にチャンスをあげましょう、と! だから俺様もそう言うのさ、チャンスをやる、と」
チャンス?
「どうして? あたしが? なんで?」
「お前さんが最期にとった行動で、『意識の扉』が開いちまった。リンクしたんだ。で、『彼』がその扉を閉めた。そして――お嬢ちゃんを守ってる」
「え? え?」
分からないことだらけだ。
『意識の扉』? 『彼』? 『守ってる』?
あたしは三度後ろを振り返った。右――即座に否定。左――渋々否定。けれど、今度は前だとも言われなかった。じゃあ、その『彼』っていうのは一体どこにいるってい――。
――ずきん。
不意に、さっき自分自身の手でロザリオを突き刺した右耳が疼いた。
そして、
「――その『彼』というのは、私のことだろうと思う」
『彼』の声が聴こえた。
低く、落ち着き払った、知性を感じさせる声音だ。
けれど、その姿はどこにも見えない。
「――ここだ。今、君が左手で握りしめている先でぶら下がって揺れている」
「? ?」
左手?
いつからそうしていたのか分からない。けれど、あたしの左手はもうひとつの小さな左手をしっかりと握っていた。櫂君の大切なお友だち。ふわふわでミルクティー色のハンサムでキュートなクマさん。そっと引き上げて抱きしめると、懐かしくて暖かい櫂君の匂いがして――。
「すまない……他に方法がなかった。この人形に特別な感情を抱いていることは理解している」
「あなたは誰なの? どうしてこうなったの?」
「その問いにこたえるには、少し時間が必要だ」
そこであたしは、一段高みから見物を決め込んでいるらしい巨漢のサングラスに隠された瞳をきっと睨みつけた。またもや、俺じゃない、というジェスチャー。それでもあたしは言った。
「どうしてこんなことをしたの!? 一体なんの権利があって――!」
「おいおい、よせよせ! やったのは、お嬢ちゃん、お前自身だぞ?」
「あたしが!? そんなチカラも方法も知らないのに!? 訳分かんない!」
「手段も理由もこの際クソ喰らえだ。肝心なのはな――?」
思わず耳を塞ぎたくなる汚らわしい言葉に、顔をしかめて耳を覆ったあたしを見て、お愛想程度に巨漢の男が素早く胸元で十字を切ってみせる。それからこう続けた。
「――『彼』は確かにそこにいるし、そこで『彼』はお前さんを守っている、ということだ。『彼』は『ヤツら』のことを知っているし、『ヤツら』と戦うことも、殺すことだってできる」
「『ヤツら』って……もしかして……!」
「あのな? この俺様は、そっちは専門外だ。『彼』に聞けばいい。それより、時間がない」
「時間?」
「そうだ」
そこではじめて男が立ち上がった。二メートルはあるんじゃないかしら。威圧感のある厚み。腕も足も太い。ミリタリーテイストのベストの中は白いタンクトップ。ブーツを履いている。
「この俺様は、お前さんを元の場所に帰してやることができる。お前さんがそう望めば、だが」
「まるで神様ね」
「神なら死んださ。ついでにお袋もだ」
「ニーチェにでもなったつもりなの?」
「笑えないジョークだな、そいつは」
言葉どおりにくすりとも笑わずに、褐色の肌をした巨漢は丸太のごとく太く、大蛇をより合わせたような筋肉質の両手を前に突き出し、手のひらを上に向けた。そこにはふたつの鍵が。
「右のひとつは、お前さんの後ろにある扉の鍵だ。開ければ苦痛のない世界へと行ける。そして、左のひとつは、俺の後ろにある扉の鍵だ。開ければ苦しみと悲しみに満ちた、クソったれの――失礼――元の世界に戻ることができる。さて……どちらを選ぶかね、お嬢ちゃん?」
なぜかその時あたしの足は。
疑問や質問を口に出すより先に、一歩前へと踏み出すことを選んでいた。
そして、鍵を選ぼうとして、こう呟いた。
「あたし……いつまでも家族四人で幸せに、一緒に暮らせると思っていたんです。みんなでドライブに出かけて、途中で寄り道して、見たことのない風景を見て、ああ、キレイね、ってうっとりして。美味しいご飯を食べて、櫂君と一緒にバックシートで居眠りして。朝焼けを見て」
こみ上げる感情が言葉を詰まらせた。
それでも震える声で続ける。
「学校生活にも慣れて、お友だちも増えて。みんな最初は戸惑うんです。あたしの目、フィンランド人のひいおじいちゃんの血のおかげでグレーだから怖がられちゃって。先生がたにもよく注意されたりしました。カラコンだろって。面倒なんですよね、今はすっかり慣れましたけど」
あはは、と虚しい愛想笑いが宙に浮いている。
「ステキな彼氏が欲しい、最近憧れるんです。恋したい年頃っていうのかな。お早うってメッセージ送って、学校帰りに待ち合わせして。スタバでお茶して他愛もないお喋りなんかして。また明日ねってバイバイして、パパやママに内緒でベッドに潜り込んでお休みってメッセして」
遂にため息が零れ出た。
「でも……もうそんな日は来ない。そうなんですよね?」
「だが、ひとつだけなら守ることができるかもしれない」
「いまさら――!」
「……お前さんの大事な弟は、まだ救えるかもしれない」
――そうだ。
あたしはもう迷わなかった。
目の前に差し出された左手の中の鍵を握り締める。
苦しみと悲しみに満ちた、クソったれの元の世界に戻るための鍵を。
「ハレルヤ!! ……あとは『彼』に教えてもらえ。汝の道を『彼』に任せよ、って奴だ!」
役目を終えたこの部屋の主は、あたしと『彼』を残し、手の中に残っていた鍵で扉を開け放った。その先には光あふれる世界が広がり、楽しそうな笑い声と暖かな陽の光が降り注いでいた。
そして、男の両脇に並んだ用心棒たちの背中からうっすらとした純白の翼が、ぶわり、と生え出た。そして、中央に立つ男の姿が徐々に光を集め、眩いばかりに輝きはじめた。あたしは言葉を失う。
「あなたは……! もしかして……!?」
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