ＪＣでもできる！はじめての悪の首領

第四十話 ワタクシの秘め事

「は――はなして！　はなしてくださいましっ！」
「はぁ……どうしてこうなりましたか……」


　手の中で暴れ狂う少女の扱いに困り果てた鬼人武者さんの方を見やり、ルュカさんは溜息を吐いた。
　あたしには返す言葉がない。


「どうか落ち着いていただけませんか、お嬢様？」
「い、いやですわっ！　わたくしを殺す気ですのね！？」


　もう！
　まだ言ってるし！


「はぁ……さっきも言ったであろう？　もう忘れてしまったのか――麗うらら？」


　はっ、と口をつぐんだがもう遅い。


「ど、どうしてわたくしの名を！？」
「………………仕方ない。少し待つが良い」


　覚悟を決めて指輪を外すと、麗は息を呑む。


「ま、麻央！？　え？　あなたが、悪の首領！？」
「見たら分かるでしょ？　そういうこと」


　そして、あたしはごとごとと揺れるトレーラーの中で説明してあげた。



　――銀じいの残したＶＲゴーグルと指輪のこと、あたしんちの地下で見つけた悪の組織《悪の掟ヴィラン・ルールズ》の大施設のこと、そこの首領を銀じいが務めていたこと、何をどう間違ったのか、今はあたしが二代目首領になっていること、そして――今は宇宙から飛来してくる隕石を止めようとしていること。



　そう言えば、詳しい経緯は美孝よしたかにも説明していなかったっけ。
　二人とも黙ったままあたしの説明に耳を傾け、やがて深くうなずいた。


「やっといろいろわかったぜ。そういうことかー」
「で……ところであなた、どなたですの？」


　そりゃそうだ。
　マスクマンの成り損ないみたいな奴が、ふんふん、と仲良く肩を並べているのだから。


「ほら、マスクマスク。つけっ放しだってば」
「あ、そっか。すっかり忘れてた」
「えええっ！？　美孝までっ！？　どうして……？」
「お、俺はなんつーか……イキオイって奴？」


　正体がバレたあたしを脅おどして強引に仲間入りし、並み居る怪人相手に大見得おおみえを切ってみせたあげく、自らイビル・ジャスティスと名乗った、と美孝は言い辛そうにもごもごと説明した。

　だが麗は、驚くというより複雑そうに顔を歪めたままで、口をすぼめて黙り込んでしまった。


「う、麗？」
「またですのね……」
「はい？　また、ってなんの話よ？」
「また二人して、わたくし一人を仲間外れにしますのね！　そうなんでしょう！？　ずるいですわよ！」
「え………………？」


　すねている、とかそういうレベルじゃなかった。

　麗は――泣いていた。
　うわんうわん泣いていたのだ。


「もう、嫌っ！　あたしの気持ちなんてとっくに知ってるくせに！　ずるい、ずるいよ麻央！　そんなに美孝と――」


　口調までおかしくなっている。
　いや、口調がいつものお嬢様口調じゃなくなって、逆に普通になってる。


「ち、ちょっと待ってよ、麗！　何か誤解してる」
「何が誤解なのよっ！」


　麗は顔中を涙でべちょべちょに濡らしながら訴えた。


「昔からそうだった！　二人は正義役と悪役で、あたしは戦闘員役……まるでのけ者じゃない！　だからあたし……せめて『悪の女幹部』になってやろうって、こんな変な高飛車女王様口調になってまで二人に混ざろうとしてたってのにっ！　どれだけあたしが一生懸命練習してたのかなんて知りもしないで！！」



　あ――そうだったのか。

　あたしはやっと麗の気持ちを、その苦しみを、ほんの少しだけ理解できた気がしていた。


「あの……ごめん。ちょっと途中良く分かんなかったけど、やっぱあたしのせいみたいだからごめん」
「お、俺もごめんな。仲間外れなんてつもり、全然なかったんだぜ？　俺たち大親友、仲良し三人組、だろ？」


　美孝のセリフを聞くと麗は、嬉しそうな、ちょっと悲しそうな複雑な表情を浮かべた。


「あたしは正義の味方が好き……いつもそう言ってたでしょ？　それだけでもう、わかってくれていると思っていたのに……」
「………………ん？」





　……あれ？
　何か、ちょっとおかしくないですか？





　あたしは大急ぎで麗を呼び寄せ、耳元で囁くように尋ねてみる。


「もしかして……それって美孝のこと？」


　とたんに麗は真っ赤に頬を染めた。


「だ、だから……そう言ってるじゃないっ！」
「あー……。でも、本人に伝わってないよ、それ」
「う、嘘！？　じ、冗談でしょ？」
「そういう奴なんだって。美孝って」


　にひー、と笑うと麗は目を回して呆れた表情を浮かべた。
　それから逆にこう尋ねてくる。


「でも、麻央だって好きなのよね？」
「……はい？　誰のこと？」
「美孝」


　今度はあたしが真っ赤になる番だった。





　そんなこと――考えたこともない。





「そ、そんなことないって！　馬っ鹿じゃない！？　あんなの弟みたいなモンだってばっ！」
「そうなの？」
「そうなの！」


　わかんない！　って答えたらこじれそうだし、今はそれでいいや、って思ったからそう答えたんだ。
　二人して美孝を見つめ、それから顔を見合わせて肩をすくめると、仲良くくすくすと笑い始めた。


「何？　何？　仲直り……ってことでいいんだよな？」


　美孝は一人うろたえるばかり。


「ま、そういうことですわね？」
「ねー？」
「なんだよ！　やな感じー！」


　そう言いながらも、やっぱり嬉しそうに美孝は笑ったのだった。


「青い春をご満喫中のところ恐縮なのですが――」


　そこに遅ればせながらようやく口を差し挟んできたのはルュカさんだ。


「そろそろ目的の埋め立て地に到着いたします。で、つまるところ、そこのお嬢様はどのようにされるおつもりでしょうか？」
「あー。……どうしよ？」


　次の瞬間。

　正義の代表、清く正しき生徒会長であるはずの麗はすっくと立ちあがった。
　そして口元に手を添え、身体を反らせるように高らかな笑い声をあげると、こんなセリフを口に出した。


「おーっほっほっほ！　そこのお嬢様とは心外ですわね！？　わたくしこそこの世に咲いた漆黒の薔薇、悪の女幹部、ブラック・ローズその人ですわ！」
「……おいおいおい。何言い出してんだ、こいつ？」
「あんたも変わんないでしょ、馬鹿美孝」


　あんたが余計なこと吹き込んだからじゃないさ。

　誰が使った物なのか都合良くその場に落ちていた仮面舞踏会用の派手なベネチアン・マスクを麗に手渡してから、あたしは指輪をはめて執務モードに戻ると重々しく告げた。


「どうやらそういうことだ。いろいろと面倒をかけてしまうことになりそうだが……」
「仔細しさいございません。何とかいたしましょう」


　ちらり、とルュカさんが視線を向けると、まだ、おーっほっほっほ！　とやっていた麗――いや、ブラック・ローズのワンピースの裾をイビル・ジャスティスが引っ張るようにして慌てて座らせていた。


「しかし、ここからは本当に危険です。タウロたち《改革派》は目的のためなら手段を選ばないでしょうから。アーク・ダイオーン様方はこの場にお残りいただけた方がよろしいかと――」


　そんな訳にはいかない。
　ぎろり、とあたしはルュカさんの目を見つめた。


「それはあまり面白くもない冗談だな、ルュカ？　私が行かねばこの事態は収まるまい。それはわかっているだろう？　無論、この二人には残ってもらうが。……いいな？」
「俺たちだって――！」
「い・い・な・！・？」
「わ、わかったよ……足手まといは嫌だもん」


　二人のことはトレーラーに連絡役として残ってもらうヘル・ブレインさんに任せることにしよう。
　あたしは立ち上がると皆の先頭に立って、真紅のマントを翻してながら雄々しく告げたのだった。


「では皆よ、参ろうか。タウロたちとの決着をつけに。そして……この哀れな世界を救ってやるために！」